あなたの作ったお味噌汁は、やさしい香りがする。
最後までお楽しみください。
お味噌汁の香りが好きなんだ、と前にあなたが言ったとき、わたしは首をひねったはずだ。
もしかしたら、あくびで返したかもしれない。
自分で言うのも何だけど、わたしは大概、愛想が悪いのだ。
でも、あなたの香りでいっぱいの、あったかいおふとんで迎えた初めての朝に、あなたの言葉の意味がようやくわかった。
とん、とん、とん、と切る包丁。
くつ、くつ、くつ、と煮るおなべ。
ぷく、ぷく、ぷく、と炊けるごはん。
おだやかな音の波が、ねむけのもやもやに包まったわたしを、明るい光のもとへと誘っていく。
わたぐものように、ふわふわ、ふわふわ、夜と朝のあいだを揺蕩うわたしを、優しく広がるお味噌汁の香りがふんわり包み込む。
しゃきっとしたえのきたけは、果実のように芳しい。
とろとろのだいこんは、生のときより香りが柔らかい。
ふわふわのおとうふに、刻まれた油揚げ。
季節の葉物もいれるんだろうな、となんだか心がポカポカしてくる。
お味噌汁の香りは、わたしの心をあったかくするみたい。
やっとわかった。あなたが言いたかったこと。
あなたの作ったお味噌汁は、あなたと同じ香りがする。
とっても優しい、わたしの大好きな香りがする。
ぺったりとくっついたまぶたが、魔法が解けたかのように開け放たれて、明るい光をわたしに届けた。
わたしの知らない朝だった。
つらくて、苦しくて、それでも逃れられない。
次の日なんて来なければいいって、怯えて眠る毎日を過ごしたわたしの知らない、穏やかな朝。
あなたの部屋は、こんなコトを言っては何だけど、ちょっと狭い。
ふたりで眠ったベッド。小さなテーブル。もっと小さなキッチン。
それだけで一杯。
それでも、この部屋にはこの世の幸せが詰まってるんだって、そう思える。
だって、起きて最初に眼に映るのは、キッチンに立つあなたの背中だ。
こんなに素敵なことはない。
お味噌汁を作るあなたはちょっと猫背で。
キッチンに迷い込んだ大きなねこみたいで、なんだか可愛らしい。
もぞりとおふとんから抜け出して、そっと近づくと、ふいっとあなたが振り向いた。
そのままそっと、わたしを撫でてくれる。
……嬉しくって、ほっぺたすりすりしちゃいそう。
まだおっかなびっくりだけれど、すぐに慣れてくれるよね。
これからは、あなたがわたしを、見ていてくれるんでしょ?
「……ね?いい香りでしょう?」
そうね。
わたしも好きよ。あなたの香り。
「にゃーんっ」
……伝わったかな?
伝わってると、いいな。
ねこちゃんはお味噌汁飲んじゃダメだから、そりゃあ『好き』って言われてもピンとこないよねっていう話でした。
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