私のお母様
「ちゃんと聞いて頂戴ね。貴女のお父様ってば、昔から惚れやすい質でやらかしてね。お母様の家が援助しないと、今頃没落してたんだから」
朗らかに語る母は、マルカネン子爵家の令嬢だった。
商人から成り上がった成金と呼ばれる、歴史の浅い貴族だそう。
反して父の生家は歴史深い名門侯爵家で、過去には王女殿下も降嫁した家柄らしい。
「そのユイラチニ侯爵夫妻には長く子供が出来なくて、貴女のお父様がやっと授かった時は、溺愛の甘やかしで育てたそう。
その結果、あろうことかパーティー中に婚約者の公爵令嬢に別れを告げて、平民の恋人と結婚すると宣言したの。
結果は散々。
公爵は怒りまくって高額慰謝料を請求するし、公爵令嬢はお父様の顔を扇子でぶっ叩くし、公爵夫人は取引先に圧力をかけて侯爵家を潰そうとするし。後、まあいろいろよ。
おまけにヤバイと思った平民の恋人は、速攻で逃げちゃうしね。
だから私の家の商会で取り扱っている、珍しい宝石やドレスや珍しい果物等を公爵家の一年分の予算くらい渡して、お願いしたのよ。
『ユイラチニ侯爵家は昔からのお得意様なので、どうかこれで許して貰えないでしょうか?』と言ってね。それから今後は罰として私が彼に嫁ぎ、借金の返済をさせる為に彼を働かせますと約束したのよ」
「そんなメチャクチャな。それに公爵家の予算一年分って、いったいいくらなの? 子爵家は大丈夫だったの?」
私は目眩がして母に尋ねたけれど、ニシシッと余裕で笑っているので平気だと分かった。
「平民の商家が爵位を買って成り上がったんだもん、金なら腐るほどあったのよ。それに私には前世の記憶があったから、レストランのフランチャイズや屋台の移動販売でいろいろ儲けたからさ。お料理メッチャ得意だし!」
「? お母様はお料理が出来るのですね(ほかのふらん、何とかって、みんな知ってるの? さらっと前世とかも言わなかった?)……それにお金持ちなのですね」
「そうなのよ。飯チート最高よ!」
(ああ、分からないわ。もう突っ込まないことにしよう)
ニコニコしている母は優しくて賢しらだけど、時々意味不明なことを言うのよね。まあ良いけど。
「そんな感じで公爵家にむしられて、ボロボロの侯爵家に婚姻を承諾させて私が嫁いだのよ。国王も侯爵家に没落されたら困るから、積極的に婚姻が進んだわ。
ロマンド様も彼の両親も感謝してくれて、温かく迎えられて今に至るってところなの。
ロマンド様も救世の女神だと言って、愛してくれたのよ」
「そう、ですか。それで……」
その後少し悲しそうな顔をしたお母様は、ポツリと呟いた。
「お母様はもうすぐ死んじゃうの。不治の病なんだって。だから私の事業とか、頼れる伝手とかを伝授しようと思って。……後ね、お父様のことも。
今後も惚れっぽいのは変わらないと思うの。それで苦労するのはアンシーだから、取り扱い説明とかを話しておくわね」
突然の爆弾発言に、言葉が出ない。
たぶん一瞬にして、顔色は蒼白になったと思う。
この時私は8才だった。
お母様も元気そうに見えたのに。
その後徐々に病状が進み、本当に亡くなってしまったお母様が最期まで心配していたのは、父のことだった。
「貴女はしっかりしているから、心配してないわ。でもロマンドは、お父様は誰かが付いていないと駄目なのよ。
大変だと思うけどよろしくね。愛してるわ、アンシー」
自分が一番じゃないからと拗ねたりはしないけど、一抹の寂しさは感じた。
でも父もすごく悲しんでいてずっと二人で看病したし、葬儀ではずっと人目も憚らず泣いていたから、仕方ないと呑み込んだ。
その後もずっと喪に服していたのに、昔の初恋の気持ちが再燃した父が再婚を決めてしまった。
当時の初恋は実らず、スタイルは良いけど弱そうな父は彼女に振られていた。彼女が選んだのは、筋肉隆々の副騎士団長だったそうだから。
その彼女が父を選んだのは、かなりの妥協なのかもしれない。
何故父の恋愛に詳しいのかと言うと、母の未発表の小説『侯爵令息の涙』の主人公が父だからだ。
母には幼い時から眠る前に、絵本の代わりに恋愛小説を聞かされていた。その中の一つに父の小説もあったのだ。
小説と言うよりノンフィクションだったかも。
乙女フィルターかかってたから、やっぱり小説かしら?
そんな感じで(恋愛小説が影響の)耳年増で、商家の教育を中心に受けた私は、かなり片寄った人間になった自覚がある。
母の超腹心、家令のクインスを私に残してくれたのは、最期の愛情だと思っても良いだろうか?