ネルフィスの躍進
ネルフィスはリーネと共にユイラチニ侯爵家に迎えられ、まずはロマンドの補佐としてバリバリ仕事をしていた。
補佐どころかメインで進められる程、知識もまとめ方も的確である。
「ネルフィスさんはすごいな。ずっと手掛けている僕以上に、問題点の対応も出来ているよ」
「そ、そんな、私なんてまだまだですよ。ロマンド様の方が予算も余分に配分して、二度手間にならないように考えられていますわ。
それが出来るのは、部下の方を信じられるから出来ることです。羨ましいです」
「それほどでもないですよ。はははっ」
憧れのネルフィスに褒められて舞い上がるロマンドは、いつも以上に張り切っていた。良いところを見て貰い、本当の意味で結婚したかったからだ。
一方、ネルフィスは…………。
(アンシェルちゃんから貰った眼鏡のお陰で、仕事が捗るわ。いざとなったらリーネやブルーノを養えるように、貯金しないとね。お母様は頑張るわよ!)
アンシェルが嫁に行く時までには、リーネと出て行こうと計画していた。
彼女から貰った青縁の眼鏡をかけ、ロマンドの補佐に加え、侯爵夫人の家政仕事を熟す彼女の書類捌きは素晴らしく手早い。
何年もの間、低賃金で公爵家を切り盛りしてきた手腕は伊達じゃなかった。
◇◇◇
公爵家の領地経営は、領地の収支を見てそれに応じた税金を設定する。自然災害や感染症等があれば、税を安くしたり薬の配布や炊き出しをして、民の暮らしを守っていく。景気の良い時は少し税金を上げて、有事に備えてきた。
それは前公爵であるダルナンの時から続く経営方法だ。
時に嘆願書を受け取り視察に向かったり、手紙でそこを治める代官に依頼したり、仕事は多岐にわたる。
以前はその状態に加え、姑であるダルサミレのお茶会や慈善事業の手配まで押し付けられていた。
自分達が行っていないことが露見しないように、家令や自分の味方の執事にしか手伝わせなかったので、人員が少なくダルナンの時より仕事量は多かった。
結婚当初は夫のナユタも仕事をしていたが、彼が堕落するように仕事をネルフィスに押し付けたのは、ダルサミレだ。
息子が嫁と一緒にいることに我慢できず、仕事の時間を自分と過ごす時間に当てさせたのだ。
「俺だって当主だから仕事をしないと。ネルフィスばかりに負担がかかるよ」
今よりまともだった彼はそう母に言うが、「貴方は騎士団の仕事が忙しいでしょ。私だって、貴方のお父様を支えて来たのですから、無理しなくて良いのですよ」なんて言われると、すぐ納得した。
「そ、そうなんだ。じゃあ、お任せしようかな?」
「ええ、ええ、そうなさい。それが嫁の勤めなのですから」
「分かったよ。母上」
ニンマリと微笑むダルサミレだが、彼女がダルナンの仕事を手伝ったこと等はない。真っ赤な嘘である。
それどころか、全ての仕事を自分に逆らえない専属侍女に押し付けてきたのだから。
こうして息子に恩を売り、ネルフィスの時間を奪い、二人の間に割り入った。
その後ネルフィスを使用人棟に追いやってからも、仕事は継続してネルフィスが行っているのに、ダルサミレが代行しているように振る舞っていた。
けれどその間にナユタは誘惑に負け、ある令嬢と交際していた。
童顔で大人しそうな、背の小さいか弱い仕種が印象的な子爵令嬢。おまけに胸がメロンだ。
公爵家に訪問した時には、ダルサミレを褒めまくり良い気分にさせていた。
黄緑色の髪と桃色の瞳は、とても若々しく可愛らしい。実際に若い18才だ。
ネルフィス以上に胸の高鳴りを感じたナユタ。
ダルサミレもこの令嬢ならば簡単に御せると思い、再婚に応じる。そしてまた、仕事を押し付けてやろうと考えた。
再婚である為、家格の低さは見逃された。
彼女の名は、モニカ・プニッタと言う。
◇◇◇
熱心に仕事を熟すネルフィスに、アンシェルは小遣い稼ぎにとある仕事も依頼した。
勿論別途料金を支給して。
仕事が楽すぎて、一つ返事だったネルフィスだ。
その仕事は眼鏡の改良だった。
アンシェルの扱う商会では、今でも多種の眼鏡を製造しているが、アンシェルはまだまだ可能性を模索していた。
今の眼鏡はガラス製だ。
眼鏡のフレームは、天然樹脂に素材を加え柔らかく作製している。
最近になり、孤児として育った子供の中から錬金術士達が生まれていた。
アンシェルの母パルテェナは、様々なアイディアをノートに記載していたが、この世界では未だ作られていない物質が多数あった。
アンシェルはネルフィスと錬金術士達にそのノートを見せ、彼らと協力して新たな眼鏡の作製を手掛けて貰うことにした。
それは実際に眼鏡をかけて、有効性を実感した彼女だから任せようと思ったのだ。
秘密保持の魔法契約は、協力者らとは既に済んでいるし、恩義を感じている元孤児らも裏切るつもりは毛頭ない。
「なるほど、なるほど、プラスチックとは、石油などを原料として、高分子化合物を作製する過程で得られる合成樹脂の一つ。
アクリル樹脂とは、アクリル酸またはメタクリル酸の誘導体を重合させて作られる、熱可塑性の合成樹脂の一種です。透明性、耐候性、耐衝撃性に優れているため、多岐にわたる用途で活用される。
特にアクリル樹脂は、眼鏡のレンズを軽量化し透明度もあがると言う。
う~ん、石油の成分を加工して作り出すのね。
まあ、やってみましょう!」
パルテェナのノートの記載はもっとザックリしていたが、そこは天才集団の集まりなので、予測と実験を繰り返して何とかなった。
………………そして数ヵ月後。
『新しい眼鏡のレンズと、フレームの完成である』
「すごいよ、ネルフィスさん。……でもこれ、とんでもないよね」
「はい、私もそう思いますわ。これは多岐に応用できる素材です」
「お父様。これは侯爵家だけでは手に余るものですわ。どうしましょう?」
「そうだな。もし他に漏れたら、奪い合いになるぞ」
せっかく出来上がったのに、喜びと同時にその素材のすごさに販売も危ぶまれた。
窓や照明器具、看板、ランプレンズ、内装部品、水槽、額縁、塗料・コーティング、接着剤、メインのレンズ等と、何にでも応用が出来たからだ。
これは検討が必要だな。
暫く世には出せないだろう。
そう思っていた時に、ネルフィスが思い付いた。
「ロマンド様、アンシェル様。キャメロン前公爵のダルナン様に相談なさるのは、いかがでしょうか?
彼の御仁ならば、良案を与えてくれると思います。
それに秘密は守って頂けると思います」
ブルーノの事も気にかけてくれているダルナンなら、きっと悪いようにしないと思ったネルフィス。いつも見守っていてくれたことを知った今だから、頼れると思ったのだ。
その意見に乗ってみることにしたロマンドとアンシェル。
「一度話が出来るなら、ありがたいな」
「ええ。ダルナン様なら、良い噂しか聞きませんから。お話を聞いて頂きたいですわ」
微笑んで頷く二人を見て、ネルフィスも強く頷いた。
まずは連絡をと思い、ライラックに手紙を書いたネルフィス。
後日、侯爵邸に訪れてくれることになったダルナンに、緊張が走る侯爵家の一同だった。




