【第六局】封じ手の邂逅──運命をなぞる盤上
囲碁武術選抜試験──年に一度、各国の若き才覚が集う非公式戦。
しかしそれは、裏では蒼牙蒼牙囲碁武術院の情報部が目を光らせ、戦棋士の“素材”を探っていた。
各地から招かれた者たちの中に、玄凛の姿があった。
彼は“玲秀の外部指南役”という仮の肩書のもと、特別枠として参戦を許されていた。
だが彼の目的は、ただ一人。
しかし試験会場に現れたその少女は、「兵棋」とは違っていた。
──感情がある。
──生きようとする意志が、瞳に宿っている。
かつて敗北の記憶を刻み込んだ“封じ手”の打ち主と、どこかが似ていた。
打ち始めた瞬間、玄凛は悟る。
この少女は、兵棋ではない。
「誰かの命令で打つ」者ではなく、「自ら選び、考え、進む」棋士だ。
対局は、静かに、しかし緊迫の中で進んでいく。
玄凛の戦棋核が未来予測を描こうとした瞬間、少女の一手がそれを超える。
それは、既に一度経験した“封じ手”の再現。
だが、微細に異なる“選び直された”一手だった。
──違う。
──これは、俺と同じ“何か”を抱えている者の手だ。
脳裏をよぎる。
誰かの声、誰かの手。
かつての自分、そして今の彼女。
局の終盤、玄凛は思わず手を止める。
盤上に置かれた石は、自身が蒼牙で繰り返し叩き込まれた布石と一致していた。
だがそれは、訓練の産物ではなく、誰かの意思によって生まれた“導き”だった。
──この手を打った者を、俺は知っている。
試合終了の鐘が鳴る。
対局は長時間にもおよび、「封じ手」とされ、勝敗には至らなかった。
記録者たちが結果を読み上げる間も、玄凛は目の前の少女から視線を逸らせなかった。
その手の震え、その息遣い、そのまなざし。
すべてが、かつての“自分ではない生き方”を思い出させた。
「……もう一度、打てるだろうか。
今度は誰かの命令ではなく──俺自身の意思として」
玄凛の中で、何かが静かに壊れ、そして生まれ直そうとしていた。
だが同時に、彼の中に鈍い苦味が残る。
──この少女は、兵棋ではない。
──だが、蒼牙の手が及ばぬ存在とも言い切れない。
改変された過去であっても、蒼牙の計画は続いている。
もし、この少女が、蒼牙の術式により導かれた存在
──いずれ“無我”と同じ道を歩む者だとしたら。
玄凛は心の底に重い憂いを覚えた。
──いつか、戦場で出会う日が来るのなら──その時は、刃を交えることになる。
ただの棋士として打ちたいと願った瞬間に、すでにその未来は選べない。
それでも、彼は目を逸らさず、彼女の打った手を記憶に焼きつけた。