地平線を睨む
1945年 ベルリン郊外
かつてヨーロッパ中を混乱の渦に貶めたドイツ第3帝国は、最後の足掻きを続けていた。この戦場では敵をどれだけ倒すかより敵をどれだけ足止めできるかが重要だ。
この一門のカノン砲ははるか地平線の彼方を睨んでいた。1939年に戦場に出てから、カノン砲は今日までずっと地平線の彼方を睨んでいた。
撃った 雷のような音と共に硝煙の匂いが鼻をツンと突く。 この砲撃で何人死んだのだろうか? 初めて戦場に出た日からカノン砲は疑問に思っていた。死んだ兵にも家族がいたんじゃないか?帰りを待ってくれている家族が… そう考えると自分はこの世の中でも一番の罪人かもしれない。カノン砲は毎日そのことを考えては自分を嘲笑っていた。 そうだ、お前は罪人だから壊されても文句は言えない と。
今日も撃った。 地平線の彼方に敵が見える また撃った 敵の戦車がまるでボロ布のように吹き飛んだ
カノン砲は敵が退いたあと、戦場を見渡して、心が痛んだ。今日も沢山の人が死んだ。沢山の命が散っていった。
その日は違った。敵は空から攻撃してきた。敵は爆弾の雨を降らせた。味方がたくさん死んだ。
敵は砲撃してきた。一人撃ち続けるカノン砲に…
地平線の彼方を睨む鉄の筒だけが残っていた。カノン砲は死んだ。沢山の悲しみを、憎しみを受け止めながら死んだ。 ああ、また人が死んでゆく。その命を散らして逝く。
そのカノン砲はまだ地平線の彼方を睨んでいるのだろうか?鉄の望遠鏡が見つめる先の悲しみを、まだ見ているのだろうか?