【第二局】沈黙の訓練──壊れていく仲間たち
蒼牙蒼牙囲碁武術院の地下、第七実験棟──そこでは毎晩、無音の中にかすかな唸り声と石を打つ音だけが響いていた。
玄凛が「成功体」とされた後も、強化訓練は続いていた。
肉体の限界を超える投薬、意識が混濁するほどの睡眠剥奪、そして脳内神経に直接戦棋核を接続した「連続演算負荷試験」。
さらに“棋力”を“戦気”へと変換するための訓練が始まる。
碁盤の前に座らされた玄凛は、脳波と連動する石板を用い、未来の戦況を模したシミュレーションに投じられる。一手の誤りは、電流となって神経へと注がれ、思考の揺らぎが生死の痛みへと直結する。
“打つことで敵を殺す”──それを脳と身体に刷り込む反復。
囲碁はもはや思考の遊戯ではなかった。攻め筋は殺意、捨て石は犠牲、布石は布陣として解析され、“戦略”ではなく“実戦”として記録された。
同期の被験体たちもまた同じ訓練を受けていたが──ある者は思考を放棄し、ある者は碁石を握ったまま事切れた。
死の中で生き延びた者。
それが、玄凛だった。
彼の打ち筋は次第に“感情”を失い、ただ“勝つための形”のみが盤上に並びはじめる。
──生き延びるために、打て。
──感情は敵だ。迷いは毒だ。未来は殺して奪え。
気づけば、他の被験体と目を合わせることも、言葉を交わすこともなくなっていた。
彼の周囲は、静寂と死だけが支配する“盤”となっていた。
そしてある日、実験主任は言い放った。
「戦気への変換適応率、臨界突破──“戦棋兵・第一号”、完成だ」
時折、実験記録の中に「玲秀」という単語が混じることがあった。
かつての敵国。その首都の戦棋士たちの打ち筋が分析され、模倣された図が貼られていた。
玄凛はただ無感情に、その図面を睨んでいた。
だが、図面に描かれた「封じ手」の構図だけが、どこか奇妙に胸に引っかかった。
──この布石、どこかで……見たような……
記憶のどこかが疼く。その感覚を振り払うように、彼は再び盤に向かう。
今の自分にできることは、“打つ”ことだけだった。