002 ―愛しの彼は向こう側―
ちょうど今と同じ、桜が舞う4月だった。
土曜日。暇を持て余していた俺は、近場の大型ショッピングセンターをぶらぶらと当てもなく歩いていた、その時だった。
まだ中学2年生だった俺の目に映ったのは、4人の男に囲まれていた同い年ぐらいの女の子。
「君、可愛いね。ちょっと俺らと付き合ってよ」
そこにいる女の子、確か九條玲奈。
白く透き通るような白い肌に、ふんわりとウェーブのかかった薄茶色の髪。黒い長袖にジーパンを履いただけの地味な格好が、やけに不釣り合いに見える。本人は目立たないようにと選んだのであろうが、傍から見れば逆に目立ってしまってこの上ない。
「・・・いやです」
「えぇ!?いいじゃんちょっとだけだって」
九條電機、今世界でNo1のシェアを誇る電機メーカー。
九條剛臣は、九條電気の現社長であり、当然のごとく多忙な男。そのせいか、娘とは疎遠状態。
しかし娘を愛してやまないその男は、金と言う金を使えるだけ駆使し、娘に近付くものはネズミであろうと排除するほど過保護なのだった。
もちろん娘が外出するときは必ずガードマンを付ける。
なぜ俺がこんなにも彼女のことを把握しているか、と言うより、この辺りに住む人間はあのお嬢様のことを知らないはずがない。
九條玲奈といえば、その創設者である九條春雅のひ孫である。
いや、今重要なのはそんなことではない。いつもそばに付いているというガードマンがこの日に限っていないなのだ。
さもすれば、その容姿から当然ごとくナンパというものに出くわす。
誰が見てもその華奢な体つきでは、右腕を掴んでいるその手を振り払おうということ、それは不可能というものだ。
その顔からはじわじわと怯えたような表情。周りの人は見て見ぬふりなのか、それとも本当にこの事態を知らないだけなのか。
助けられるのは自分だけ、そう思い、口を開く。
「あ、玲奈ちゃん、待った?」
・・・こんな時に「玲奈ちゃん、待った?」などという呑気な言葉を発してしまった時自分にちょっとした失望を覚えた。
確実に玲奈ちゃんは待っていなかった。むしろ手を振りほどき逃げようといていた。
「・・・れ、いな、ちゃん・・!?」
九條玲奈を囲んでいた男のうち一人が耳に届いたその名前に対し、心の底から驚いているかのような声をあげた。
「ど、どど、どうもうすいませんしたぁぁぁぁ!!!」
大声をあげて男たちは去っていく。
九條剛臣といえば(以下略)。
なので、このことが剛臣の耳にでも届いてしまった日には、去って行った男たちに明日はないと言ってしまっても過言ではない。
「あ、あの、大丈夫?」
嵐がすぎ去った後の静けさが二人を包む。
この後玲奈から事情を聞くと、どうやら家を飛び出してきたらしい。何でも、ガードマンがそばにいるのは正直窮屈だとか。
「・・私、一人でこの辺りに来るの初めてなんです。だから、その、この辺りを案内してくれません?」
――――――――辺りを一通り案内した後、夕方。
お嬢様は世間知らずだということはよくある話だが、彼女も例外ではなかった。
身の回りの世話は全てガードマンがやってくれるそうなので、仕方ないと言えばそうなのだが。
「どう?楽しかった?」
不意に聞いてみる。思えば、女の子と二人きりで街を歩くという行為なんて、初めてだった。いわゆるデートというものが。
「はい、とても楽しかったです」
「そっか、なら良かった」
テラスに差し込む夕日は、隣にいる女の子は、この上ないほどに綺麗で。あたかも打ち合わせしていたかのように彼女を射す日差しは、ほど良い強さの光輝を放っていた。
「ちゃんとお礼はしますから!今日はどうもありがとうございました!」
「いや、べつにそれは・・・」
言い切る前に去って行ってしまった。明日、家がちょっとしたパニックになることは安易に想像できた。
その翌日、剛臣直々に家にやってきて、大げさな謝礼を残して帰って行った。
「君になら娘を安心して預けることができる!!これからも娘をよろしく頼むよ!!」、という言葉も残して。
昨晩玲奈は、過保護な父親に、絡まれていたところを男の子に助けてもらった、ということをしっかり伝えてしまったのだろう。実際のところ助けたのではなく、ただ声をかけただけなのだが。
自分の父親がどういう人間かを知っているのだろうか。あの男の中では俺は勇者にでもなっている事だろう。
その日俺は、両親から神として崇められた。
――――――――「あ、もしもし、玲奈?俺だけど」
あまり使いたくない手だったが、やむを得ない状況だった。
一人の女の子が困っている。が、俺にはその子を救う術がない。
「あのさ、ちょっと頼みごとがあるんだけど・・・いいかな?」
「誓志が頼みごと?めずらしいわね」
あの日から、そう、俺が勇者に、神になったあの日から、玲奈との交流が多くなった。
というのも、剛臣はあの言葉通り俺に玲奈のことを任せるようになったからだ。曰く「ボディガードを雇う金も結構ばかにならない」だそうだ。
英才教育を受けてきた彼女だが、社会的な知識は皆無だった。
バイオリンもピアノも弾けるのに手入れが出来ない、お金は有り余るほどにあるのに買い方を知らない。
その他諸々も、彼女が家の中にいるだけでもすべて叶ってしまう。世間の事を無知なのも仕方がない。
「あの、すげぇ言いにくいんだけど・・」
「?・・・なに?」
「お、女の子を一人そちらに住まわせて頂けないでしょうか!?」
「え゛・・?」
今聞いたことのない声が電話越しに聞こえた気がした。
「玲奈の家ってすげぇでかいだろ?だから女の子の一人ぐらい住ま」
「女の子ですってぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
携帯電話が爆発しかねないほどの大声が耳に届いた。そして数秒間の耳鳴りと難聴。
隣にいる黒髪少女もこの声にはさすがに驚いたらしく、目を丸くしていた。
「あの、迷惑ならいいんですよ?もとはと言えばこの機械だけ置いてもらうつもりでしたし」
「そんなこと言ったって、他に行く宛てなんてあんのかよ」
「いや、それは・・・」
「だったら遠慮なんてすんなよ。俺が何とかするから」
そうだ。この状況を、この子を逃してはいけないのだ。今までの怠惰な日々を抜け出せる唯一の手段といっても過言ではない。
「女の子はダメよ。誓志が目移りしたら困るもの。それ以前に、他の女の子としゃべることは禁止って何度も言ってるでしょ」
ふと玲奈の声。
いつの間にこんな高飛車な女の子になってしまったんだい。父さんは悲しいよ。
初めて会った日はあんなに清楚な可愛い女の子だったのに、俺と会う度に、俺に慣れる度にあんなことを言うようになってしまった。
「でも、行く宛てもないしお金も無い!それに」
「あ、お金はあります!それなりにありま」
「君は黙っていたまへっ!!」
「だから女の子としゃべったらダメって」
女の子を二人同時に相手にするとこんなに忙しいものなのか。
思い返せば、今まで玲奈を除く女の子と話した内容は、全て業務的な内容しかなかったような気がする。
「・・・・」
「どうしたの?急に黙ったりして」
どうすれば玲奈は了承してくれるのか。頭に電流が走った。玲奈に頼む必要はない。
電機メーカー、車輪の無い車、電気機器、剛臣。
「・・剛臣さんに代わってくれないか?」
「は?」
「いいから」
「・・解ったわ、私じゃ話が通じないからお父さんに頼みこもうってわけ?でも残念、今は家にいないわ」
「そうか、なら玲奈でもいい。聞いてくれ。お前の父親は電機会社の社長さんだ。ほかの会社と差別化を図るためにいろんな開発やらをたくさんやっているだろう」
「?」
「そこでだ、俺が未来の電気機器を無償で提供する。その代わり、この女の子を玲奈の家に住まわせる。これでどうだ?」
「はぁ!?なにそれ?未来の電気機器?どこで手に入れるのよそんなの」
もっともな意見だが、ここは賭けに出るしかない。
「・・・実は、この女の子未来からやってきたのですよそんな気がするのですそれは俺だけですかぁぁぁ!!??」
「「・・え゛ぁ!?」」
電話越しに、そして隣から女の子の声とは思えないような声が俺の耳を挟撃した。
超久しぶりの投稿です
前話から半年以上経ってしまいました
その理由は主にこの作品の大きな矛盾点を発見してしまったからです
現時点でも、どう解決するかはまだ未定ですが、なんとか足掻いてみようと思いますw
誤字脱字、不明な点などがあれば報告お願いしますm(_ _)m
個人的脳内保管用登場人物ノ声優様
九條玲奈・井上麻里奈 様
九條剛臣・石塚運昇 様