14-4 漆黒の交錯
第十四幕 暁と共に眠れ
四章 漆黒の交錯
黒銀の嵐が、もう一段深くなる。
高みをなぞる影が厚みを増し、結界は低くきしむ。柱の根で、ブラッドリィの拍がさらに沈んだ。
外の朝は進む。扉が開き、湯が沸き、子どもが笑う。ここだけが、夜の名を残す。
私は前へ出る。
刃の芯は澄んでいる。緋で押し、闇で包み、兄上から継いだ氷で締める。三つは一本。踏み込みと同時に振り上げ、落とす。
黒銀の縄が裂け、羽根の影が崩れ、細い白が差す。白はすぐ呑まれるが、傷の縁に残る。
スノウは高みを滑り、翼裏に刃を束ね、鎌の線で落としてくる。狙いは私の喉、胸、心臓。迷いのない角度だ。
私は半身をずらし、輪の縁で受け、肘で押し、刃の腹で外へ送る。衝撃が骨に響く。足裏で石を掴む。肩に熱。だが、折れない。
「君は、まだ与えるのか」
声は低い。
「皆に。世界に。――僕を零したまま」
「私は、渡す」
短く返し、もう一歩。
斜めに振る。緋の線が走り、闇が厚みを作り、氷が縁を固める。刃は暴れない。一本の道をまっすぐ通る。
黒銀の重さが剥がれ、微光の塵となって落ち、結界に吸いこまれて消えた。
背で、兄上の呼吸がふっと深くなる。
――もっと早く守れたなら。
――これ以上、お前の手からは落とさせない。
言葉にならない悔しさが、芯をさらに澄ます。
「やめろ」
スノウが近い。
「そんな刃で僕の中を見透かすな。君は、僕のためだけに笑えばいい」
翼が震え、黒銀の雨脚が斜めに強まる。
私は足を交差して間合いを詰め、雨の根元へ剣先を差し込む。手応え。束は内側から裂け、流れが一拍崩れる。崩れ目へ、さらに一歩。ためらいはない。
黒と緋が交錯する。
受け、流し、裂き、また受ける。音は短く、低く続く。床の文様が足裏で熱を帯び、高みの影が伸びては縮む。
「君は僕を見てくれない」
スノウの声がほどける。
「ずっと見てきたのは僕だ。君がひとりで立つ夜、祈っていた。君をひとりにしないために、世界を眠らせることだって選んだのに」
胸の奥がかすかに痛む。兄上の悔しさが、私の古い痛みと重なる。
私は視線を外さず、言葉を選ぶ。
「私は、お前に、命より大事な人を奪われた。私自身も失った」
声は低く、まっすぐだ。
「そんなお前に、与える光はない。――私は皆に渡す。私にも渡す。だが、お前だけには、渡さない」
スノウの表情から笑みが消える。
「なら、砕く」
呟きは冷たく、直線になる。
黒銀の柱が、高みから床へ一本で降りる。圧殺の線。
私は大きく息を吸い、足を開き、刃をかぶせるように差し込む。緋が押し、闇が抱き、氷が締める。――奪わせない。これ以上、誰にも。
芯が鳴り、世界が低く唸る。
衝撃。
柱は内側からほどけ、無数の羽根に戻り、欠片へ砕け、光へ散る。高みの暗さに一本の白い道が開く。
私は一歩、さらに一歩。スノウの翼の付け根に薄い亀裂。すぐ塗り潰されるが、線は残った。
「やめろ」
彼の声は掠れる。
「やめろ、やめてくれ」
「やめない」
私は近づき、肩の高さから水平に払う。
黒銀の縁が飛び、床に触れる前に光へ崩れる。
暗さがまた薄くなる。帝都を覆っていた見えない天幕が、裂け目から朝を漏らす。遠い空気が、こちら側まで明るむ。
スノウの刃が震える。
怒りだけではない。祈りの残りかすと、痛みの音。
私はそれを見る。
だからこそ、止まれない。ここで止めなければ、また誰かが奪われる。
「スノウ」
最後にひとことだけ渡す。
「私は、私の闇で世界を守る。――たとえお前を斬ることになっても」
踏み込み。
刃の芯が強く鳴り、黒銀の翼に深い裂けが走る。
羽根が雪のように散り、微光の塵が渦を離れて落ちる。夜の幕がさらに裂ける。
結界の外――帝都の空に、見えない朝の線がもう一本、はっきり引かれた。
私は息を吐く。
腕は痺れ、喉は焼ける。だが、足は前にある。背の呼吸は変わらない。
スノウは後ずさる。
翼は欠け、縁はほつれ、息は荒い。目だけが私を離さない。私も外さない。
まだ終わらない。
けれど、終わりへ向かう道は見えている。
刃をわずかに下げ、次の拍でまた持ち上げた。




