↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/6

1 髪と女と宇宙戦艦

カエサルにとって転生は当たり前の現象である。


最初の人生がいつだったのかは時の彼方に霞んでいるが、一つの人生を終えるたびに数百年から数千年の間をおいて転生を繰り返してきた。


転生のたびに文明の発展ぶりに驚かされるのが常だが、このたびの衝撃はいつにも増して大きかった。


肉体が彼の記憶を思い出したそのとき、彼は宇宙にいたのである。正確には宇宙戦艦の艦橋だ。


今回の肉体は、ユリア・ゲトリクスという十八歳の少女だ。年齢は十八、ただし肉体の成熟度は前世である民主日本国の十四歳前後である。人間の寿命が二百歳近くまで伸びた影響だ。


彼がいるのは、艦隊旗艦アンスリウムの第一艦橋だった。艦橋と呼ばれているが、洋上艦のように船体から上方に突き出すのではなく、艦の最奥部に設けられている。


広さは日本で彼が通っていた高校の体育館よりやや狭いくらいか。戦術、通信、航行、索敵等のコンソールが島様に配置され、それぞれを数人の下士官が担当している。彼らから一段高いところに士官級が詰める指揮階層があり、中央に艦長席、その後ろに師団長席および副師団長席が設けられている。


カエサルが座っているのは師団長席だ。ここから艦橋内に目を向けると、視界の大半は壁の一面を占める戦況スクリーンに占められる。そのなかでは、いままさに味方艦隊が壊滅しようとしていた。


じっくりと未来の戦場の様子を眺めたかったが、すぐに目を切った。彼自身の肉体、ユリアの肉体に火急の危機が迫っていたからだ。左の二の腕に深い傷があり、激しく出血している。少女の肌は雪のように血の赤は美しいほどに映えていた。かすかに鉄臭い香りが鼻をつく。


「無駄な抵抗はおよしなさい。苦しむだけですぞ」

目の前に立つ副司令官のロンドバルドが、儀礼用の振動ナイフ片手にいう。


彼の心臓は激しく脈打っている。記憶が目覚める直前、ユリアが受けた心的動揺が極めて大きかったためだ。胃酸が上ったのか、口の中が酸っぱ苦い。


「なぜこのような真似をするのか」

喉からは金嶺鳥のように麗しい声が出た。


ロンドバルドがいう。

「あなた様の首を取り、帝国に降伏する。それ以外に我らが助かる道はないのです」


ロンドバルドの肩の向こうでは、ユリアの教育係兼お目付け役のゴドフリンが「やめろ!やめんか!」と叫びながら、艦長のデメニオスと揉み合っている。下士官たちは呆然として、上官たちの争いを見つめている。


カエサルは「またか」とつぶやいた。


前々世、彼はポンペイウス劇場にてマルクス・ブルータスをはじめとする暗殺者たちにより刺殺された。体を貫く刃の冷たさは転生を重ねたいまも心の奥底に張り付いている。あのときも、周囲にいた百人以上の元老院議員のほとんどが、かかしのように突っ立っているばかりだった。


ロンドバルドがナイフを振りかぶった。身長は百七十センチ後半か。軍人としては小柄だが、百六十センチの少女の体からすれば巨漢である。


彼は膝から力を抜くと、流れるような動きで椅子から滑り降り、ロンドバルドの足元に身を寄せた。


「ぬお!?」ロンドバルドが真下に向けてナイフを振るう。


カエサルは振り下ろされる手首をとると、巻き取るようにして投げを打った。大きな体が宙に浮き上がる。ロンドバルドは背中を床に強打し、悶絶した。カエサルは手首を極めると、ナイフを奪い取り、振動刃を素早く相手の首に沿わせた。裏切り者の血が吹き出し、床を汚す。


立ち上がり、ナイフを投げた。侍従のゴドフリンと揉み合っていたデメニオス艦長の背に突き刺さる。心臓の位置である。デメニオスはこちらを振り向いた。何が起こったかわからないといった顔である。その目からすぐに生気が失われた。足から力が抜け、崩れ落ちる。


ゴドフリンは声もない。

当然だ。ユリアの肉体記憶によれば、彼女は虫も殺さぬ深窓の令嬢だ。軍人二人を手早く処分するなど、教育係であったゴドフリンには己の目で見たばかりでも信じ難いだろう。


ゴドフリンは、真っ白な髭の奥から「なぜ?」と絞り出した。


訓練の成果である。彼はポンペイウス劇場にて殺されたのち、転生後の民主日本にて「アイキドー」と「システマ」を修めた。アントニウスのような頑健な肉体抜きでも素手で刃物に立ち向かえる技だ。ローマの執政官は古来より同じ轍を踏まないよう心がけるものである。


「精霊たちの加護だ」カエサルは頬についた返り血を士官服の袖口で拭った。


「と、ともかくお怪我の手当てを」


痛むが、出血はすでに弱まっている。骨や主要な動脈は外れたらしい。この程度は、執政官として十数年間に渡り数百の戦場にたった身からすればかすり傷である。


「あとにしろ、いまは先にすべきことがある」

カエサルは息を吸い、眼下の乗組員に向き直った。


みなの目に混乱の色が浮かんでいる。当然だ。己らの艦長および副司令官が司令官を殺さんとし、返り討ちにあったのだ。


一般兵にとって、彼が宿る肉体ユリア・コルネリウス・ゲトリクスは艦隊司令官であり、王族であり、祭司長であるが、それらはお飾りを意味する。


艦を指揮するのは艦長であり、師団を指揮するのは副司令官である。つまり一般兵が指揮官と認識していたのはたったいま彼が手にかけた二人なのだ。


「戦友諸君!」彼は少女の体の底から声を振り絞った。「この愚か者二人は、余の首を手に投降するつもりであった! 余は彼らを殺した。だが、己の命惜しさではない。降るということはこの戦に敗北するということである。そうなれば、諸君の父母、妻子は帝国の商人どもに囚われ、子孫は未来永劫奴隷として生きていくことになる。余はそのようなことは決して許さぬ。ゆえに裏切り者を処罰した。もし、同じように己が先祖、己が子孫に背を向けたいものがいるなら、いまここで余の首を取りにくるがいい」


誰からも返事はないが、カエサルはひとまず反乱の延焼は食い止めたと判断した。


侍従長のゴドフリンが目に涙を浮かべ、彼に駆け寄った。

「殿下、お見事にございます。知恵と勇気、誇りに溢れるお言葉、皆の心に染み入ったことでしょう。いまや誰もが殿下に魂からの忠誠を捧げております。おお、まるでご先祖のゲトリクス大帝が蘇ったかのようだ。じいは信じておりました。姫は必ずや偉大なる存在になられると。おお、精霊よ感謝いたします」


「ボケたことをいうな。戦場で指揮官が兵の心を掴むには、勝利を持ってするほかない。兵たちは、家族を持ち出されてかろうじて戦場に止まる気持ちになっただけだ」


「ひ、姫様? そのお言葉遣いは?」

ゴドフリンが狼狽える。カエサルであったことを〝思い出す〟前のユリアの口ぶりに比べ、乱暴すぎるためだ。


「気にするな」カエサルは切って捨てると観測スクリーンをにらんだ。


状況は厳しい。


カエサルが最後に現世にいた民主日本の時代から何万年、何十万年が過ぎたのかはわからないが、現在、人類は宇宙に進出し、幾多の王国、帝国に別れて覇を競っている。


ユリアが属するのは、ヘルウィという小国である。所属星系数は十二、人口は十二億六千万、政治体制は立憲君主制。主要産業は農業。保有戦艦数は三、巡航戦艦は二十二、巡航艦は五百十四、銀河に掃いて捨てるほどある平凡な国だ。


そのヘルウィに、隣国のエブロネスが侵攻をかけたのがひと月前である。エブロネスは超大国がひとつ〝帝国〟の後押しを受け、圧倒的な戦力で進撃してきた。


ヘルウィは決戦に賭け、いままさに死闘を繰り広げているが、彼の見るところ極めて分が悪い。


敵方であるエブロネス軍は主攻、右翼、左翼ともに見事な陣形を組み上げているのに、ヘルウィ軍は艦同士の連携が甘く、陣組みが歪だった。当然のごとく、歪な部位を突かれ、いまや総崩れ寸前だ。


カエサルは司令席に腰を落とすと、額に手を当てた。ずっと昔から、彼は物事を考える時はこうして前髪を触る。あまりにも触りすぎるゆえに、ハゲてしまうのが幾多の人生の常であったが、今回は初めて女性に生まれた。女性の肉体は脱毛に強い。これは極めて重要な長所である。


ユリアの絹のような黒髪をねじりながら、戦況スクリーンを見つめる。映像のなか、敵が放ったターボレーザーの直撃を喰らった味方艦が爆散する。脱出ポッドに乗り込む暇すらなかったろう。数千の乗組員たちは極寒の真空中に放り出される。


「姫」ゴドフリンが不安げにいう。


並みの指揮官では、ここから打つ手などない。

だが、ユリウス・ガイウス・カエサル。ローマの最高神祇官にして第一市民、終身独裁官には並みではない。


「心配するな。余にはすでに勝ちが見えている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。