12-4 七彩の環
第十二幕 虹の架け橋
四章 七彩の環
繭の鼓動がひときわ強く打った。
翡翠の膜が波紋のように震え、その震えに呼応するかのように三人――ブラッドリィ、レイブン、ミィの体から、異なる色の光があふれ出した。
ブラッドリィの刃に宿るのは、深い緑の輝き。森を思わせる重厚な光であり、揺るぎない土台の色。
レイブンの翼からは、黒に近い紫炎が立ちのぼる。闇を抱きながらも、中心に秘めた烈火のような意志を燃やしている。
ミィの爪先からは、きらめく青白い光が散った。猫の敏捷さと少女の明るさが重なり、夜空に星を振りまくような輝きとなる。
「繭に、重ねなさい」
ローズグレイの声は低く、しかし確かだった。
彼女が翡翠に手を添えると、三つの光は糸のように伸び、繭へ吸い込まれていく。
翡翠の内奥で、三色が混じりあった。
最初は濁りそうに見えた。色同士がせめぎ合い、互いを押し返すように渦を巻く。だが、繭の鼓動がその渦を調律する。ひとつの拍動ごとに、色はゆっくりと溶け合い、別々の調べが和音になっていった。
やがて――七色の光が生まれる。
虹の環。それは幻想のアーチではなく、実体を持った防壁。繭を取り巻き、七色の帯を織りなして広がっていく。
「これは……」
スノウが目を細め、初めて声に硬さを混じらせた。
彼の白い指先が虹に触れる。だがその瞬間、雪の結晶は音もなく弾け飛び、光に溶けた。
「なるほど。光で雪を溶かすのか……でも、虹なんて一瞬の幻にすぎない」
スノウの掌から、吹雪のような冷気が溢れた。
無数の氷晶が虹に襲いかかり、七色の帯を覆い隠そうとする。
だが、レイブンが翼を広げ、黒紫の炎を羽ばたきで散布した。
「幻じゃない。俺たちが選んで繋いだ色だ」
炎は雪を焼き、虹に届く前に消し飛ばす。
同時にミィが走り、虹の表面をなぞる。なぞられた場所からは光が濃くなり、雪の侵入を弾き返す。
「ほら! にゃんだか布を縫ってるみたい!」
彼女は笑いながら駆け、爪先が虹を補強する針となった。
ブラッドリィは刃を構え、虹の環の一点を押さえた。
「力を一つにする……それが本当の守りだ」
彼の声と共に、刃先の緑が虹へ染みわたり、七色の環をさらに厚くする。
スノウの顔から笑みが消えた。
「……抵抗するっていうのかい。夢の守り手ごときが」
冷気がさらに激しく渦巻く。繭の外壁を削ろうと、氷刃が幾重にも突き立つ。
だが、虹は揺るがなかった。
七色の環は翡翠の呼吸と同調し、帝都全体を包む。空を覆うように広がった虹は、氷刃を受けても、反射するように光を返す。
返された光は、人々の眠る夢へと届き、安らぎの深さを守っていた。
レイブンが低く呟く。
「俺たちの色が繋がれば、お前の白は入り込めない」
ミィが笑う。
「七色には、にゃんでも入ってるからね!」
ブラッドリィが刃を振り下ろす。
「お前の冷たさを、呑み込んでやる」
虹の光が爆ぜ、吹雪を呑み込む。
スノウは後退し、氷晶が砕け散った。
その姿を見届け、ローズグレイが小さく微笑む。
「これで……ジェイドはまだ眠れる」
虹の環は脈打ち、繭を守り切った。
帝都の夜空に、七色の帯がうっすらとかかり、闇を裂いて人々の夢を照らした。




