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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第十五幕 王の影羽
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15-5 森の林檎を狙う者

第十五幕 王の影羽

五章 森の林檎を狙う者




 違和感が、背羽をかすめた。

 境界の森のほうから、音が一つずれたのだ。枝の戻り方、草の裂け方、鳥の散り方――どれも小さいが、揃えば合図になる。俺は屋根から身を外し、外苑の影を滑って森の縁へ出た。


 帝都と宵闇の城を隔てるこの森は、深く、広い。

 魔物はいない。スノウが落ちた後、奴らは潮が引くみたいに消えた。残ったのは、主に従う獣たちだけだ。狼は風の匂いを嗅ぎ、鹿は静かに道を譲り、烏は俺の羽音に目だけを上げる。秩序は保たれている――本来なら。


 だが、今日は別の匂いが混じっていた。

 鉄を薄めた汗、乾いた革、砂糖を焦がしたような携行食の甘い匂い。足取りは三つ。ためらいが多く、歩幅が合っていない。森を知っている者の歩き方じゃない。


「……林檎泥棒か」


 思わず喉の奥で鳴く。

 髑髏王の周りには、ひとり歩きの伝説がいくつもある。森の林檎もその一つだ。城の裾野に赤と青の実がなり、食べれば若返る――そういう話だ。赤は血を温め、青は時を冷ます、とまで尾ひれがついている。実際はどうだっていい。噂は形を変え、耳の軽い者を連れてくる。


 まずは報せだ。

 俺は踵を返し、城の中庭へ戻る。石畳を渡る陽は薄く、蔓は柱をやわらげ、扉は短く挨拶した。主は書斎の戸口にいて、灯りを確かめていた。俺が枝にとまると、片目がわずかに動く。


「主、また来たぞ。いつも通りでいいか」

「ああ……頼む、レイブン」


 それで足りる。

 言葉は少なく、合図は昔から変わらない。俺は翼を打ち、中庭の上を一枚だけ旋回してから、森の影へ落ちた。


 境界の手前で、一度だけ風を掴む。

 獣たちに合図を送ると、狼は尾で道を消し、梢の烏は囀りを止めた。森はすぐに“外の者を迷わせる顔”になる。俺は高低差を連ね、音を立てずに侵入者の背へまわる。


 見えた。

 粗末な外套、場違いな短剣、目だけがぎらついている三人組。赤い実の話を先に信じ、青い影の気配を後回しにする類いの目だ。ひとりが囁く。


「ほんとに若返るのかよ」

「噂だ。だが売れる」


 噂はいつだって、本人より先に歩く。ためらいの多い足取りは、その背を押すのが欲だけだと教えてくれる。


 ここから先は、森の仕事になる。

 俺は枝から枝へ、影を連ねて位置を取る。真正面から追い返すのは簡単だ。だが、できるなら“二度と来ない”ほうがいい。森の拍で、身に覚えのある恐れを刻む。軽い怪我も、派手な脅しも要らない。道が失せ、風が逆さに吹き、ここが“自分の居場所ではない”と骨で理解させる。


 枝が一度、柔らかく鳴った。

 俺は翼を半分だけ開き、呼吸を整える。

 通すべき風と、止めるべき風――区別さえ誤らなければ、森は俺のほうを向いてくれる。


「さて。いつも通りだ」


 囁いて、影に沈む。

 この先は、風の仕事だ。俺はその先頭に立つ。


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