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2 槍と巡航戦艦

星間物質の濃さと人工知能の制限が、奇妙な戦場を生み出している。


カエサルの前世である民主日本および、さらにそれ以前の生を生きた地球周辺は、星間物質の濃度が極めて薄かった。そのため、宇宙船は微小分子を気にすることもなく、時速数万キロまで加速できたが、このユリアが生きる宙域ではそうもいかない。星間物質による船体の破壊を防ぐため、巡航速度は低速に抑えられている。


そして人工知能に対する社会全体の忌避感。過去の歴史で何があったのかはユリアの記憶にもないが、未来世界の人類は人工知能を異様なまでに嫌悪している。そのため、宇宙戦闘艦のシステムの大半は人間の乗組員が制御する。ターボレーザーは人間の砲手が目測で狙いを定め、引き金を引くのである。


これら二つの要因により、戦闘は極めて前時代的に進捗していた。艦同士による至近距離からの砲撃戦である。


戦況スクリーンのなかでは、まるで古代の歩兵同士が切り結ぶ刃の火花のように、レーザーと防御シールドの放電光が煌めく。時折あらわれる大きな輝きは反応炉を貫かれた艦隊が、数万度の大火球となって原子レベルにまで分解されているだ。火球が生じたのち、しばしの間をおいて、旗艦アンスリウムの艦橋が揺れる。星間物質を通じて振動が伝わってくるのだ。

21世紀の地球において、宇宙空間に音はないと習ったカエサルにとっては、なんとも派手な世界である。


「すでに勝ちが見えていらっしゃる?」

カエサルの言葉に、ゴドフリンが、いよいよ姫の頭がおかしくなったといわんばかりにつぶやいた。


「敵の陣形を見ろ」カエサルが手元のコンソールを動かすと、眼前に浮かんでいた小さな3次元ホロが拡大された。戦場の艦配置が、敵軍のエブロネスは赤、自軍のヘルウィは青で表示されている。


エブロネス軍は、大きく三つに分かれていた。

およそ一万の巡洋艦が集まった主攻、二千の軽巡洋艦が集まった左翼、千の巡航戦艦が集まった右翼である。それぞれが直方体陣形を作って、ヘルウィ軍と相対している。


ヘルウィ軍も同様に巡洋艦、軽巡洋艦、巡航戦艦で陣形を組んで、同種の相手と戦っている。


無論、これら三つの艦種のほかにも、戦艦や駆逐艦、補給艦などがあるのだが、それらは数が少ない。とくに火力・防御力ともに群を抜いた力を持つ戦艦は、建造コストが高くつくために希少である。両軍ともに十隻以下で、それぞれ主攻の後ろに控えている。


まるで象だな。カエサルは思った。象は彼が生きた古代において抜群の破壊力を持ちながら、数を揃えるのが難しいために、凡将は後生大事に後方に控えるのが常だった。


宇宙時代の戦場は、三次元的になったものの、星間物質により、ある意味では大昔に逆戻りしたようだ。


ゴドフリンが「陣形に、なにか不自然なことでも?」という。


不自然も何も。敵も味方も何をしているのか。未来の人間は軍団指揮の本質を忘れてしまったのか。


カエサルがいっそそう答えようかと考えたとき、眼下で動きがあった。副艦長のプレナスが息せききって艦橋に飛び込んできたのだ。護衛兵数名を従え、突撃銃を手に「殿下ッ!」と叫んでいる。


カエサルはユリアとしての記憶を探った。

プレナスは十八歳、少々若いが、遠縁ながら王族の血を引き、武功抜群であるため現在の地位にまで引き上げられた。身長百九十、体重はおよそ百二十キロ、威風堂々とした体格の持ち主であり、軍の格闘大会では二度の優勝を飾っている。銀色の短髪が狼のように逆立っているため、都の子女からは銀狼将軍などと呼ばれている。


箱入り娘のユリアは気づいていなかったようだが、この銀狼殿が日頃彼女に向ける視線には、若者特有の純真な想いが過分に込められていた。


プレナスは渾名に負けないほど殺気のこもった目つきで指揮デッキに銃を向けた。

「貴様らッ!よくも殿下をッ!」といったところで、状況に気づいたらしい。麗しの姫君は血を浴びてこそいるが、どうやら本人のものではなくピンピンしている。


カエサルは手を振った。

「安心しろ。余は大事ない」


「え?あ?はあ?」プレナスは間の抜けた声で答えながら、指揮デッキへの階段を上り、裏切り者たちの遺体を目にした。


「大尉、これはあなたが?」とゴドフリンに尋ねる。


ゴドフリンは首を横にふる。


プレナスは片膝をついて、二つの遺体を検分した。

カエサルの無駄のない刃物裁きにより、損傷は少ない。床に広がった血溜まり以外は綺麗なものだ。

「見事です」プレナスが賞賛の眼差しを向ける。


カエサルは多少胸が熱くなった。

彼は前世以前の記憶を取り戻したが、ユリアとしての記憶と意識が消えたわけではない。彼は彼女であり、彼女は彼である。ユリアとしての自身は、幼馴染の思慕の情にいまさら気づき好ましく感じているのだ。


敵の砲撃が掠めたのか、アンスリウムが激しく揺れた。

プレナスとゴドフリンがもんどりうってコンソールに叩きつけられる。

カエサルだけは踏みとどまった。体に染み付いた騎乗技術のおかけだ。ローマの時代は、まだ鎧が発明されていなかった。それゆえ、貴族の子は幼少期から裸馬を乗りこなせるよう訓練を重ねる。練り上げられたバランス感覚は転生を重ねてもこうしてしっかり発揮される。


各種警報が鳴り響き、乗組員たちは必死に状況に対応している。ヘルウィ軍は死地にあるのだ。


「さて、銀狼どのとの話に華を咲かせたいところではあるが、先にすべきことを片付けるとするか」カエサルは苦笑しながら長い金髪をかきあげた。


ユリアの記憶を用いてコンソールを操作すると、戦場にいる全ての艦がホログラフィック表示で浮き上がる。アクアリウムの中のメダカの群れのようだ。


「プレナス、見ての通り艦長が死んだ。お主が後を引き継げ。この艦の指揮は任せる」


「はっ!」と言いながら、銀狼は艦長席に巨体を捩じ込んだ。


カエサルの手が、ホログラフの巡航戦艦の群れを掴みんだ。手の動きに合わせて、メダカサイズの巡航戦艦が位置を変える。


ゴドフリンが後ろからいう。

「巡航戦艦を、どうなさるのですか?」


「戦場では、自身の戦力の有効化、ならびに相手戦力の非有効化をはからねばならん。舞台が二次元から三次元になったとて、大原則は変わらない」


自軍の右翼、主攻、左翼は、まったく同一の布陣をしいた敵軍とぶつかっている。


主攻である巡洋艦群は一方的に押し込まれている。相手の巡洋艦はこちらより数が多いのだから、当然だ。まもなく陣形の中央をぶち抜かれ、壊滅の憂き目を見るだろう。


同様に、右翼の軽巡洋艦群も厳しい。


どうにかやり合えているのは左翼の巡航戦艦群だけだった。ここはヘルウィ側の方が数が多い。ヘルウィは小国家だが、伝統的に高速エンジンの開発に長けており、ヘルウィ製巡航戦艦は銀河全体でも多少名が知れている。だが、すぐれているのは速度だけであり、火力と防御力は帝国製よりも幾分劣る。


「ゴドフリン、巡航戦艦というのは、ようするに古代の地球における馬だ。歩兵たる巡洋艦よりも、サイズ、機動力、火力、防御力に優れるが、数は少ない」


「は、はあ」


「乗組員の大半は王族の類縁で占められ、軍のエリートとして華々しく戦う。エブロネスの巡航戦艦も同様の立ち位置、この戦場は誇りある巡航戦艦同士の激突というわけだ。だが、我が軍の巡航戦艦の一部、このアンスリウムを含む一団は激突面から一歩引いたところにある」


「旗艦が撃沈されるわけにはまいりませんから」


「そこが間違ってるのだ。殲滅されんとしているときに、旗艦とお付きの艦を守ってどうする。戦力はすべて有効活用せねばならん」


カエサルはホログラムの直方体陣形の内部に手を突っ込むと、アンスリウムを含む数十艦を取り出し、アンスリウムを頂点とする円錐陣を組み立てた。


「では、この新しい槍を突き刺してやるとしよう」


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― 新着の感想 ―
新作、楽しく拝見しております。 >ローマの時代は、まだ鎧が発明されていなかった 前後の文脈から見て、鐙(あぶみ)でしょうか? 欧州では7世紀になるまで無かったらしいですね。意外。
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