6 銀河統一
「降伏勧告? 連中に情けをかけるのですか?」
プレナスは、信じられないといわんばかりだ。
カエサルはいった。
「平和のためだ」
「なぜ、我が国を侵略せんとしてきた極悪人どもの命を救うことが平和につながるのですか? 捕虜として活用しようにも、数百万の将兵の食糧代だけで、我が国は疲弊してしまいます」
「いや、捕虜にはしない。降伏したものはそのままエブロネスに返す」
「バカな。いや、まさかと思いますが、身代金はとりますよね?数億デリスにはなるでしょうが」
「いや。とらん」
プレナスが助けを求めるようにゴドフリンに目線を向けた。
ゴドフリンが咳払いする。
「殿下の慈愛の深さには感動を禁じ得ません。しかし、殿下はご存知ないでしょうが、戦場には戦場の習いというものがあるのです。敵国に返した兵たちは悔悛し、我らの味方になると思いますか? いいえ、そんなことにはなりません。賭けてもよい。彼らはいまふたたびカルミナモスに召集され、そう遠くない未来に我が国に牙を向きます」
「二人とも誰に説教をしているんだ?余はカエサルぞ」と言いかけたところで、どうにか舌の動きが止まった。二人にとって、ユリアは籠の中で蝶よ花よと育てられた姫君に過ぎない。いきなりカエサルだなどと言い始めては正気を疑われる。
彼は咳払いすると、戦況スクリーンのなかで次々と爆散するエブロネス艦を指した。
「彼らは敵か?」
プレナスとゴドフリンが顔を見合わせる。
プレナスが咳払いして答える。
「むろん敵かと」
「いまはな。だが、余がエブロネス王カルミナモスを倒したあと、あの国の国民はわれらヘルウィの傘下に入るのだ。ここで数百万の兵士を殺せば、その親族ら数千万人、数億の国民は我らに強烈な怨みを抱くだろう」
カエサルは他2人はまったく異なる視点から物を見ている。カエサルは最終的に己が敗北するなどとは微塵も考えていないのだ。むろん、神ならぬ人の身ゆえに、百戦百勝とはいかない。ローマ時代もヴェルギンゲトリクスを始めとする幾多の猛将たちに煮湯を飲まされ、真面目な敗走を余儀なくされたことがある。しかし、最後には必ず勝つ。それがカエサルの戦だ。ゆえに、彼は常に勝利を前提に思考する。
「解放した何百万の兵士たちは、我が国の度量の広さを自国民に広めるはずだ。そして、カルミナモスが兵士たちをほっぽり出してみっともなく逃げ出したこともな」
「ですが、その温情をかけた兵士たちと再度戦うことになるかもしれないのですぞ?」
「かまわんさ。余は何度でも討ち果たすまでだ」
カエサルは生まれついて、いや、前世そのまた前世、この世に意識が生じたときからの強者であり、人民の庇護者である。彼が敵に抱く思いは、出来の悪い子をも慈しむ親に近しいものがある。
カエサルの降伏勧告をエブロネスの軍団長たちは、即座に受け入れた。もし、ここで徹底抗戦を選べば、艦隊内部で反乱が起き、下士官たちに処刑されることになっただろう。
エブロネスの各艦は兵器システムをシャットダウンし、ターボレーザーのエネルギー反応は感知されなくなった。一方、ヘルウィ側は、巨大な球形陣でエブロネス軍を包み、砲撃を再開できる状況を維持していた。幾人かの師団長が殲滅を主張したためだ。
そもそも彼らは自軍の指揮官がユリアことカエサルに変わったことに気づいていなかった。国家を裏切り、敵に投降しようとしたロンドバルドのもと、神がかった大勝利を納めたと考えていたのである。それゆえ、ユリア名義による降伏勧告は、おろかなお優しいお飾りによる錯乱した命令と捉えられた。
緊急の艦長会議が旗艦アンスリウムにて開かれた。通常ならば、ホログラフィック通信で行われるものだが、カエサルはあえて全師団長と対面する形をとった。
「ロンドバルド閣下は?」連絡艇でやってきた五人の師団長がそろうや、筆頭格のサマウスがプレナスを睨んだ。サマウスはヘルウィ軍きっての剛将であり、その顔の右半分は皮膚が変色している。かつて、指揮していた巡洋戦艦の艦橋を敵のレーザーに貫かれたさいに焼かれたのだ。
カエサルは円卓の正反対に座っているサマウスを見つめた。
「やつは我々を裏切った。ゆえに余が処刑した」
沈黙ののち、サマウスが笑い出した。
「殿下のようなか細い女性が、歴戦の軍人たる閣下を? なかなか面白い冗談ですな」
「いや、冗談ではないのだ」
カエサルが指を振ると、円卓の中央に艦橋監視カメラによる記録映像が浮かび上がった。
ロンドバルドと艦長のデメニオスがユリアを傷つけ、覚醒したカエサルに倒されるまでが師団長たちの眼前で克明に再現される。
「なんと」「バカな」と、師団長たちがつぶやく。
顔を蒼白にしたサマウスが声を震わせながらいう。
「で、では、われわれはいったい誰の指示で戦ってきたというのですか。プレナス!貴様か!?」
カエサルの後ろに控えていたプレナスがあわてて首を横に振る。
「まさか!わたしにあのような恐るべき戦術はありません。すべてユリア殿下ご自身によるものです」
師団長たちがあらためてカエサルを見つめる。
第四師団長マルマンヌが、ハンカチを取り出し七三分けにした額を拭う。官僚的にすぎる嫌いがあるが、艦隊運用は卒なくこなす男である。
「殿下が?あれを?しかし殿下は軍人ではありません。そのような方が指揮をとるというのは」
カエサルが笑った。
「余は総指揮官ではないか」
王族が指揮官を握るのは、あくまでも象徴に過ぎない。もちろん、会議室にいるもの全員がそれを理解しているが、師団長たちは指摘できなかった。カエサルが放つ圧倒的なカリスマが、彼らに言葉を告げさせないのである。
師団長たちはいずれも歴戦の勇者である。臆病者との噂が付きまとう太っちょの第二師団長カンパーンですら、数千の艦隊を率い、周辺小国家との幾度とない戦いに勝利している。
彼らは目の前の少女の前前世を知らない。古代地球において軍事、政治、経済、文化、色ごと、あらゆる面で天才の名を欲しいままにした男、偉大なるローマ帝国の礎を築いたカエサルの前では、たかだか百年も生きていない将軍など、子供のようなものである。
カルパーンは巨体を縮めた。室内に充満するカエサルの巨大な意思が、彼を四方から包んだのである。怯えたようにいう。
「ユリア様はどうなさったのですか? まるで別人ではありませんか?」
カエサルは微笑んだ。
「神々が力を貸してくれたのだ」
ある意味では間違っていない。
カエサルは死後、ローマにて神格化されている。
じっさい、彼は常々、本物の神々の作為を感じている。
彼が転生するとき、世は常に危機にある。
為政者たちは己の私利私欲のために相争い、罪もない女子供が戦火に苦しみ、人間世界のあらゆるところに苦難が満ち満ちている。
彼は人々を救うため、ギョペグリ・テペで総祭司長を務め、ナルメルとしてエジプト第一王朝を創始し、カエサルとして帝政への道を切り開いた。
いま、この宇宙世界は大いに乱れている。数百の国家が血で血を洗う争いを幾星霜も続けている。
ここに彼が降臨した意味は一つしかない。
「余は銀河を統一する」カエサルは静かに宣言した。