4 アレクサンドロスの流儀
カエサル率いる巡航戦艦部隊は、エブロネス軍の巡洋艦による直方体陣形の側面を突いた。
巡洋艦は構造上、艦前方への攻撃に強みを持ち、側面方向への攻撃を不得手とする。敵が攻撃してきたのとは反対側に面した砲塔が役に立たないためだ。
ましてや、攻め込んできたのは巡洋艦とは火力、防御力、速度、すべてが比較にならない巡航戦艦である。巡航戦艦のターボレーザーは巡洋艦のうすっぺらい防御シールドを一撃で四散させ、次弾が反応炉や艦橋といった重要区画を易々と貫いた。
漆黒の宇宙空間に爆炎が花開く。デブリと化した破片が猛烈な速度で周囲の艦船に降り注ぐ。たいていの破片は防御シールドに阻まれるが、一際巨大な砲塔が命中した艦などは、そのまま炎と破片、乗組員を吹き出して轟沈した。
エブロネスの巡洋艦のうち、それなりの数が、カエサル率いる円錐に対応するため、艦首をそちらに向けた。
が、それによりもともと向かい合っていたヘルウィの巡洋艦群に対する弾幕が薄くなった。ヘルウィの巡洋艦群はここぞとばかりにレーザーを撒き散らし、押し返す。
エブロネス主攻の直方体陣形は、二面から挟み込むように責め立てられ、急激に主導権を失いつつあった。
巡航戦艦アンスリウムの艦橋では、艦長のプレナスが両拳を握りしめた。
「殿下!これはいったい?」
カエサルは苦笑した。
「これが巡航戦艦の使い方だ。そもそも、この時代の艦隊指揮官たちは、戦というものがわかっていない。プレナス、一つ聞く、あの裏切り者はなぜアンスリウムを陣形の中央においたのだ?」
彼は、清掃員たちが運び出している遺体袋を指した。
「それは、もちろん旗艦が破壊されては負けてしまうからです」
「なるほど、では何故戦艦は巡航艦隊の後方に配置される? 別に戦艦が破壊されても負けはしないだろう?」
「戦艦は極めて貴重な戦力だからです。その建造費は小規模な惑星の年間税収に匹敵します」
「だから出し惜しむと。だめだだめだ。覚えておけ。古代より戦争の要諦は変わらない。歩兵が巡洋艦に、馬が巡航戦艦に、象が戦艦になったとて同じだ。『戦場ではいかに全戦力を活用するかで勝負が決まる』」
「全戦力の、活用?」プレナスがつぶやく。
エブロネスの巡洋艦の一隻がアンスリウムの至近距離で爆散した。破片がアンスリウムの防御シールドにぶつかり、分散エネルギー乱流が船殻を走り抜ける。カエサルとプレナスの手元のコンソールは、シールド維持率が68パーセントまで低下したことを示している。
プレナスが「殿下、我々は敵に大損害を与えました。しかし、本艦は前に出過ぎです!もう十分です。引きましょう!」という。
アンスリウムは敵軍に突っ込んだ円錐の先頭に位置している。必然的に敵艦の砲火が集中する。巡洋艦の小口径レーザーは、巡航戦艦にとってはハチに刺されたようなものだが、それが百も二百も重なれば巨象とて倒れる。
カエサルが微笑んだ。
「ここは旗艦を破壊される危険を犯してでも勝負に出る時だ。せっかくだから用兵の極意をもう一つ教えよう。『戦闘とは常に激動的になさねばならない』」
古代ギリシアの大英雄、アレクサンドロス大王の言葉である。
「は?」
「つまり、引き続き全速前進だ」
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エブロネス王カルミナモスは、庶民が一生を費やしても購入できないとされるドーリア産ワインの瓶を掴むと、指揮デッキから放り投げた。瓶は放物線を描いて、ドラゴンが彫り込まれた大理石の柱にぶつかり、派手な音とともにガラス片を飛び散らせた。
「なぜ我が軍が押されているのだ!」
戦況スクリーンのなかでは、エブロネス軍の巡洋艦による直方体陣形が、側面から突っ込んできたヘルウィの巡航戦艦部隊に押し込まれている。
艦隊副指揮官のセグルスが、一段下のデッキで直立不動になる。
「直方体陣形の隙を突かれました。かの陣形は二方面からの挟み込みに弱いのです」
「そんなことは知っとる! わしがいいたいのは、こちらの艦数はやつらよりはるかに多いということだ。なぜ、二方面に同時に当たれないのだ!巡航戦艦に向けて付近の陣を組み直せばよかったではないか!」
「第三師団、第四師団の師団長たちからは、そうした具申があがってきました。ただ、閣下に検討をご相談する前に連中が鬼神の如き速さで突っ込んできたのです」
専制国家の欠点である。絶対的過ぎる君主が戦争で陣頭指揮をとると、すべての判断を君主に求めるようになる。通信速度に限界のある世界では、君主に情報をあげるために要する時間が、決定的な遅延となる。
「馬鹿者が!」カルミナモスが目の前に出されていた贅を尽くした料理の数々を払いのける。コンラート星系産エメラルドシュリンプがくるくる回って床にべしゃりと落ちる。「いますぐ陣形を整え直せ!食いこまれている箇所は見捨てるんだ!」
「は!」副司令官の顔は引き攣っている。この艦隊の実質的な指揮官は、じつのところ彼であった。〝帝国〟に留学し、軍学校を卒業した俊才ゆえ、混乱状態における陣形組み直しがいかに困難かを重々承知していた。相当の被害を覚悟せねばならない。戦闘後の叱責は免れないだろう。
彼がホログラフィックコンソールを使い、ミニチュアサイズの艦隊の全体像を出現させる。青ざめた顔で新しい陣形を組み上げている最中、帝国元老院議員のホルテンシウスが戦況スクリーンを指した。
「閣下、あの艦は?」
ヘルウィ軍は一隻の巡航戦艦を先頭に、エブロネスの巡洋艦群を切り裂いてくる。先頭の艦は、優美な艦型に王族が搭乗することを示す青い紋章が描かれている。紋章官がデータベースを検索し、ヘルウィ軍旗艦アンスリウムだと同定した。
カルミナモスがいう。
「撃て!あれを撃ち落とせ!それで終わりだ!」
通信技官がすぐさま王の命令を通信網に乗せるが、星間物質の影響により、伝播速度は遅い。むろん、巡洋艦の艦長たちは各個の判断でアンスリウムを砲撃しているのだが、アンスリウムの速度があまりに早すぎるため、ほとんどがシールドにすら当たらない。
アンスリウムを頂点とした円錐は、凄まじい突進力で突き進む。エブロネスの巡洋艦はターボレーザーの一撃で主要部を貫かれ、祭りの花火のように立て続けに爆散する。
エブロネス側に打つ手がないわけではなかった。
巡航戦艦の破壊力は強力だが、戦艦はその上を行く。
そして、カルミナモスが乗艦する旗艦の背後には、十を超える戦艦が控えているのだ。
万が一、敵に回り込まれたときに備えての陣容である。
護衛用の戦艦をもって、前面に「壁」を作ればアンスリウム率いる円錐の突進も止まる。そうなれば、一転、周囲全てを敵軍に囲まれた彼らは窮地に陥ったろう。
だが、カルミナモスはそうしなかった。
19にして初めて戦場に出て以降およそ百年、彼が率いる軍団は圧倒的な艦数を持って周辺宙域を制してきた。そもそも、数千の艦隊を前にした敵は降伏することも多く、会戦の火蓋が切られること自体稀だったのだ。彼は勝利しか知らず、これほどまで敵に肉薄される経験は初めてだった。
恐るべき獣が喉元に近づいてくる。そう知覚したとき、彼のなかに潜んでいた、彼自身ですら認識したことのない恐怖が鎌首をもたげたのだ。




