エピローグ
Can I Fly? Maybe…….
その一文を付け足し、私は最後の上書き保存をした。
もう、この物語に修正を加えることはない。そしてこのファイルを、もう開くこともないだろう。
できることなら、もう一度あの人に贈りたかった。けれど、何度も送ってしまったら迷惑になるだろう。先輩にだって、新しい生活がある。二度もあの人を、困らせたくない。
以前送った「願望」の原稿に返信がなかったことに、動揺はなかった。先輩のことだ。きっと、うまくやっている。だから私のことなど忘れていても、受け取ってもらえていなくても、それはそれでいい。私があの小説を贈ることができる人がいた。その事実だけで、十分だから。
三浦さん。いや、健たけるさんにも、随分優しくしてもらった。家族や身内からも、ただのもの扱いされていた私を、あの人は正面から愛してくれた。これからもずっと愛していく。僕でよければ、ずっと傍にいさせてほしい。正面から、そう言ってくれた。
けれど、私はもう十分だ。だからこそ、このままでいたい。ずっと。ずっと。
たとえそれが、どんな手段であっても。この世界に生まれ落ちた繭に再び還るような、その手段。それが間違いであっても、それが私が選んだ道だ。それが例え、愛しい彼女たちとの、永遠の別れになるとしても。
けれど、もし。もし誰かが、あるいは、何かの機会が。巡り合わせが。
あの二人に、この物語をまた出会わせることができたなら。その時こそ私は、二人に言えなかった言葉を、伝えることができるだろう。そして私の最後の願いは、そのときに叶う。その時に私は、そこにはいない。けれど私は今、そう信じている。
Can I Fly? Maybe…….
「きっと」を疑わない心があれば、この道は違う場所に続いたのかもしれない。
無理かもしれないけれど、誰よりも先に、あなたにこの言葉を届くことを願っている。それが叶わないとしても、せめて、いつかあなたのところに届くことを。
「美知恵」
輝くような笑顔が、ヒマワリの背景にぴったりだった。ずっと誰からも呼んでもらえなかった私の名前を呼んで、私の文章を、私の分身を、私の願いを、初めて認めてくれたのは、あの人だった。
こんなに幸せだったのに、私の心を蝕む影に、私は勝てそうにない。だってあまりに幸せだから。私はもう、幸せを知ってしまったから。終わりが近いことが、自分でも分かる。自分で決めたことだけど、それでもやっぱり。なんだか、悔しいな。
私はまだまだ、弱いまま。でも、その弱さも含めて、ここまで私は、私を生きることができた。それは、私一人では、絶対にできなかったこと。そしてその事実だけは、永遠に汚されない白。私はまるで、やっとおうちに帰れた、迷子の子ども。
長い時間をかけたたどり着いた今、そのことがひどく愛おしい。
千尋先輩。
こんな私でも、いつか飛べると思いますか?
生まれ変われるかは、分からない。たとえ羽ばたけなくても、あなたがいてくれるなら多分、私はどこにいても、ずっと穏やかに微笑んでいられる。そう思うんです。
幸せは、壊されるのが前提だ。そう書いたら、戸惑っていましたね。けどそう思う私でも、どんなに儚くても、かえって守りたいものができたんです。
だから、私は幸せなんです。あなたに会えて、本当に良かった。
Can I Fly? Maybe…….
繰り返すごとに広がるこの気持ちは、多分もっとずっと、強い気持ち。
言葉さえ交わせなくても、この思いだけで、宝物だった。
千尋先輩。
私じゃなかったとしても、あなたなら、きっと。
あなたはそれを、私に教えてくれた人だから。
さようなら、先輩。
どうか、お元気で。
あなたにずっと、憧れています。
〈了〉




