玉鋼とたたら製鉄、折り返し鍛錬について
皆さんは日本刀言えばどのようなものが思い浮かぶだろうか・・・正宗、村正、虎徹。どれも、有名な刀工の名である。よく刀の名前と勘違いされていることが多いが本当は作った人の名前である。
さっそくだがこの中では何を話していくのかというと刀の鑑賞法だとか、この刀が美しいだとか、この刀がどこにあって見に行くといいだとか、そういう話をするわけではないのである。
では、何を話すのか・・・それは刀、つまり日本刀の作り方を解説していくわけである。
さて、ここである程度刀に詳しい人ならば、何をいまさらと思うだろう。それもそのはず、今はネットの発達した社会。気になればすぐ調べることができ、そして検索結果もすぐに出てきてお目当ての答えが出てくる、そんな世の中である。わざわざこんなものを読まなくたって知ることは出来るだろう。
しかし、ネットを使う上で気をつけなければならないことがある。・・・それはネットには間違った情報も流布されていることがあるということである。かの2chを創設した人物もこういった「嘘を嘘と見抜けない人でないと難しい」と。本来はこのテロップに(掲示板を)というセリフが入っているがこれは報道がつけたものであって、本人が言ったわけではないことに注意されたし。
それはさておき何が言いたいのかというと、「今ネットで見ている情報は本当に正しいのか?」ということが言いたいのである。
前置きはこのぐらいにしておいて本題に入ることにする。結論から言えば日本刀の作り方、知識というのはあまりにも誤ったものが多すぎるということである。
しかし、本来誤った情報というのは淘汰されていく存在である。しかし、何故それが起きないのかというと、私が間違えているか、現在ある日本刀に対する考え方の根本から間違えているかということになる。
前者はそのままで話の広げようがないので触れないが、後者は根本から間違えているということである。ある根底にある知識が基となって、幹が太くなり、枝が伸び、花が咲いていくように、増えていくわけである。しかし、その根底にある知識がが大前提なのだからそれにそぐわないものは間違いであると認識されるわけである。つまりその根底にある知識、日本刀では玉鋼、たたら製鉄が相当するだろうか。その知識が間違えていれば日本刀に関する情報というのは間違ったままになるわけである。
なので、今回は玉鋼、たたら製鉄について触れることにする。
まず、鉄(純鉄 Fe)は自然界には存在しない。酸化鉄として鉄鉱石や砂鉄などの形で存在するわけである。例として挙げられるなら、赤鉄鉱や磁鉄鉱である。(黄鉄鉱は硫黄と化合したもので酸化鉱物ではなく硫化鉱物になる)
そしてそれら酸化鉄を薪、木炭、石炭などで燃焼させ、酸化鉄に含まれる酸素を奪う(還元)することによって鉄を作る。これを製錬または製鉄と呼ぶ。
では、精錬(よく見ると漢字が違う)や製鋼と呼ばれるものは何が違うのか、それは製錬(製鉄)された鉄塊や銑鉄(主に製錬の段階で摂れる鉄はこれ)に含まれる鉄滓、鉱滓(一般にスラグと呼ばれる)やそれらに由来する不純物や不要な元素を取り除き炭素量の調整、脱炭や吸炭を行うことで鋼や鉄を得る行為である。たたら製鉄は製錬(製鉄)に当てはまる。
ちなみに炭素量というものについても説明すべきだろう。炭素が鉄と化合し、出来た炭化鉄と呼ばれるものが一般的に我々の知る鉄である。この炭素はすべての鉄と化合しているのかというとそういうわけではなく炭素一個に鉄分子一個?(具体的な数については不明)といった具合で、独立した炭素や均一に炭素が分散しているわけでもないのである。炭素量というのも俗称であり、正確には炭化鉄含有量幾らというのが正しいわけである。以降、炭素量と記載するときはこのような意味があるわけである。
さて、そろそろ玉鋼についても触れなければならない。先程たたら製鉄は製錬(製鉄)であると述べた。ただ、現代の高炉による製鉄とは全く違うことに注意しなければならない。
現在の製鉄は、鉄鉱石をコークスと混ぜて高炉にいれドロドロに溶かす。この時、不純物は石灰石を投入することでスラグを粘度の低いものにし、溶けた銑鉄(溶銑)の上層に来るのでこれを除去している。
それに対し、たたら製鉄は鉄鉱石ではなく砂鉄を使いコークスではなく木炭を使うわけである。また、大きな特徴として鉄をドロドロに溶かさずに製錬(製鉄)することである。
その結果、玉鋼はスラグを分離することが出来ずスラグを内包しているのである。スラグというのは僅かに鉄成分を含むため磁石にはくっ付くが、鉄材として使えるかと言えば否であり、玉鋼を鉄として使うためにはこのスラグを取り除かなくてはならず、実際に取り除くための手法として折り返し鍛錬があるのである。
さて、折り返し鍛錬にも触れなくてはならない。多くの人が考える折り返し鍛錬とは玉鋼を薄く打ちのばし、子割りにして積み上げた物を折り返して鍛錬していくものである。この時に不純物を排出する。また折り返し鍛錬を行うことで鋼の強度が向上すると世間一般では思われているが、それは全くもって間違いであり、折り返し鍛錬による強度の向上はないのである。むしろ、折り返し鍛錬をやりすぎると強度が低下する程である。
では、なぜ折り返し鍛錬をすると強度が向上すると言われているのか?私はこう考える。
玉鋼は不純物を多く含んだ鋼であり、また炭素量も多い。不純物を多く含む。ここで含まれる不純物とはリンや硫黄といった玉鋼に関わらず製鉄において強度を低下させるため除去されるべきものや、たたら製鉄独特のノロと言われる不要物(一般的な製鉄ではスラグと呼ばれる)のことを言う。これらは、強度を低下させる要因となるため折り返し鍛錬で取り除かれる。すると、強度が上がったようにも見える。
炭素量は多ければ多いほど鋼は硬くなる。しかし、脆くなる。脆くなるというのは言い換えれば割れやすいということである。つまり、鋼が割れやすいということはその鋼を刀に使えば折れやすくなるということである。
折り返し鍛錬には脱炭。つまり炭素量を減らす効果があり、炭素量が減ると柔らかくなるがその分、脆さも少なくなり、割れにくくなる。つまり、この鋼を刀に使えば折れにくくなるということである。
つまり、玉鋼をそのままの状態で使えば、折れやすい刀になる物を、折り返し鍛錬をすることで折れにくい刀になるためそれを見て強度が上がると勘違いしているのではないかと考えた。
ちなみに、先程折り返し鍛錬をやりすぎると強度が低下すると述べたが正確には柔らかくなるという表現が正しい。強度という言葉は曖昧な表現であり、ここでの強度は曲げ強度または靭性と表現するほうが正しいわけである。
話を戻して、折り返し鍛錬を行うと不純物が減少することは先ほど述べたが、これは折り返しが2回目まででほぼ達成されていることが実験によって確認されている。これは国立歴史民俗博物館研究報告 第177集 2012年11月の『刀匠が継承する自然科学的調査』の項目を読んでいくと分かると思う。
ここからは引用する。
夾雑するスラグ粒や空孔の特に顕著な鉧を原料とした場合の,原料と各折り返し回数での介在物の状況を比較してみた(図 13)。図 13a は原料の鉧の中にある介在物である。図 13b,13c,13d はそれぞれ 2 回,4 回,6 回の折り返し鍛錬後の資料にみられる,中に鉄チタン酸化物の鉱物が含まれていることから原料にもともと存在していたと考えられる介在物(鉄製錬時のスラグに由来する)である。これらによると,確かに折り返し鍛錬の当初には,原料に夾雑していた大きめのスラグ塊の除去や空孔の減少が起きているとみてよいが,その効果は 2 回までの折り返しまでにほぼ達成されており,あとは特に全体としてスラグ等に由来する非金属介在物の量は減少しておらず,そのような効果が顕著に認められるとはいえない。ただし,原料で様々な大きさのスラグが含まれていたものが,折り返し回数が増えるにつれて小さく均一に分散していく様子は観察された。折り返し鍛錬が行われている鋼の中では,加熱時に炭素原子の移動は起こるため,全体としての炭素濃度の変化はそれほど困難ではなく生じる。しかし,鋼組織の内部に存在している微細な非金属介在物(スラグ粒子など)は,たとえ折り返しのために鋼を叩き延ばしたとしても,鋼中で自由に移動できるわけではないので,容易に表面まで出てくることはできず,この方法で除去することはきわめて困難であると推測される。
これは一度原本を読んでもらったほうがより理解しやすいことや、折り返し鍛錬以外にも日本刀に関する研究が記載されているため、興味があれば一度読んでみることをお勧めする。
さて、今回はここまでである。次回は軍刀について説明する。が、ここでも折り返し鍛錬とたたら製鉄に触れる上に、なんならもっと詳しく触れないといけないので最低限これぐらいは知っておいて欲しいとこだけを書くことにした。