15-1 退屈でない毎日
第十五幕 王の影羽
一章 退屈でない毎日
スノウとの決着から、いくつかの朝が過ぎた。
宵闇の城を取り巻く外観は、何ひとつ変わらない。外苑は薄暗く、不気味な静けさで道を呑み込む。帝都との境には深い森が佇み、主に従う獣たちだけが草を伏せて通り過ぎる。部外者は近づかない。近づけない。ここは昔からそういう場所だ。
けれど結界の内側――城の中では、別の時間が流れている。
石畳の中庭に、細い陽が差す。ジェイドが土をならし、水を落とすたび、花が色を取り戻す。枯れかけていた蔓はまた柱に絡み、暗い壁をやわらげる。柱も蝶番も、いまは素直に息をする。ブラッドリィが罅を埋め、軋みを磨き直したからだ。扉は不吉ではなく、ぎし、と短く挨拶するだけになった。
主――スカーレットは、その中庭をよく見ている。
瞳に光が戻った。鋭い緋ではない。暮らしの灯のような明るさだ。ジェイドが「ここ、陽がよく当たります」と花を持ち上げると、主はふっと口元を緩める。彼女は慌てて視線を落とし、「……綺麗ですね」と小さく結んだ。
俺は枝先にとまり、喉の奥で短く鳴く。どちらに向けられた言葉でもいい。温かさは、確かにここにある。
昼時には、台所から煮込みの匂いが漂い、廊下を抜ける湯気が石の冷たさをほどく。書庫では紙がめくられる音がして、作業台では金具が一つずつ締め直される。ミィは気ままに廊下を歩き、ふいに立ち止まって、陽の粒と追い駆けっこを始める。弾む尻尾を摘まんだら、どんな反応をするだろうか…と一瞬思うが、実演するのはやめておく。
音はどれも小さい。けれど、ここに住む者は皆、その小ささの違いで一日の調子を知る。水差しの傾き、鍵の触れ合う音、靴底が砂を踏む乾いた響き。ばらばらだった拍が、少しずつ揃いはじめている。俺は高いところからそれを見て、羽をわずかにたたむ。こういう変化は、誰も口にしない。だが、城はそういう沈黙で守られてきたし、これからもそうだ。
日が傾くと、影が長く伸びる。中庭の花は葉を閉じ、灯りが一つ、また一つ点る。主は書斎へ向かい、机に灯を置く。頁を繰る音は、以前よりゆっくりだ。急ぐ必要はないということを、ようやくこの城が思い出したのかもしれない。俺は窓辺に移り、夜の匂いを吸い込む。石と紙と油――静かな匂いだ。
退屈か、と問われれば、首を振る。
花の揺れる気配、扉の短い軋み、仲間の足音。
そのどれもが、ここで生きている証で、俺には充分だ。
こうして一日は重なっていく。
夜は少し浅く、朝は少し明るい。
主の背に起きる小さな変化を、見逃さない。それが俺の仕事で、俺の誇りだ。
そして、枝の上で目を閉じる瞬間だけ――俺は、彼に付き従おうと決めた日のことを、遠い影のように思い出すのだ。




