ダルトン家
「...それで私は12代目にあたるのだ。」
「12代!?それって何年くらい続いてるんだ??」
「まあ300年くらいだな。初代ダルトンがアドリス国王に不敬を働き、葬儀屋を家業とすることを命じられたのが約300年前の事だ。」
「300年前...」
元の世界では今の人間が300年前の先祖の罪を償い続けるということは有り得ないことだろう。
改めてスケールの違いを思い知らされた。
「フッ何を驚いている。貴殿のその二傘流だって200年は前の伝統であろう。」
「え!そうなのか...」
という事は俺は現代日本で云う、街中を江戸時代の格好で歩いていたようなものなのか?
と一瞬戦慄したが、俺は和服どころかメイド服を着ている始末なので、あまり衝撃を受ける必要は無いなと思い直した。
そんな俺は現在、ダルトンの後ろで馬に揺らされている。
初めて乗るが、ダルトンと馬の相性が良いらしく、乗り心地は悪くない。
ダルトンは例の高級そうなコートを着用しているので、俺はそれを汚さないよう姿勢を正すのに必死だ。
「それで初代ダルトンは国王に何をしたんだ?」
「フッ。意外と踏み込んで聞いてくるのだな。」
悪いことを聞いたかと思ったが、例の笑みが聞こえたので、自分のルーツを話せるのが楽しいのだろう。
「初代ダルトンは元々国王の家臣だったのだ。
重税などの圧政を国民に強いるアドリス国王に対して、初代ダルトンは国民を代表して抗議をした。
しかし、アドリス国王はそれを不敬とし、その罰として当時から忌避される職業であった葬儀屋をダルトン家に押し付けたのだ。
表向きには初代ダルトンは不敬を起こし、アドリス国王は忌避されていた葬儀屋の人間たちを解放した英雄として讃えられた。
ダルトン家はアドリス国王の政治戦略に利用されたのだ。」
「そんなとばっちりが、300年も続いているのか...」
「フッ。そうだな。」
ダルトンは手網を引いて馬を止めた。
「着いたぞ。ここだ。」
辺りには霧が漂い、鬱蒼とした森の匂いが香っていた。
体を動かす度に服が水滴で染みる。
ここらで横雨の低い雲が張っているのかと思ったが本当にただの霧のようだ。
「貴殿の郷ではどの様に死者を葬るのだ?」
「葬るって、普通に火葬とかだけど。」
「ほう。珍しいな。この辺りの国では土葬が一般的だ。」
内心はヨーロッパ風の街並みなので土葬も有り得るだろうな。と感じたが、話がこじれるので何も言わなかった。
「しかし、アドリスでは違う。」
アドリス?それは国王の名のはずだが。
いや、どうやら王の名がそのまま国の名になっているらしいな。
「周辺の国では土葬だが、アドリスでは火葬なのだ。」
「そりゃまたどうして?」
「横雨だ。横雨の低い雲が、我が国を湿潤に保っている。季節にもよるが、高温多湿の大気では遺体の腐りが早いのだ。」
「なるほど。」
そう言えば日本も多湿な国だ。
その為、菌が遺体を早く劣化させてしまい、衛生的に土葬が受け入れられなかったのかもしれないな。
アドリスではその様な背景で土葬ではなく、火葬を選んだらしい。
「あそこだ。」
ダルトンの指す先を見ると、細長いタンスの様な大きさの木箱が複数あり、大きな釜戸型の施設の傍らに整列させられていた。
「先日、アレス女学院の女生徒達が、謎の殺人鬼に複数名殺害された事件が記憶に新しいだろう。これがその彼女たちなのだ。」
ダルトンは木箱に視線を促した。
「殺人...」
その様な世界においても、女学生を狙う様な生々しい事件が起こるのだな。
ダルトンは躊躇なく棺の顔の位置の窓を開けた。その中に眠る少女は綺麗な澄ました顔で目を閉じており、頬に大きなガーゼが宛てがわれていること以外はまるで人形の様に美しかった。
恐らく学友のものであろう手紙や花や思い出の品の様なものが周りを囲んでいた。
「その殺人鬼は顔に大きな執着があるようで、皆一応に顔に傷が付けられていたのだ。
この無念を払う為にも、私が今最後の別れを告げる。」
「ちょっと待ってくれ!
この子たちに死化粧をさせてやりたいんだが、いいか?」
「死化粧...?
いいが、貴殿は化粧道具まで持っていたのか?」
「いや、これだよ。」
俺は学生鞄から液体の入った瓶を取り出した。
「それはスライム薬!何処でそんなものを!」
俺はその少女のガーゼを外した。
その右頬は真っ赤に裂かれており、奥に白い歯が見えている。
俺は思わず瞼を縮めたが、グレスの羽根を瓶に浸し、彼女の頬に優しく撫でつけた。
するとその裂け目は見る見るうちに肌色になり、粘土のように継ぎ目も見せず癒合した。
少し賭けだったが、どうやら細胞が壊れていなかったのか、このスライムが優秀だったのか。
死化粧としては十分すぎるほどの効能を見せた。
俺は計5つの棺を回って同じ処置を施した。
「ありがとう。貴殿のお陰で彼女たちは綺麗な顔のままこの世から離れられる。」
「いいんだよ。金稼ぎの道具に持て余していたものだったからな。」
俺は顔を整形するためにどけた彼女たちの思い出の品を再び彼女たちの顔の周りに添えた。
一際目立ったのは、大きな瓶に入った一輪の花だった。この国の女学生間で流行っているものだろうか。一輪の桃色の花を透明な液体で満たし、瓶の中に浮かせている。
俺はスライムの羽根と瓶をしまった。
もう一度彼女の顔を確かめると、俺は持っていたもうひとつの瓶を彼女の傍らに置いた。
その後、ダルトンは少数の仲間に指示をし、遺体をその大釜に入れた。
「では、皆の者!
ご苦労であった。ここからは私が請け負う!」
ダルトンの仲間は急いで馬に乗り、この場を離れた。
「ところで、気づいているか?
この私の傷に。」
「ああ。さっき首元に見えたよ。」
先程馬に揺られていた時に首筋に枝状の奇妙な傷が見えていたのだ。
「これは人間に雷が落ちた証でな。
私はこれのおかげで生き返ったのだ。」
「生き返った?」
ということは、あの傷は恐らくリヒテンベルク図形というものだろう。
詳しいことは分からないが、人体の場合、放電の衝撃波が皮膚の下の毛細血管を破裂させて起こる模様らしい。
昔かんぴょうの表面に電気を流す体験をした事があるが、それと似た現象だ。
「私は心臓が悪くてね。子供の頃にパタリと呆気なく倒れた。弔うのは勿論父だった。
雷葬の準備が整い、いよいよ雷が落ちたというその時、その雷は私の心臓の鼓動を再び打ちつけ、私は命からがら棺桶から飛び出したのだ。」
「驚いたな。電気のショックで生き返ったってことか。というか、雷葬ってなんだ。」
「あぁ、今からやる葬儀の事さ。まあ火葬の1種だな。
この施設の頂点に大きな避雷針が建っていただろう?あれから受けた雷を遺体に落とし、聖痕を与える。そしてそこから散った火で遺体を焼くのだ。」
「そうか、アンタのその傷みたいに雷は聖痕を付けることから神聖視されているのか。」
「まぁ、神聖視とは少し違うが。大体はそうだな。」
ダルトンは首の後ろの襟をめくった。
「私はこの痕を誇りに思っている。
この印が死者と私を繋いでいるのだ。」
「そうだな。確かに、そんな気がする。」
「では、私達ももう行こう。そろそろ雷が来る。」
俺たちは先程の馬に乗って来た道を引き返した。
大分遠くまで来たが、周りが平坦な道のためここからでもあの火葬場が見える。
すると、その近くに黒い靄が浮いた。
ホコリが集まるように形作られたのか、いつの間にかそこに出現していた。
「横雨か。あれじゃ火葬場は濡れちまうな。可哀想に。」
「いや、それだけでは無い。」
俺は衝撃を受けた。
文字通り、身体が衝撃を受けたのだ。
まず初めに一瞬の視界の明滅に目を眩ませ、その後鼓膜を突き抜け身体を強く殴られたような衝撃を受けた。
「この国では高い死の原因となる。
旅をしているのなら気をつけた方がいい。
…横雷だ。」
…横雷。
そうか、最初に雷葬と聞いた時の違和感。
まず、普通の世界ならば遺体に雷が当たるというのは相当な奇跡なのである。
それを儀式の一環に取り込むということは、それだけ雷の発生する下地が揃っているということだ。
つまりあの雲は横に振る雨だけでなく、横に降る雷までも落とすというのだ。
しかし雷という性質上、必ず横に振るという訳でもないだろう。
この雷も普通のものと同様、距離の近い物質に誘引され、その方向に進むのであろうが、問題はその低い雲にある。
この距離でこの衝撃ならば普通の雷よりは威力は低いであろうが、この様な危険なものが同じ身長に漂っていると思うと恐ろしいな。
衝撃にたじろぐ俺の耳鳴りが止む頃には、もうすっかり炎のメラメラとした音がここまで聞こえていた。どうやら着火には成功したらしい。
「さて、これが私の仕事という訳だ。
私の職を忌避しない人間が1人増えたと思っても良いかね?」
「勿論だ。良い弔いだ。」
「フッ、それはいい言葉を聞いた。
では貴殿は私の部下に遅らせるとしよう。
もう辺りは暗い。夕飯に遅れてしまうぞ。」
「ダルトンはどうするんだ?」
「私はもう今日で宿はチェックアウトしたのだ。」
「それに...」と彼は釜戸の方に視線を向けた。
「私と同じような人間が万が一にでもいた場合、困るからな。」
「そうだな。もしかしたらあの雷が新たに生を与えてくれるかもしれないな。」
「では、参ります。」と乗り換えた馬の騎手が言った。
俺は礼を言って、その場を後にした。
しかし、馬が駆った直後に気がついた。
「おい!アンタから貰ったこの服はいつ返せばいい!?」
今朝言ったように、ダルトンは寝巻き以外に外出用の衣服を与えてくれたが、どうも高級そうで傷つけない内に返してしまいたい。
「貰っておけ!貴殿が色をつけた宿代だ。」
「宿代...?」
少し考えて俺は「フッ」と笑った。
俺が宿代を多く払ったことは本人に知れていたらしい。
「じゃあ、有難く貰っていく!」
この声が聞こえたかは分からないが、この開けた土地では手を振るダルトンはずっと見えていた。
一方その頃、雷の落ちた火葬場では木箱がガタガタと揺れ、透明な液体が木箱の隙間から溢れ出していた。