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5 殲滅戦

アンスリウムの艦橋で、ジイことゴドフリンがいった。

「これは! いったいどうしたこと!?」


艦長のプレナスも腰を浮かせる。

麾下の乗組員たちも激しくざわついている。


カエサルは目を細めた。

もう少し品のない人間なら舌打ちするところだが、彼は前世の日本でも、前前世のローマでも、そして今世でも格式高い家に生まれ、礼儀作法を叩き込まれている。いかなるときも見苦しい真似をすることはない。


戦況スクリーンの中では、エブロネス軍の旗艦がエンジンを全開にし、緑色の排熱光をきらめかせながら戦場を離れていく。そのあとには十隻の戦艦とさらに数十隻の巡洋艦がついている。


「臆病者めが」カエサルはつぶやいた。「このまま仕留められれば、あとが楽だったのだがな」


カエサルの狙いは最初からカルミナモスの首だった。


武人としての彼の経験は、エブロネス軍の陣形を見るや、巡洋艦群の直方体陣形の問題を見てとった。厳格に、美しく組み上げられているが「遊び」がない。敵が予想外の位置から攻めができた時に対応できるだけの遊軍が不足しているのだ。正面の敵だけを相手にするなら問題ないが、直方体陣形の弱点である斜め方向、とくに「継ぎ目」から、速度のある相手に攻め込まれれば脆いと判断した。


直方体陣形は側面からの攻撃に備え、直方体の側方向に配置される艦は砲塔を横に向けている。一方、敵に正面から向き合うよう命ぜられた艦は、砲塔を正面にむけているため、この二つのグループの「継ぎ目」に敵が入り込むと、どちらが応敵の主体となるかにわずかな迷いが生じる。


優秀な師団長がおり、その力を自由に発揮できるなら臨機応変に対応できるだろうが、ユリアとしての記憶によれば、エブロネスは極端な専制君主国家である。あらゆる軍事的決定は、その王カルミナモス自身が下す。となれば、各師団長たちが即応することはありえない。


カエサルの目論見通りにことは進み、アンスリウム率いる円錐は見事にエブロネスの直方体陣形を突き破った。


が、肝心のカルミナモスはほとんどの部下を残し、全速力で逃走していた。


プレナスがいう。

「殿下、追撃なさいますか?」


「放っておけ。これはこれで悪い形ではない」


カエサルは手元のコンソールで、戦場全体の艦隊配置を三次元ホロ表示した。ミニチュアサイズの艦はエブロネスの赤、ヘルウィの青に色分けされている。


小さな赤の集団が戦場から離れている。逃走中のカルミナモスだ。しかし、赤の大多数はいまなお健在でその数は青よりも多い。


主攻たる巡洋艦群の戦いは、エブロネス側が混乱状態に陥ったこともたり、ヘルウィが押し始めた。


右翼の軽巡洋艦群は、開戦時からほぼ互角。問題は左翼の巡航戦艦群である。カエサルが数十隻を引き連れて抜けたために、いまや周囲すべてを敵艦に取り囲まれ、崩壊寸前だ。


カエサルは自ら率いる円錐で、巡航戦艦の戦場にとって返した。


エブロネスの巡航戦艦たちは、球体陣形でヘルウィ側を囲んでいたが、今度は逆に挟み込まれる形になった。


王が逃げたこと、そして逃亡した彼をヘルウィ側が追わなかったことを彼らは既に把握してる。戦況全体はわずかにヘルウィ側に傾いたという程度だったが、戦意は落ちており、陣形を崩して散り散りに逃げ始めた。


カエサルは彼らもまた放置した。即座に巡航戦艦すべてをまとめ上げると、ヘルウィの主攻たる巡洋艦群を救うべく、中央の戦場に舞い戻った。


エブロネスの巡洋艦は艦数だけならば、この時点でもまだヘルウィの全艦船を合わせたよりも多かった。カエサルが離れた隙に直方体の切れ目はつなぎ合わされ、やや秩序を失いながらも目の前のヘルウィ巡洋艦群を押しまくっている。


カエサルは巡航戦艦群を四つに分けると、左右および上下から襲いかかった。


巡航戦艦のターボレーザーを雨あられと浴びて、エブロネスの巡洋艦は次々と宇宙の藻屑となる。まるでムクドリ撃ちである。何千匹という群れめがけて適当に銃弾を打ち込めば、相手が密集しているために容易に命中するのだ。


エブロネス側に指揮官が残っていれば、多少の犠牲は覚悟でヘルウィの薄い包囲を破ることもできたろう。だが、指揮系統を失った各艦は、少しでもレーザーの雨を避けるために自陣の内側へと引っ込もうとする。恐ろしい数の艦が内を目指したため、ついには艦同士が衝突し始めた。


正面からぶつかり合った艦は、巨大な質量が災いし、紙粘土のように押し潰れ、大火球と化して消滅する。


とある二隻は操艦クルーが優秀だったのだろう。間一髪のところで互いに船体を捻り、正面衝突を免れた。しかし、側面が激突し、互いの舷側を削り合った。シールドが一瞬にして消失し、ピーラーで剥かれるかのように金属の外殻が引き裂かれ、捲りあがる。爆発は生じなかったが、宇宙の真空と冷気が艦内に流れ込みあらゆるものを凍結させていく。やがて、二艦のエンジンからは排熱光が失われ、残骸と化した船体はふらふらと無重力空間を漂い始めた。


勝利を確信したのか、アンスリウムの艦橋では乗組員たちが「ユリア殿下、万歳!」と歓声をあげ始めた。カエサルは片手をあげて歓呼の声に応えた。


右翼で戦っていたエブロネスの軽巡洋艦群の指揮官は、窮地に陥った巡洋艦群を見て、次は自分たちの番だと気づいたに違いない。部隊全体を転進させると、エンジン全開で逃げ始めた。


ヘルウィ軽巡洋艦群の指揮官マルゴネス中将は齢百八十歳超えながら、プレナスに互するほどの隆々たる筋骨の持ち主であり、ヘルウィきっての知将である。彼は艦隊をまとめ直すと中央の戦場に移動し、エブロネス主攻を閉じ込める「蓋」となった。


プレナスが手を叩いた。

「おお!さすがは老竜殿!殿下、あとはエネルギーが枯れるまで撃ち続けるのみです!エブロネスの狼どもを宇宙の塵芥にいたしましょう!」


じっさい、完全な包囲陣である。

エブロネス軍の命脈は尽きた。

現存するおよそ18000隻の巡洋艦はすべからく破壊され、数万人の将兵は極低温の宇宙空間に放り出され、その遺体は凍りついたまま数億年も彷徨い続けることになる。

ヘルウィ、エブロネス、双方の軍のカエサルを除く誰もがそう思った。


カエサルはプレナスにいった。

「降伏を勧告せよ」


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