表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/26

エピローグ

Can I Fly? Maybe…….


 その一文を付け足し、私は最後の上書き保存をした。


 もう、この物語に修正を加えることはない。そしてこのファイルを、もう開くこともないだろう。


 できることなら、もう一度あの人に贈りたかった。けれど、何度も送ってしまったら迷惑になるだろう。先輩にだって、新しい生活がある。二度もあの人を、困らせたくない。


 以前送った「願望」の原稿に返信がなかったことに、動揺はなかった。先輩のことだ。きっと、うまくやっている。だから私のことなど忘れていても、受け取ってもらえていなくても、それはそれでいい。私があの小説を贈ることができる人がいた。その事実だけで、十分だから。


 三浦さん。いや、健たけるさんにも、随分優しくしてもらった。家族や身内からも、ただのもの扱いされていた私を、あの人は正面から愛してくれた。これからもずっと愛していく。僕でよければ、ずっと傍にいさせてほしい。正面から、そう言ってくれた。


 けれど、私はもう十分だ。だからこそ、このままでいたい。ずっと。ずっと。


 たとえそれが、どんな手段であっても。この世界に生まれ落ちた繭に再び還るような、その手段。それが間違いであっても、それが私が選んだ道だ。それが例え、愛しい彼女たちとの、永遠の別れになるとしても。


 けれど、もし。もし誰かが、あるいは、何かの機会が。巡り合わせが。


 あの二人に、この物語をまた出会わせることができたなら。その時こそ私は、二人に言えなかった言葉を、伝えることができるだろう。そして私の最後の願いは、そのときに叶う。その時に私は、そこにはいない。けれど私は今、そう信じている。


Can I Fly? Maybe…….


 「きっと」を疑わない心があれば、この道は違う場所に続いたのかもしれない。


 無理かもしれないけれど、誰よりも先に、あなたにこの言葉を届くことを願っている。それが叶わないとしても、せめて、いつかあなたのところに届くことを。


 「美知恵」


 輝くような笑顔が、ヒマワリの背景にぴったりだった。ずっと誰からも呼んでもらえなかった私の名前を呼んで、私の文章を、私の分身を、私の願いを、初めて認めてくれたのは、あの人だった。


 こんなに幸せだったのに、私の心を蝕む影に、私は勝てそうにない。だってあまりに幸せだから。私はもう、幸せを知ってしまったから。終わりが近いことが、自分でも分かる。自分で決めたことだけど、それでもやっぱり。なんだか、悔しいな。


 私はまだまだ、弱いまま。でも、その弱さも含めて、ここまで私は、私を生きることができた。それは、私一人では、絶対にできなかったこと。そしてその事実だけは、永遠に汚されない白。私はまるで、やっとおうちに帰れた、迷子の子ども。


 長い時間をかけたたどり着いた今、そのことがひどく愛おしい。


 千尋先輩。


 こんな私でも、いつか飛べると思いますか?


 生まれ変われるかは、分からない。たとえ羽ばたけなくても、あなたがいてくれるなら多分、私はどこにいても、ずっと穏やかに微笑んでいられる。そう思うんです。


 幸せは、壊されるのが前提だ。そう書いたら、戸惑っていましたね。けどそう思う私でも、どんなに儚くても、かえって守りたいものができたんです。


 だから、私は幸せなんです。あなたに会えて、本当に良かった。


Can I Fly? Maybe…….


 繰り返すごとに広がるこの気持ちは、多分もっとずっと、強い気持ち。


 言葉さえ交わせなくても、この思いだけで、宝物だった。


 千尋先輩。


 私じゃなかったとしても、あなたなら、きっと。


 あなたはそれを、私に教えてくれた人だから。


 さようなら、先輩。


 どうか、お元気で。


 あなたにずっと、憧れています。


〈了〉



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ