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非日常メイドスカート  作者: ローリング・J・K
横雨の下の文化と人間について。
7/12

朝食

翌朝起きると、スープの香りが部屋に漂っていた。

匂いに釣られるがままにドアを開け階段を降りて行くと、昨日は気が付かなかったがエントランスの横側に食卓があり、奥には厨房も見えた。


見ると、数人が卓につき既に賑わっていた。

皆、女将さんによそわれた食事をフォークでつついている。

俺もそれに倣って女将さんから食膳を受けた。


「あら、あなたその格好で食べるの?」


「え?」と自分の身体を見下ろすと、寝巻きのローブを着たままだった。


「ああ、すみません。昨日洗濯をお願いした服しか着替えが無くて...」

「あら、そうなの。あ、そうだ!

ウチに前のお客さんが忘れていった寝巻きが有るんだけど、それで良かったら譲りましょうか?大丈夫、ちゃんと洗ってあるわよ。」

「え、いいんですか」


正直他人の寝巻きを着るのは不快感があるが、まあこの状況で服がタダで手に入るのなら貰っておいて損はない無いだろう。


「ありがとうございます。頂きます。」

「じゃあ後で部屋に届けるわね。」


俺は再度礼を言うとようやく卓について食事を始めた。


昨日のカントジカのステーキと打って変わって実にヘルシーなメニューだ。

その皿は焼き魚の切り身に蒸したジャガイモとニンジンが添えられており、二本のウインナーとスクランブルエッグの盛られた皿と共に善の上に並べられていた。細々とした青野菜が小鉢に彩られ、マグカップに注がれたスープからコーンの優しい香りがする。二つ与えられた小さなロールパンもキツネ色に焦げていて美味しそうだ。


ちなみにジャガイモやニンジンなど、元の世界の単語を以前から頻繁に使っているが、これは便宜的な物であり、俺が知っている知識で異世界の物事を表現している為、そこには少なからず差異がある。

例えばこの焼き魚は色味からして鮭の様でもあるし、試しに口に含んでみるとそれよりかは塩気が少なく、酸味と甘みが強い。


赤身、いや鮭は確か白身だったか。

白身よりかはどちらかと言えば、アジの様な青魚の刺身に近い味がする。どちらかと言えば、だが。


しかしその酸味と甘みが思ったよりも濃く、それを緩和する為かバターの塗られたパンに味がよく合う。

俺は朝は白米が良いのだが、厨房に用意が無かったので仕方が無い。


コーンのスープは舌に甘いミルクと穀物の味わいをもたらした。

これもパンと相性が良さそうだと思い、ロールパンをちぎって口に入れようとしたが、他の客をよく見ると、粗暴な風体の老人は同様にパンをちぎっているが、姿勢のいい若い夫婦はナイフで小分けにしてそれをフォークで口元に寄せている。


恐らくこの世界ではパンを手に持って食すというのは、悪いマナーのようだ。

俺は若い夫婦に習ってナイフで切り分けてパンを食べた。


ケチャップの付いたウインナーや玉子も、それぞれ皆パンを中心として、大変に相性の良い組み合わせだった。

俺は水を少し含んで一息ついた。


すると何やら他の客は時計を気にしたり、食事を焦っている様子だった。


「お客さん、おかわりは要らないね?

厨房はもう少ししたら昼まで閉めちゃうから。

あと食べ終わったお膳はそこに置いといておくれ。」


「...ああ、はい。」


皆はそそくさと食卓を立って、自らの部屋に戻って行ったようだ。

壁にかかったクラシカルな時計を見ると、もう少しで9時を指すところだった。


すると、エントランス横の階段の方からコツ、コツとゆっくりとしたブーツの足音が聞こえた。

あまり人をまじまじと見るのも失礼だと感じたので、その足音の主が気になってはいたが、俺はただ黙々と食事を続けていた。

しかし、その配慮は要らないようだった。


その男は向こうからこちらにやって来たのだ。

昨日の黒い帽子とコートは着ておらず、白い髪と白いブラウスが黒いズボンとの対比で目立っていた。


「貴殿は、よいのか。」


「...え?ああ、どうぞ。」

俺は空席に手のひらを向けてジェスチャーした。


女将さんは葬儀屋さんに食事を()ぐと、そそくさと厨房にこもってしまった。


葬儀屋は、俺に近くも遠くもない席に着席した。

葬儀屋のプレートは俺の物よりも更に質素だった。


「あの、肉はよそって貰えなかったんですか?」


彼は目を丸くしてこちらを見ると、一拍置いてハハハと笑いだした。


「貴殿はここの人間ではないな。昨日も妙な格好だった。」

「今もそうだが。」と彼は俺のローブを指した。


「まあ、そうですけど」

「そう硬っ苦しい言葉でなくても良い」


「...じゃあ、なんで野菜ばっかなんだ?」


俺は彼の手元を指さした。

すると彼は「フッ」と少し笑みを含んだ一息を出して語った。


「葬儀とは、生命の肉体を現世と切り離し、死を与えるもの。

葬儀屋が肉を食うということは、その切り離した肉体を現世に留め、この世に死を貯えるということになる。

だから葬儀屋は皆、菜食家でなければならないのだ。」


「菜食!」


見るとなるほど、確かに肉を食っていれば説明のつかない細身をしている。


「俺だったら考えられないな。

でもしっかり菜食を守ってるのになんで皆アンタを避けてるんだ。肉を食っていないならアンタは死をもたらす存在では無いって事じゃないのか?」


「そうだな。だが生命とは動物だけでは無く、植物にも宿るものだ。流石にそれを摂らなければ私も生きてはおられん。

植物にも小さいが生命がある。だから私は小さな死を蓄え、この世に死をもたらし続けている。


この世から死が完全に無くならないのは、死んだ生命を葬儀屋が食してこの世に留め続けているからなのだ。」


なるほど、これがこの地域の宗教(おしえ)と言った感じか。


葬儀屋は死んだ生命の肉体を現世と切り離さなければならないが、それを行うには食事が必要だ。

食事を取るということは、死んだ生命の肉体を現世から切り離さず、葬儀屋の身体に留め続ける。

それを死そのものをこの世に留める行為と解釈しているのだな。


それを最小に留めた結果が、菜食という選択か。


「しかし、酷い話だな。

葬儀屋がわざわざ死をこの世から切り離しているという話だろう?

葬儀屋が居なければ、より多くの死がこの世に訪れると言うのに、たった少しの死を止められないことが皆は許せないのか。」


「仕方がないのさ。この辺りは天気も特殊であろう?

昔は災害で死ぬことも多かったから、その名残が多いのだ。」


「なるほど。」


そうか、やけに雨が降る印象が強いが、そもそも天候的に不安定な土地らしい。

しかし、横雨(おうう)だけでその様な被害が出るだろうか。


「でも、これは食えるんじゃないか?」

と俺は残っていたスクランブルエッグの皿を彼の席に寄せた。


「いや、これも生命には変わらない。」

「大丈夫だって。それは無精卵だし、鳥を殺して取ったわけでもない。鳥の汗を舐めるのと同じだ。」


「ふふ。」と彼は笑った。


「良いとんちを聞いた。では頂こう。」


彼は綺麗に卵をナイフとフォークで切り分け、口に運ぶともう少し笑った。


「卵は生まれて初めて食べた。

こんなに美味いものが、生物を殺さずに手に入るとはな。」


「初めて...」


俺は勧めておいでなんだが、その禁食の長さにたじろいだ。

安易に卵を食べさせて何か禁忌に触れる様なことはしていないだろうか...


「私はデヴィッシュ・ダルトンだ。

貴殿は?」


突然名を聞かれたので驚いた。

それにしても、この人は自分から名乗るのだな。

よく創作物において相手の名を聞いてから、その相手に「名乗る時はまず自分からだろう。」と返されるシーンがあるが、彼は名乗る時においても礼儀正しいという事だろうか。


「俺は柴咲蒼太だ。」


「柴咲?変わった名前だな。

貴殿は蒼太家の者か。」


「いや、違うよ。蒼太はファーストネーム。

柴咲がファミリーネームだよ。」


「何?姓と名が逆の地方があるのか!?」


「まぁそうだな。」


この世界にあるかは分からないが。

やはりこの近辺では珍しいようだな。


「ということは、貴殿はダルトン家の家業も知らないのだな。」


「家業?葬儀屋はアンタの家で代々やって来た仕事だったのか。」


「ああ、そうだ。」


「どうだ。興味があるなら見ていかないか?」

彼はまた「フッ」と笑った。


「久しぶりに人と会話が出来てどうやら私は機嫌が良いようだ。」


突然の提案で俺は少し面を食らったが、特に予定がある訳でもないので同行することにした。


「ああ、行かせてもらうよ。」


この土地の人間は新しい物好きというか、旅人好きというか、良くもまぁ俺みたいな人間に興味を持つものだ。


「もちろん、替えの服も用意するさ。」


俺は自分のローブに気づいて「あぁ。」と漏らした。

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