新しい家族 その1
「と、突然みんなを集めるなんて、何かあったのかい?」
「ええ、勿論ですわ。まずは座って下さいな」
仮ではあるが今、家族と呼べる者を侯爵家のサロンに招き着席して貰っている。
商談に使う部屋の中でも一番豪華な造りの部屋だ。
全ての調度品が特級品で、壁に掛けてある絵画の価値は予想が付かない程の金額である。
娘からの集合命令に狼狽えるロマンド、そして泣きそうなネルフィスと対照的に、調度品を見回して「うわー、高そう! シャンデリア綺麗ね」と嬉しそうにしているリーネ。
◇◇◇
この時点で、父親と娘の力関係が窺えるようなものだ。
侯爵家の領地の仕事はロマンドが行っているが、パルテェナが行ってきた事業・福祉関係はアンシェルが引き継いでいる。
ロマンドも非常に頭の回転が良く、侯爵領を正しく治めているが、パルテェナの事業規模とは桁が違っていた。
アンシェルは幼い時からパルテェナとクインスに鍛えられ、今では立派に事業を運営している。
勿論信用できる店長、主任、マネージャー等に、細かく指示を与え、監査役も配置し不正防止にも取り組みながら。
そもそも主任、監査役、マネージャーや、先述には企業やらと、この世界にはない役職や言葉だ。
けれどマルカネン子爵家にパルテェナが誕生し、前世知識を活用し出した頃から、子爵家まわりでは普通に用語を使い始め、浸透している。
それに同調するように取引先も意味を理解し、多くの商人達も仕組みを利用していた。
◇◇◇
さておき。
先手必勝とばかりに、まずはアンシェルがネルフィスに謝罪を行った。
「ネルフィスさん。ご挨拶の時は、私の態度が悪く申し訳ありませんでした。なにぶん急なお話でしたので、何が何だか理解が追い付かず。大変失礼致しました」
そう言って淑女の礼ではなく、単純に深く頭を下げたのだ。誤魔化しなしの一本勝負だ。
それを見るネルフィスは、慌てて「そんなことなかったですわ。問題なんて何もなかったです。頭をあげてください。
こちらの方が態度がなっていなかったのです。お母様が亡くなったばかりだと、後から聞きました。そんな時に訪問した私の方が常識がなかったのです。本当にごめんなさい」と、何度も頭を下げたのだった。
「本当に酷いですよね、私。大きな侯爵家の貴族夫人が亡くなったことも知らなかったなんて……。仮にも公爵家にいたと言うのに。公爵家から葬儀に参列したかも分からなくて……。うっ、もう貴族なんて名乗れないですよね、ぐすっ」
アンシェルの謝罪のつもりが、余計にネルフィスを泣かす結果になってしまった。思わぬ反応に、アンシェルもさらに慌てる。
「ネルフィスさんはまったく悪くありませんわ。知らなかったのなら尚更です。
悪いのは、きちんと説明してくれなかった父ですから。いつも父は主語は付けないし、話した気になってるし、人の話を聞かないしで、私も困っているのです。
私達は、使用人も全員含め、ネルフィスさんとリーネちゃんを歓迎してますから。改めてよろしくお願いします! はぁ、はぁ」
息切れするくらい早口で言い切ったアンシェルに、ネルフィスとリーネ、ついでにロマンドも瞬き驚いていた。
そして嬉しそうに頬を染めるリーネが、「アンシェル様って優しいな。本当のお姉様になってくれるの? 嬉しいよ! 大好き♡」と言ってアンシェルに抱きついた。
一瞬驚くアンシェルだが、喜びの方が大きくすぐに頬を緩めてリーネの背を撫でた。
「勿論よ、これから一緒に学んでいきましょうね。私は一人っ子なので妹が欲しかったのよ」
「私もお姉様が欲しかったの。優しいお姉様が出来て嬉しいよ」
言葉をなくしながらもその光景を目にして、泣きそうな声を口でふさぐネルフィスは、涙が溢れて止まらない。
てっきり叱責を受けるのだと思い込んでいたのだから、喜びもひとしおだった。
(ありがとう、アンシェルちゃん。なんて優しいの。
突然現れた私達に、こんな風に接してくれて。
それなのに私は、髪色ごときでマキシールを思い出すなんて。なんて失礼なことを。
あんな邪悪の化身とアンシェルちゃんは全然違うわ。
本当にごめんなさいね!!! うっ、うっ)
よく分からないうちに“なんか解決して良かったな”と思うロマンドには、当然後で焼きが入るのだが。