【第三局】仮面の指南──運命を打ち損ねた一手
蒼牙は玲秀に国交交流を装い、蒼牙蒼牙囲碁武術院から密偵を送り込む。
玄凛は仮面をかぶり、囲碁指南役として玲秀の王宮に潜入した。
対局相手として現れたのは、王の血を引くとは思えぬ、名もなき少女。
「名は?」
「……いずれ、お知りになるでしょう」
彼女はまだ年若く、盤の前では時折幼さをのぞかせたが、手筋は鋭く、勝負を重ねるごとに明確に成長していった。
ある対局では、玄凛があえて仕掛けた“幻影の包囲”──見かけ上は有利に見えるが、無理をすれば崩壊する戦形──に対し、少女はまったく動じなかった。
むしろ、その虚を見抜いたかのように、彼女は中央を切り裂くような一手を打った。
盤上が震えるような沈黙ののち、玄凛は初めて内心で舌を巻いた。
「……今のは、偶然ではない。見えていたのか……?」
その手は、未来を読むというより、未来を“選んだ”かのような確信に満ちていた。
玄凛は気づく──この少女は、ただ者ではない。
彼は少女の名を知らないが、この無名の少女に対し、理屈を越えた“危機感”と“既視感”に近い予感を抱いていた。
数局の対局の末、彼は敗北してしまう。
仮面の下、無表情を保ちながらも、内心に生じる“焦り”を抑えられなかった。
──置き碁があったとはいえ、負けた。
──このままでは……蒼牙の未来は危うい。
帰還後、蒼牙蒼牙囲碁武術院は「玄凛の失敗」と憶測したが、玄凛の報告をもとに、玲秀の才覚が未来を脅かすことを改めて認識。
ここにおいて蒼牙は最終段階の計画──タイムトラベルによる暗殺任務を発令する。
玄凛は過去の玲秀に送り込まれ、“少女”を芽吹く前に断つよう命じられる。
同じ時期、さらに深く改造された新たな兵士も誕生する。
感情も記憶も排除された“完全兵器”──後の「無我」である。
計画文書と未来図が刻まれた書を手に、玄凛は時の狭間へと足を踏み入れる。
その胸中には、敗北の記憶が冷たく沈んでいた。
──この一手、今度こそ打ち損ねはしない。