表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

3 馬と巡航戦艦

カエサルが手を振ると、構築した戦術プランが、隣の艦長席に座るプレナスのコンソール上に出現した。


プレナスが目をしばたかせる。

「お見事な陣形組みです。いつの間にこのような知見を?」


「馬鹿者、世辞が欲しくて送ったわけではない。ユリア、いや、余は指揮システムについて最低限の知識しかもたん。軌道設定に問題がないか三十秒でチェックしろ」


「は、は!」プレナスが大慌てでセッティングを確認し始めた。


その間、カエサルは作戦の要となる旗艦アンスリウムのカタログスペックを確認する。


アンスリウムはパリシー軌道造船所にて三年前にロールアウトした。全長は二百メートル。武装はターボレーザー砲が十二門、近距離レーザーが三十二門、そのほか実弾系の武装が少々。当初から艦隊旗艦としての運用が想定されていたために、装甲と防御用エネルギーシールドは戦艦並みに厚い。それでいながら足も速いのは、エンジンを四発も積んでいるからだ。外殻にはヘルウィの紋章が青く描かれ、派手好きのカエサル好みである。


旗艦が不恰好な戦艦でなかったことに感謝したい。戦艦は巡航戦艦の倍近い船体と、分厚い装甲、高出力の防御シールド、絶大な火力を持つが、最高戦速に達するまで時間がかかるし、小回りも効かない。実質的に、古代の戦場における「象」や「戦車」であり、迅速を尊ぶ彼の搭乗艦としてふさわしくない。


「問題ございません!」プレナスが叫ぶようにいう。


眼下の下士官たちが、おおわらわのなかでチラチラと指揮官席を見上げている。お飾りにすぎなかったお姫様が、裏切り者を手ずから処刑しただけでも驚きなのに、天下の銀狼を一瞬で従えてしまったことが信じられないらしい。


もっとも、足元に人間の遺体が二つ転がり、血溜まりから鉄くさい臭いが漂っていれば、誰だって背筋を正すものだ。


カエサルは「よろしい」と頷くと、コンソールを操作し、新陣形と行動方針を短距離ビーム通信網に載せた。


星間物質の特性ゆえか、ユリアの概知宙域では長距離通信が極めて不安定だ。そのため、戦場における艦同士のやりとりは、最大伝達距離3キロほどの粒子ビームで行われる。


旗艦アンスリウムから発せられた命令は、まず護衛役にあたる三隻の巡航戦艦、ヨク、オベイハム、タルビアに伝達される。これら3隻はさらに外側を囲む十数隻に短距離指向性ビームで伝える。


カエサルは返事の到着を待たずに「機動を開始せよ」と告げた。


プレナスが小さな声でいう。

「殿下、全艦の了解前に船を動かしてしまうと、隊列が乱れますが」


「戦線が崩壊しようというときに、そんなことを気にしてどうする?」


「は、ごもっともでした」プレナスが赤面しながら操舵担当に指示を飛ばすと、アンスリウムは巨体を捻るように軌道を変更した。


周りの巡航戦艦の艦長たちから「了解」の返事が届き、それらの艦も後に続く。だが、3隻だけその場に止まった艦があった。それらの艦のひとつから、「なぜ、指揮コードが副司令のものでないのか?」と問い合わせが入る。


ゴドフリンが壁際の護衛官席に座りながら心配げな顔をする。

「殿下、これらの艦の艦長は副司令の子飼いです」


「そうか。なら伝えてやれ。副司令は指揮を取れる状況にないゆえ、銀狼が司令コードを使って代理を勤めているとな。うん、コンソールも空いているからな。プレナス、副司令権限もお前に預ける」


プレナスが「わたしが?」とうろたえる。


「仕方なかろう。箱入りのお姫様が指揮をとっていると知れたら、反乱がおきかねん」


「さようなことは。まことふさわしいかと存じます」


「それはお前が余と対面しているからそう感じるのだ。通信越しでは余はやはり小娘にすぎん。戦場に名を馳せた銀狼ならば、この土壇場での指揮継承も頷けるだろう。心配するな。お前の名を汚すような戦いにはならん」


巡航戦艦の巨大な直方体陣のなかから、アンスリウムを先頭に、小さな円錐が分離した。だが、一艦だけ、途中までアンスリウムにつきながら、途中で元の直方体陣へ引き返す艦があった。さきほどの三つの艦の一つである。


カエサルは舌打ちした。一艦といえど貴重だというのに。気分を晴らすように叫ぶ。

「最大戦速!エンジンが焼き切れるまで飛ばせ!」


下のフロアの操舵士たちが見上げる。

司令官が旗艦の操船指示を出すのは珍しいことではないが、通常はコンソール経由だ。肉声で伝えてくる指揮官など初めてだった。だが、不思議と心が鼓舞される。彼らの小さなお姫様の声は、まるで何十年も戦場にたった剛将のそれのように、敗北寸前の部下たちから戦意を引き出した。


操舵士たちが「応!」と答える。


アンスリウム率いる円錐は、レーザービームの暴風が荒れ狂うなか、巡航戦艦群の戦場を離れ、中央の巡洋艦群へと進み始めた。


ーーーーー


カエサルがのちに知るところでは、エブロネス王国軍を率いるのは、エブロネス王カルミナモスその人だった。


歳は百二十二歳、古代地球の基準では五十歳ほどの肉体年齢である。剛健な大男で、領土欲が強く、二十三のときに王位を継承して以降、支配宙域を三倍にも広げた。ただし、実戦経験は少ない。彼の基本戦略は、質・量ともに優れた大軍をもって敵を威圧し、戦わずして勝つことだからである。


旗艦は戦艦ジンジゴア、友好同盟を結んでいる帝国から借り受けた最新最大級の船である。全長は五百十二メートル、鈍足ながら防御力と火力に優れる巨大艦で、単惑星国家なら単艦で制圧できる。


その艦橋には黒大理石の柱が立ち並び、まるで太古の神殿である。同じく黒大理石の重厚な指揮官席に座るカルミナモスは、左手のグラスを軽くふった。白いドレスを身にまとった女奴隷が優雅な動きで、帝国の果実惑星ドリアー産の特級ワインを注ぐ。


琥珀色の液体は一杯で巡洋艦のエンジンを買えるほどの価値があるが、一息に飲み干す。口に含み、舌の上で転がし、丁寧に味わうようなことは女々しいと考えているのである。


「たまらんな。貴君もどうだ?」


そういって、隣に座る小男に目を向ける。

帝国の元老院議員にして、エブロネス軍の軍事指導官を務めるリキウス・マクシアス・ホルテンシウスは「いえ、けっこうです。わたくしにはこれがありますので」と手元の水筒を叩いた。


「中身は水だろう?」エブロネスが苦笑いする。「なぜ帝国の元老ともあろうものが、そんなものを好む? 何十もの惑星領土を持っている貴族だろう?」


「水はもっとも優れた飲料です。喉の渇きを潤し、脳に影響を与える化学物質も含まれない。なにより安い」ホルテンシウスは水筒の蓋を捻って一口飲んだ。中身は艦内の洗面所で汲んできた単なる無菌水である。


ホルテンシウスは、元老にして、軍事指導官、そして商人である。彼の生家であるマクシアス家は、帝国の周辺国家との公益で財を成し、八代目である彼はエブロネス王国と手を組むことで、さらに一族の権勢を強めた。質素倹約が家訓であり、辺境有数の金持ちだというのに、着用する宇宙用儀礼服ですら中古品だ。


カルミナモスは笑った。

「お主は客人だ。いくらでもわしの酒を振る舞うぞ」


「遠慮します。贅沢は覚えると癖になりますし、まだ戦闘中です」


「すでに戦の勝敗は決した。これは勝利の祝杯というものよ。お主が用意した艦がよく働いてくれたわ」


戦況スクリーンのなかでは、戦場の様子が簡略表示されている。


エブロネス軍、ヘルウィ軍はともに、巡航戦艦群、軽巡洋艦群、巡洋艦群からなる陣形で正面から激突している。エブロネス軍は主攻である巡洋艦の数で敵を圧倒しているうえ、その主攻の後方には、この旗艦ジンジコアがにらみをきかせている。王に間近で戦果をアピールできるとあって、各艦の士気も高い。敵の主攻を崩壊させるのも時間の問題だ。


じっさい、主攻同士の陣形では、エブロネス軍がどんどん押し込んでいる。まもなく、ヘルウィの主攻は中心から切り裂かれ、散り散りになって各個撃破されるだろう。


ホルテンシウスが片眉をあげる。

「閣下、左翼の敵が下がり始めましたな」


スクリーンのなか、互いに円錐陣形で正面衝突していた巡航戦艦群に動きがあった。敵の直方体陣形の内部が崩壊して後ろに下がり始めたのだ。


カルミナモスが破顔した。

「おお!そちらから崩れたか!これは巡航戦艦の艦長たちに褒美をくれてやらんといかんな。ヘルウィの王族の娘たちなどがいいかもしれん。おっ、見ろ、真っ先に逃げ出したやつを」


船殻に配置された超望遠カメラが遥か彼方にいる青い紋様の入った艦をぼんやりと捉えている。星間物質の濃度が濃いために不鮮明な写りだ。


「あれはヘルウィの旗艦、アンスリウムだ。情けないやつめ。勝ち目なしと見て逃げ出しおった!」


アンスリウムが直方体陣形から抜け出すと、周りの艦もそれに続いた。直方体陣形の厚みが薄くなったため、エブロネスの巡航戦艦たちが一挙に押し始める。ターボレーザーの緑色の光が激しく飛び交い、負荷のかかった防御シールドが怪しく煌めく。


ホルテンシウスが水筒を掲げる。

「おめでとうございます閣下、またしても無敗伝説に華を添えられましたね」


「はっはっは。お前も嬉しいだろう。ヘルウィ産の女は見た目がいい。帝国の奴隷市で高値が着くからな。最上級の品だけでも五百万人にはなるぞ。もちろん、取り扱いはお前のところに一任する」


上機嫌の二人は戦況スクリーンから目を切っていた。その間、アンスリウム率いる巡航戦艦部隊は円錐陣を整えると、弧を描くように加速し始めた。一見、逃走を計っているように見える進路だったが、じょじょにカーブし、隣の巡洋艦同士の戦場に近づいていく。


エブロネスの艦隊士官たちが気づいたときには、趨勢はカエサルの手に収まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ