1-8 小噺3 烏と猫の言い分
第一幕 髑髏の庭
小噺三 烏と猫の言い分
城の広大な図書館。窓から差し込む一筋の光が、埃の舞う古い書物を照らしている。ジェイドは、スカーレットの過去を解き明かそうと、古文書を熱心に読んでいた。そんな彼女の膝の上では、ミィが心地よさそうに丸くなって眠っている。
一方、窓枠にはレイブンが止まり、いつものようにジェイドの様子を静かに見守っていた。しかし、その視線は、時折、ミィに向けられては、ふんと鼻を鳴らす。
「おい、猫。いい加減、その場所からどけ。ジェイドの邪魔になるだろう」
ミィはぴくりと片耳を動かしたが、眠りから覚める様子はない。
「…聞いてんのか、この馬鹿猫め。俺が話しかけているのが分からないのか?」
苛立ちを募らせたレイブンが、ばさりと羽を鳴らす。その音に、ジェイドが顔を上げ、レイブンに優しく微笑んだ。
「レイブン、ミィは疲れているの。そっとしておいてあげて」
「はっ。疲れているだと? 猫のくせに、何をそんなに疲れることがあるんだ」
ミィはジェイドの言葉に安心してか、再び安らかな寝息を立て始めた。レイブンは、その様子にさらに不機嫌になる。
「全く、スカルも甘いんだからな。あの娘が来てからというもの、この城の規律が乱れっぱなしだ。以前はもっと静かで、落ち着いていたというのに」
レイブンの愚痴に、ミィがふと目を開け、生意気な声で鳴いた。
「にゃーん。カラス。あなたも、本当は嬉しいんでしょ」
「はぁ? 俺が? どこを見てそんなことが言えるんだ。俺はただ、スカルの平和な日々が乱されるのが気に入らないだけだ」
「嘘ばっかり。王様が少しずつ笑うようになってきたの、知ってるくせに」
ミィの言葉に、レイブンはぐっと言葉に詰まる。確かに、あの娘が来てから、スカーレットは変わった。以前は無表情だった彼の顔に、時折、微かな笑みが浮かぶようになった。それは、ジェイドが枯れた庭に水をやり、小さな花を咲かせた時。あるいは、彼女が差し出した温かいスープを飲んだ時。
「…それは、あの娘が持つ魔力のせいだ。スカルの呪いを、一時的にだが緩和させているだけだろうさ」
「そうかな。私は、愛の力だと思うな」
「愛? 馬鹿馬鹿しい。そんな非科学的なものが、どうして人の心を動かせるんだ」
「あなた、王様をずっと見てきたんでしょ。何十年も、何百年も、ずっと。でも、王様は、あなたに心を開かなかった。でも、私とジェイドは、ここにいるだけで、王様の心を少しずつ温めているのよ」
ミィの言葉は、レイブンの心の奥底を鋭く突いた。レイブンは、スカーレットの孤独を誰よりも理解しているつもりだった。しかし、彼の凍りついた心を溶かすことはできなかった。ただ見守ることしかできなかったのだ。
「…だとしても、俺は認めん。あの娘はいつか、スカルを不幸にする」
「どうして? ジェイドは王様を心から愛しているのに」
「人間はいつか死ぬ。あの娘も、いつか必ず死ぬだろう。スカルは、再び孤独に苛まれることになる。そんな悲劇を、俺は二度と見たくない」
レイブンの声には、深い悲しみと、諦めが混じっていた。彼は、スカーレットが再び絶望に打ちひしがれる姿を、見るのが怖かったのだ。
ミィは、そんなレイブンを哀れむように見つめた。
「…ねぇ、カラス。ジェイドは、孤独に慣れているの。誰かに愛されて、そして失うことの悲しみも、きっと知っている。でも、彼女は、それでも誰かを愛することを諦めなかった。だから、王様と出会えたのよ」
「……」
「だから、大丈夫。ジェイドは、決して王様を不幸にしない。だって、ジェイドがいないと、王様は笑えないでしょ?」
ミィの言葉に、レイブンは再び沈黙する。確かに、あの娘が来てから、スカーレットの表情は豊かになった。彼の冷たい瞳に、光が宿るようになった。
レイブンは、窓の外の庭園を見下ろした。そこには、小さな花壇が作られ、色とりどりの花々が咲き誇っていた。それは、ジェイドが、枯れた庭園に命を吹き込んだ証だった。
「…ふん。まぁ、せいぜい頑張ることだな。馬鹿な猫と、馬鹿な姫よ」
レイブンは、そう呟くと、静かに窓から飛び立った。その声には、以前のような冷たさはなく、どこか優しい響きが混じっていた。
ミィは、そんなレイブンを見送ると、再びジェイドの膝の上で安らかな眠りについた。
「大丈夫よ、カラス。きっと、私たちなら、私たちの主を幸せにできるわ」
彼女の小さな囁きは、誰にも届くことなく、図書館の静寂の中に溶けていった。




