ネルフィスの心中
「ど、ど、どうしよう、リーネ。思わずアンシェルちゃんを睨んじゃったわ。銀の髪と声音が少しマキシールに似てたから、一瞬ビクッとして。絶対お母様嫌われたわよね。うえ~ん」
「ええっ、叔母様と全然違うよ。アンシェル様すごく綺麗なのに。それに一瞬なら見てないんじゃない? 気づいてないって」
「うそっ、本当に? でも、でも、うわぁ、初対面でやらかしたぁ~」
「うるさいですよ、お母様。騒いだらそれこそ迷惑でしょ? だから眼鏡買いなさいって言ったのに」
「だって、高いんだもん。いろいろとお金もかかるし。わ~ん、どうしよう」
「泣いたってしょうがないでしょ。そんなに気になるなら謝れば良いじゃない」
「だって、気づかれてなかったら、余計誤解されちゃうじゃない」
「もう、それなら好きにしなよ」
「ああ、見捨てないで、リーネぇ~」
(うーん、俺は何を見せられているんだろう?)
義母となったネルフィス達の部屋の、天井裏に入り込んだクインスは苦悩していた。
(さっきお嬢様を睨んだのは、ただの条件反射なのか? それにマキシールとは? 眼鏡が必要な程視力も悪いのか? 何だかイメージが……。しかも子供(8才)に諭されてるし。まあ、少し調べてみるか!)
まずは結果として。
柔らかく嫋やかな雰囲気を頑張っていたネルフィスは、実は超小心者だった。あの挨拶の時は緊張で、もういっぱいいっぱいだったみたいだ。
ただ睨んだ感じになったのは、視力が低下しぼやけていたことや、挨拶の成功で気が緩んだ時にふと起きた悲劇のようだ。
ネルフィス達は玄関ホールで、アンシェルは中央階段を下りる途中でロマンドが先走って挨拶を開始したので、少し距離が遠かったのだ。
彼女の父には愛人ブルボンネとその彼女との間に庶子がいるのだが、そのブルボンネがネルフィスの実母をイビって伯爵家から追い出していた。なんと本妻を!
貴族あるあるの政略結婚での事業絡みもあり、母方の子爵家からは離婚が難しい為籍は入れたままだ。
そんでもって嫡子のネルフィスは伯爵家に残され、実母アンネは生家の子爵家に戻ってしまった。
アンネは小心者のお嬢様だから、イビリに堪えられなかったのだ。
その後伯爵家にはブルボンネとマキシールが移り住み、ネルフィスはいろいろと不憫に育ち、萎縮したビビリになった訳だ。
マキシールとブルボンネは長い銀髪で、父伯爵はネルフィスと同じ群青色だ。
二つの銀髪にさんざん意地悪されてきた為、銀髪は鬼門の色なのだ。
ブルボンネは侯爵家の庶子で侯爵に愛されていた為、またややこしい立ち位置にいる。
せっかくそこの生活から逃げて結婚できたネルフィスだが、義妹の魔の手が再び伸び、悪い話を吹き込まれた夫と姑から離婚されてしまった。
さらに悲惨な運命に流されそうな時に、偶然に出会ったロマンドに助けられたのだった。
◇◇◇
ロマンドは可哀想な女の人だけ放っておけない、プチ英雄体質。
彼が一番最初にやらかした、公爵令嬢との婚約破棄。あれも彼の性格を利用され、雇われた平民の女学生が嘘を言って彼を騙した茶番だった。
彼女は泣きながら「家の借金のせいで、成金で愛人が何十人もいる変態に嫁がないといけないのです。親が少しずつ返済すると頼んでも、もう金は良いから娘を寄越せと言って私をイヤらしい目で舐めるように見るのです。お願いです。偽装で良いので私と結婚して下さい。そうすれば借金をコツコツ返しますから」と、同じ学年の彼に縋ったのだ。
その女の子がまた、か弱くてぷるぷる震えてて可愛かったから、一瞬で恋に落ちてしまった。
この裏では婚約者の公爵令嬢に横恋慕していた、男子学生(伯爵令息)の陰謀が渦巻いていた。
「爵位が上でちょっと顔が良いからって、許せんぞロマンド。彼女は俺が先に狙ってたんだ! だが婚約破棄されたところに漬け込んで求婚すればムフフ、きっといけるだろう。俺って頭脳派♪」
そんなことを考えて平民の女学生を雇い、演技をさせたのだった。まさか公衆の面前でやらかすとは、その伯爵令息も思っていなかった。勿論バイトの平民の女学生も焦った。
事後を考えずやらかしたから、ロマンドの両親も大パニック。仕掛けた方も顔面蒼白だった。
だって自分達のせいで、歴史ある侯爵家が潰れるかもしれないんだもの。
後で詳しく調査されたら、伯爵令息も平民の女学生も罪に問われるかもしれないし。
二人とも生きた心地がしなかったみたいだ。
だから偶然に、パルテェナ・マルカネン子爵令嬢が助け船を出した時、ロマンド一家の他に伯爵令息と平民の女学生も救われたのだった。
仕掛けた二人は「ごめんなさい。もう悪い事はしません!」
「俺はなんと浅はかなことを。きっぱり恋は諦めます! ごめんなさい」と、教会で懺悔していた。
さすがにロマンドには言えなかったようで、ロマンドは真実を知らないままなのだ。
普通に考えれば、借金なら別にお金を貸すくらいで済んだのに。受け取らない時こそ、警らに訴えるかロマンド等の高位貴族に頼れば良い話だ。
そう言う時に冷静さに欠けて、猪突猛進になっちゃうのがロマンドだった。
それを知っていたからパルテェナは、アンシェルにロマンドを託したのだった。
だって最悪の場合、また没落の危険もあるから。
単純にロマンドだけが大事な訳ではなかったようだ。
それにしても、公爵夫人だったのに眼鏡も買えないって、どう言うことだろう?
調査は次回にも続くのだ。