表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第一幕 髑髏の庭
11/166

1-8 小噺3 烏と猫の言い分

第一幕 髑髏の庭

 小噺三 烏と猫の言い分




 城の広大な図書館。窓から差し込む一筋の光が、埃の舞う古い書物を照らしている。ジェイドは、スカーレットの過去を解き明かそうと、古文書を熱心に読んでいた。そんな彼女の膝の上では、ミィが心地よさそうに丸くなって眠っている。


 一方、窓枠にはレイブンが止まり、いつものようにジェイドの様子を静かに見守っていた。しかし、その視線は、時折、ミィに向けられては、ふんと鼻を鳴らす。


「おい、猫。いい加減、その場所からどけ。ジェイドの邪魔になるだろう」


 ミィはぴくりと片耳を動かしたが、眠りから覚める様子はない。


「…聞いてんのか、この馬鹿猫め。俺が話しかけているのが分からないのか?」


 苛立ちを募らせたレイブンが、ばさりと羽を鳴らす。その音に、ジェイドが顔を上げ、レイブンに優しく微笑んだ。


「レイブン、ミィは疲れているの。そっとしておいてあげて」


「はっ。疲れているだと? 猫のくせに、何をそんなに疲れることがあるんだ」


 ミィはジェイドの言葉に安心してか、再び安らかな寝息を立て始めた。レイブンは、その様子にさらに不機嫌になる。


「全く、スカルも甘いんだからな。あの娘が来てからというもの、この城の規律が乱れっぱなしだ。以前はもっと静かで、落ち着いていたというのに」


 レイブンの愚痴に、ミィがふと目を開け、生意気な声で鳴いた。


「にゃーん。カラス。あなたも、本当は嬉しいんでしょ」


「はぁ? 俺が? どこを見てそんなことが言えるんだ。俺はただ、スカルの平和な日々が乱されるのが気に入らないだけだ」


「嘘ばっかり。王様が少しずつ笑うようになってきたの、知ってるくせに」


 ミィの言葉に、レイブンはぐっと言葉に詰まる。確かに、あの娘が来てから、スカーレットは変わった。以前は無表情だった彼の顔に、時折、微かな笑みが浮かぶようになった。それは、ジェイドが枯れた庭に水をやり、小さな花を咲かせた時。あるいは、彼女が差し出した温かいスープを飲んだ時。


「…それは、あの娘が持つ魔力のせいだ。スカルの呪いを、一時的にだが緩和させているだけだろうさ」


「そうかな。私は、愛の力だと思うな」


「愛? 馬鹿馬鹿しい。そんな非科学的なものが、どうして人の心を動かせるんだ」


「あなた、王様をずっと見てきたんでしょ。何十年も、何百年も、ずっと。でも、王様は、あなたに心を開かなかった。でも、私とジェイドは、ここにいるだけで、王様の心を少しずつ温めているのよ」


 ミィの言葉は、レイブンの心の奥底を鋭く突いた。レイブンは、スカーレットの孤独を誰よりも理解しているつもりだった。しかし、彼の凍りついた心を溶かすことはできなかった。ただ見守ることしかできなかったのだ。


「…だとしても、俺は認めん。あの娘はいつか、スカルを不幸にする」


「どうして? ジェイドは王様を心から愛しているのに」


「人間はいつか死ぬ。あの娘も、いつか必ず死ぬだろう。スカルは、再び孤独に苛まれることになる。そんな悲劇を、俺は二度と見たくない」


 レイブンの声には、深い悲しみと、諦めが混じっていた。彼は、スカーレットが再び絶望に打ちひしがれる姿を、見るのが怖かったのだ。


 ミィは、そんなレイブンを哀れむように見つめた。


「…ねぇ、カラス。ジェイドは、孤独に慣れているの。誰かに愛されて、そして失うことの悲しみも、きっと知っている。でも、彼女は、それでも誰かを愛することを諦めなかった。だから、王様と出会えたのよ」


「……」


「だから、大丈夫。ジェイドは、決して王様を不幸にしない。だって、ジェイドがいないと、王様は笑えないでしょ?」


 ミィの言葉に、レイブンは再び沈黙する。確かに、あの娘が来てから、スカーレットの表情は豊かになった。彼の冷たい瞳に、光が宿るようになった。


 レイブンは、窓の外の庭園を見下ろした。そこには、小さな花壇が作られ、色とりどりの花々が咲き誇っていた。それは、ジェイドが、枯れた庭園に命を吹き込んだ証だった。


「…ふん。まぁ、せいぜい頑張ることだな。馬鹿な猫と、馬鹿な姫よ」


 レイブンは、そう呟くと、静かに窓から飛び立った。その声には、以前のような冷たさはなく、どこか優しい響きが混じっていた。


 ミィは、そんなレイブンを見送ると、再びジェイドの膝の上で安らかな眠りについた。


「大丈夫よ、カラス。きっと、私たちなら、私たちのあるじを幸せにできるわ」


 彼女の小さな囁きは、誰にも届くことなく、図書館の静寂の中に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ