家令のクインス その1
私はユイラチニ侯爵家の家令、クインス・サフレント。
マルカネン子爵令嬢から、ユイラチニ侯爵夫人となった亡きパルテェナ奥様の使用人です。
妻のティナは、パルテェナ様が生まれる前からのご縁です。パルテェナ様がお生まれになった時は、ご両親とパルテェナさまの五つ上のお兄様も、勿論仕える者達も大喜びで、屋敷をあげて歓喜に包まれたそうです。
私はパルテェナ様が五才の時に、こちらに寄せて頂きました。
私達夫婦の息子と娘も子爵邸で育ち、パルテェナ様と共に教育を受けさせて頂きました。大変ありがたいことです。
パルテェナ様が嫁ぐことになり、私と妻、そして数人の侍女達が侯爵家に付いて行き、まだ若輩の子供達はそのまま子爵邸で仕えることになりました。
格上の侯爵家への嫁入りでしたが、あのような大問題の後でしたので、忠誠心のない侯爵家の使用人は早期に退職し、残った使用人はごく僅か。そこの家令であったヨゼフ様は過労で倒れそうな状態でした。
私と侍女であるティナは、彼を支え邸が潤滑に回るように懸命に尽力し、その甲斐あって早期に軌道に乗せることが出来ました。
あの混乱期に使用人達の横領や美術品の窃盗等が横行し、長く仕えてきたヨゼフ様にはかなりの心痛になっていました。
その後彼の指名により、他家から来た執事の私が家令になったのでした。
パルテェナ様が嫁ぐ際に当主になったロマンド様は、彼の父親である前侯爵から引き継ぎを受け、同時にパルテェナ様は前侯爵夫人から、女主人足る教育を受けていました。
本来なら数年かける程の大量の知識ですから、さすがのパルテェナ様も疲労困憊していました。それでなくとも下位貴族と上位貴族には、受けてきた教育の量が違いますから。
そんな時でもパルテェナ様は「こんな風に多くのことを無料で学べる機会はないわ。頑張るわよ!」と、私達に弱音を見せることはありませんでした。
◇◇◇
そもそもマルカネン子爵家の財は、幼い時から奇抜な、失礼、聡明なパルテェナ様のアイディアのお陰で築けたものが多く、彼女の両親もそれを理解して彼女を大切にしておりました。
元より大事なお嬢様でしたが、彼女の能力を奪おうとする輩より守る為に、諜報員と呼ばれる者を冒険者組合から雇いました。
本来諜報員とは、侯爵家より上の国の重責を担うような貴族が雇う者です。かなりの費用がかさみ、下位貴族では雇えるような者ではありませんから。
それでも子爵ご夫婦は、それを願いました。
「私達の個人的に使える資金を全部あてても良いので、どうか娘を守って下さい」と頭を下げて。
質の良い諜報員は普通の下位貴族と同じくらいの年収が必要となります。その分王族並みの教育や武力も備えており、その諜報員の存在は冒険者組合の長しか知らないのです。
「下位貴族の貴殿方がうちの秘密を漏らせば、命はないですよ。それでも良いですか?」
組合長は威圧を込めてそう言うが、子爵ご夫婦は強く頷き「勿論それで良いです」と答えました。
「子爵家では武力が持てず、護衛だとて裏切る可能性があります。本来なら娘の力は過分でした。けれどそれで領地が潤い民も豊かになっています。だからその恩恵は娘を幸せにする為に使いたいのです。私達は贅沢するつもり等ないので、その分の費用で賄えるなら是非に!」
動じることもなくそう言われてしまえば、さすがに応じるしかなかった組合長。
(マジかよ。あの威圧なら、普通は竦み上がりそうなものなのに。こいつら普通の貴族なのか? ずいぶんと気合い入ってるじゃねえか)
組合長はその時の子爵用の予算ギリギリを要求し、まずは一年の契約をしました。
子爵ご夫婦はいつも慎ましく、懸命に働きいつも笑っています。彼らの人柄とお嬢様のそのアイディアは、多くの利益を産み出しました。
だが一部の者には、それがパルテェナ様のアイディアだと漏れて、懸念通り狙われ始めたのです。
貴族間である政略結婚の申し込みや、企業提携を始めとして。
本来なら後継となる兄のトランス様が先に望まれるだろうに、それを覆す釣書の多さでした。
「娘の結婚は好きな人として欲しいので。婚約等はお断りしているのですよ。申し訳ないです」
その後は子供達が親にけしかけられ、お嬢様に声をかけますが、お嬢様が靡くことはありませんでした。
下手に上位貴族が近づけば、資産目当てだと揶揄される為、権力的な婚約打診がないのは幸いでした。
それでも舞い込む縁談を固辞すると、今度はお嬢様が拐われそうになる場面も発生しました。きっと脅してアイディアを搾取しようとしたのでしょう。
許せないことです!
勿論気づかれないうちに、諜報員が処理して報復しておりますが。証拠付きで慰謝料も多めに請求し、支払い拒否の際は騎士団に捕縛されていきましたね。馬鹿な貴族達です。
そんな感じで子爵家と冒険者組合長の付き合いは続き、諜報員の契約も最初の固定給で継続。
利益の増え続ける子爵家なので、子爵ご夫婦の予算も以前の倍に増えていますが、慎ましい生活は続いています。それらの殆どは子供達への為の貯蓄に回されていきました。
その変わらぬ子煩悩な様子に、諜報員も組合長も大変に好感を持ちました。贅沢に慣れた貴族家ではとても珍しい光景でしたので。