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10.返信

 自分たちと違う分子を排除する。その動きは、おそらくもうずっと、私が思うよりもはるか昔から、人々の間で繰り返されてきたのだろう。美知恵は、その被害者だった。


 当時、彼女は中学二年生で、私は一学年上の三年生。同じ図書委員に所属していたけれど、私はあの出来事まで、彼女の顔、名前を、ほとんどといっていいくらい記憶していなかった。空気のような、といえばいいのだろうか。存在感が薄すぎて、周りに同調してしまうような目立たない存在で、ちょうどそれは枯れ葉蝶が木の葉に擬態して、天敵をやりすごす姿に似ていた。


 後に知る事になるけれど、私の感じた感覚はほとんど正しかった。彼女の周りには、敵が多かった。


 きっかけは、小説のプロットだったと聞いた。その頃から彼女は物語を書き始めていて、思いついたら即、その事柄をメモできるように、いつも一冊のノートを持ち歩いていた。それが秘密のままであれば、良かった。彼女は放課後、本に囲まれながらふとノートを取り出して、思いのたけを綴っていた。


 けれどそのノートの存在は、ふと横を通り過ぎた図書委員のクラスメートによってクラス中に知れ渡り、物語を書くという誰に対しても迷惑をかけていない彼女の行為は、まるで破廉恥極まりない行為のように、面白おかしい嘲笑を交えながら、糾弾されていた。それは、その物語の内容が、あの小説、「願望」を予感させるような、どこか仄暗い悲哀の匂いを感じさせる恋愛小説だったことにも一因がある。


 中学生の書く、恋愛小説。これ以上、好奇の視線にさらされる組み合わせもないだろう。思春期の身体に宿る熱情と、性への好奇心を持て余している中学生たちにしてみれば、彼女のノートは、格好の餌食だった。


 彼女のノートは、奪われこそしなかったものの、やがてありもしない尾ひれがついた、何か艶めかしい官能小説のように噂され、彼女はどんどん孤立していった。


 表立っていじめの標的にされなかったのは、彼女の家がそこそこ裕福な家で、父親が地元で顔が効く類の人間であったからだろう。


 ただしそれは、彼女が家庭内でも孤立する遠因にもなっていた。


 彼女は、誰からも関心を向けられていなかった。物語は、唯一の彼女の居場所だった。


 推薦入学を決めていた私は、放課後よく図書室に出入りしていた。単純に、あの家にいたくなかったからだ。彼女も、似たような境遇だったのだろう。放課後、ふと気がつくとその姿が目に留まった。他人の病室に置かれた花瓶の花が変わったかのような、そんな些細な風景の変化のように、ささやかに彼女は存在していた。


 受験組の同級生を横目に、私は時折、そんな彼女のことを観察していた。


 私のクラスの人間が、彼女を囲んでいるのを見つけたのは、偶然ではあったけれど、それまでの状況を考えると、必然だったのかもしれない。


 受験勉強の鬱積した気持ちを晴らしているのがありありと見て取れる、純な好奇心を装った冷笑を浮かべた女たちが、彼女を取り囲んでいた。


 彼女は何も言わず、俯いていた。まるで、足蹴にされているウサギのように。


「あんたら、ウザいんだけど」


 確か、そんなことを口走ったのだと思う。理由は、分からない。どうせもう、ろくに会うこともない相手ばかりだからそんなことが言えたのか、それとも何か、私も知らないうちに、既に彼女に共鳴するものを感じ取っていたのか。


 とにかく私は、彼女に助け船を出した。相手の反応はおおまかにしか思い出せないけれど、その場は解散になったのだと思う。


 当時高校二年生だった私は、その後彼女と合流したファーストフード店で、その記憶をだんだんと思い出したのだった。


「小説は、まだ書いてるの?」


 思い出したままにそう訊くと、彼女は恥ずかしそうに、頬を染めて頷いた。



「雪枝千絵様


 不躾なご連絡にもかかわらず、お返事をいただけたことを、心より感謝申し上げま

 す。お詫びにと申し上げるのにはあまりにも事足りないと存じますが、ご質問いた

 だいた事柄について、可能な範囲でお伝えできればと思います。


 全てのことについてお伝えするのはひどく困難な作業なのですが、雪枝様は私た 

 ち二人にとって、文字通り『願い』を象徴するような存在でいらっしゃるのです。 


 あるいは、希望のようなものであったと言い換えてもいいかもしれません。


 美知恵の最期については、お聞き及びのことと思います。だからこそ、あなたはす

 べての連絡を絶った。そう考えております。


 重ねて申し上げますが、私は、そして故人である美知恵も、雪枝様には何ら悪感情

 を抱くようなことはありません。むしろ、憧憬に近い感情を、少なくとも美知恵

 は抱いていましたし、今もそれは変わらないでしょう。


 情報を小出しにする、卑怯者の私をお許しください。

 貴女にお会いしたい。そして、私を止めてほしいのです。

 あの盗作行為は、私にとって、貴女に行き着くための、唯一の手段でした。


                                   道庭」

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