新しい家族 その2
秘密保持の為、室内にはクインスとティナだけが控えていた。
落ち着いた頃にお菓子の追加がなされ、新たな紅茶が名匠作の美しいカップに注がれる。
芳しい香りが、喜怒哀楽で充満し高揚し過ぎた雰囲気を僅か鎮めた。
そして本題の一件が切り出される。
「失礼ですが、ネルフィスさんのことを少々調べさせて頂きました。貴女のご両親、言葉は悪いですがクソですね。
現在はまだ父と籍が入っていないようですが、急いで対処しないと、あのようなクズは金が尽きるとまた貴女にタカりますわよ。
ですから速やかに婚姻届を提出するべきです。
あくまでも冴えない父が嫌なら、籍だけ入れて仮面夫婦にすれば良いですわ。
寝所等はリーネと一緒にしますから、その身を差し出すような献身も不要ですわ。
弱り目を狙う程、父も愚かではありませんから。
(もし父にその気が起きそうなら、私が急所を潰すので心配無用ですからね♪)
もし他国に逃げたいなえあば、全力で尽力いたしますわ。
……ですが私はリーネが気に入ったので、大人になるまで一緒にいたいのです。少しここに留まることも考えて頂けませんか?」
「おおっ、そうかもな。僕から見てもあいつら最低だったよ。もうそこまで考えてくれたんだな。さすが僕の娘だね、はははっ」
金を払ったから、クソ家族から解放されると考えていたロマンドだが、娘の話を聞いて“成る程そうかも”と納得していた。
ネルフィスを道具としか見ていないことは、ロマンドでさえあの瞬間に分かった。
実の娘なのに侮るような貶めるような言動に対し、不快を強く覚えたから。
父子の様子を見て、この家の実権は10才ながらアンシェルが握っていると、完全に理解したネルフィスとリーネ。
「あの。もし良いのであれば、大変図々しいのですが、入籍の方をお願いします。すぐに夫婦になるのは難しいですが、侯爵夫人の行う家政管理や領地の経営等は行えると思います。
これでも公爵家で、いろいろ行ってきましたので」
(勿論今回の話を頂いた時は、身を捧げる気ではいたけれど。落ち着いた今になると、どうにもそんな覚悟が揺らいでいた。元々、超ビビり。リーネの為だけに頑張ったのだ)
控えめにそしてすべてを知られ、申し訳なさも加えて話すネルフィスに、リーネが我慢できずに叫んだ。
「公爵家のやつらは酷いんだよ。お母様に全部仕事を押し付けて、遊んで贅沢ばかりでさ。お母様は寝る時間も惜しんで働いていたのに、文句ばかり言うの。すごくイヤなやつらなの!」
悔しそうなリーネに、顔が泣きそうに歪み胸が痛むアンシェルとロマンド。
その瞬間は息ピッタリだった。
「絶対幸せにしてあげますわ。そしてギャフンと言わせます!」
「ちょっと、アンシェル。ギャフンはちょっと待とうか。お前のギャフンは洒落にならないから!」
やや顔色が悪くなるロマンドに、過去に何かあったんだなと想像が掻き立てられる二人。
でもここまで来ると、もうこのテンションに慣れつつあった。それに自分達の為に怒ってくれたことが、ものすごく嬉しい。もう気持ちが抑えられず、満面の笑みを浮かべる二人だ。
「ごほん。まあそのくらいの意気込みだと言うことですわ。準備はこれからですし……。それとネルフィスさんには、勝手に身辺を探ったお詫びの品があるのです。是非お受け取り下さい。合わなければ調整しますから!」
クインスが数種の小箱をカートで運んで来て、アンシェルへ渡す。アンシェルはそれをネルフィスの方へ運んで声をかけた。
「視力でお困りとの声が、廊下に聞こえましたので。再度作る際はお好みのデザインに致しますわ!」
促され閉じている花模様の小箱を開けると、そこには彼女が欲しかったものがあった。
「これは! 眼鏡ですね」
「良かったね、お母様。ずっと欲しかったものね」
箱に入っていたのは、青い縁の眼鏡だった。
黒ではなく色付きにするのは、普通より染料(宝石を砕いて色づけする)が高くて高額になる。
身に付けたそれは彼女の髪の群青に似合い、とてもお洒落で似合っていた。
その他の箱には無難に黒、そして水色のものも用意されていた。
レンズはすぐ交換できるので、ここにあるのは少しづつ度数が変えてあった。
一つずつ手に取り耳に掛けるネルフィスは、嬉しそうだ。リーネも頷きながら様子を眺めている。
「この度数が良いようです。よく見えますわ、ありがとうございます」
それは丁度青の縁のもので、そのまま利用して貰うことにした。他の二つもレンズを合うものに入れ換え、後で渡すことになった。
ネルフィスは遠慮したが、アンシェルが退くことはない。
「これとは別に、レンズに少し色を入れることも可能ですよ。そうすれば白や銀の髪も染まって見えますから、トラウマの解消に繋がるかもしれませんわ。
度数の入った色レンズの既製品も用意してありますから、試してみましょう。慣れるまで少し違和感があるかもしれませんが。
何事も経験ですわ。まずはお試しを」
その言葉で、あの時の部屋での会話が丸聞こえだったことが改めて分かってしまい、途端に恥ずかしく、そして申し訳なさでいっぱいになった。
「は、はい。良いでしょうか。でも今は絶対にアンシェル様を間違えたりしませんから。恩人の髪が銀髪だから怖いなんてことは、絶対にないですからね。信じて下さい!」
アンシェルは微笑んで頷いた。
その後色入り眼鏡に触れたネルフィスは、外出時はそれを装着することになった。レンズの色は極薄黒、極薄茶、極薄青で、装着側のレンズの角度により変化して見えるので、相手からは普通の眼鏡に見える仕様だ。
簡単にレンズが取りはずし可能なので、フレームが無駄にならないと評判なのだ。
勿論製造元はアンシェルの扱う商会だ。
パルテェナは元帝国ホテルの副料理長(生涯独身))で、元々食事系が主に発展した商会を作ったが、成長した孤児達がパルテェナの希望を聞きながら、眼鏡の改良を重ね成功を収めたのだった。
この時、ネルフィスは決意した!
(まだまだブルボンネとマキシールは苦手だけど、これからはリーネの為に頑張ると決めたもの。それにアンシェルちゃんから貰った、お守りみたいな眼鏡も貰ったし、強くならないと!)
気弱なネルフィスは頼もしい味方を得て、少しだけ強くなれた。
そして初恋を再燃させたロマンドは、ネルフィスのことをどんどん好きになっていく。
(やっぱり可愛いし、頑張っている彼女は素敵だな。僕も好きになって貰えるように頑張るぞ!)
ロマンドが無駄に張り切ると面倒なことが増えると知る、アンシェル、クインス、ティナは思った。
余計なことはせずに、静かにしてて欲しいなと。
取りあえずネルフィスの同意を得て、婚姻届は役所に出され受理されたのだった。