王太子より公爵令嬢へ、逆・婚約破棄をお願いいたします
異世界恋愛日間37位ありがとうございます。
「公爵令嬢、スーザン・ルーゼドスキー」
私の名を呼びながら、跪くのは我が婚約者である、第三王子サミュエル・ケンドリック。
毎日飽きもせずに彼の行為には感心する。
額に二本の指をのせ、私はサミュエルを見下ろし、嘆息する。
「我が婚約者」
公衆の面前で、彼は……、本心を言えば、奴は、一本の真っ赤なバラを差し出し、高らかと宣言する。
「どうぞ、今日こそ、この僕に婚約破棄をしてくれたまえ」
私こと、公爵令嬢、スーザン・ルーゼドスキーは、この風変わりな第三王子サミュエル・ケンドリックの婚約者とは名ばかりの、お目付け役である。
毎朝飽きもせずに、貴族が通う魔法学園の門前にて、繰り広げられる珍事に、上級生下級生、はては教師やら通行人と問わず、クスクス笑いながら通り過ぎていく。
これはもう、名物の域に達してやいないだろうか。
まったくどこぞのロマンス小説の影響か、家と家との約束にて、子どもが早々破棄など出来ようもないことを言いだし始めて、もう半年にもなる。
「サミュエル様、お馬鹿なことをどの口がおっしゃっているのですか」
半分怒り、半分呆れ笑いを浮かべ、私はいつものように、殿下のやわらかいほっぺをつねるのだった。
「いたい、いたい、いたい」
涙目を浮かべる第三王子は、私の手が離れるなり、つねられたほっぺをさすって、悲しそうにぐすんと鼻をすする。
そう、第三王子は愛らしいのである。花弁のようにふっくらとした愛らしい唇に、サラサラのストレートのライトグリーンの髪と瞳。これぞ、若葉の妖精と言わんばかりの容姿である。
このような茶番を、笑って見過ごされるのも彼の浮世離れした容姿の影響があることは否めない。
片や私が細身で長身の騎士のような立ち姿なものだから、余計に目だって仕方ないのである。
第三王子がこのように育ってしまったことに罪はない。
第一王子、第二王子が優秀だからという理由より、もっと深い溝がある。
二人の王子と第三王子の間に、姫が約五人。
つまり、第三王子は八人兄弟の末っ子であり、二人の兄はすでに物心つく頃には成人し、末っ子の彼は、五人の姉姫に愛でられ、可愛がられ、しいては幼少期はドレスをも着せられ暮らしていた。
姉たちの影響で、ロマンス小説に傾倒していたとしても、仕方ないのである。
その原因を作った一因が私と言えないこともないこともまた私が彼を見捨てられない理由にある。
それはまだ私たちが八歳の頃。婚約者になるなど考えていなかった頃にさかのぼる。まだ幼く、背も伸びる前の私は、そこらの女の子と同じく、子供向けロマンス小説に憧れる一人の少女であり、幼馴染の彼と、そんな小説を読み合わせごっこして遊んでいた仲なのである。
その時はまだ性別通り、私が女の子役で、彼が男の子役だった。
月日と共に私たちは成長し、伸び切った私の身長は女子というより細身の騎士のようになり、ロマンス小説もまた夢物語と理解し、縁遠いものとなった。
姫のように育った王子とバランスをとるために男兄弟に囲まれて育った同い年の私が婚約者に選ばれた。ある意味つり合い、ある意味不釣り合いなまま、鞘に収まったのである。
あの見目麗しい王子の隣に立つことを希望する令嬢もおらず、苦肉の策だったのかもしれない。
が、私の負担が重すぎやしないか……。
「今日も、婚約破棄してもらえなかった……」
教室で嘆く殿下を慰めるのは、ご学友の騎士子息と宰相子息。二人とも、嘆く殿下をなだめつつも、笑いをかみ殺している。
「殿下、もうあきらめなよ」
「突拍子もないんです。正式に婚約破棄されたいなら、父である陛下にお願いするぐらいなさるのが道理で、公衆の面前で行うことではありませんよ。第一、公爵令嬢にお願いして通るものではないのですからね」
殿下は、ぐすんと涙を流す。
「やっぱり、あの方法は現実的ではないんですね」
その場にいた全員は思ったことだろう。
そりゃそうだ、今頃気づくか! と。
同じ教室にいる私にも当然聞こえ、みなと同じことを思っていた。
それからしばらく王子は大人しくなった。
門前の珍事を惜しむ声はあったものの、数日もすれば、あのような劇中の一幕をみな忘れていった。
私のまわりも穏やかになる。王子のひときわ目立つ美しさをのぞいては……。
「スーザン」
愛らしい王子が私に声をかければ、まるで彼が姫で、私が王子のような立ち位置になる。
「なんでしょうか、殿下」
「婚約破棄とは難しいものだな」
「それはそうですね。あれはお話のなかのことです」
「スーザンは、婚約破棄、しなくてよかったのか」
愛らしく小首を傾げて、王子が問う。
「どうしてですか。王子こそ私に不満でもあったのでしょう」
王子は首をぶんぶんと横に振る。
「そんなことはない。スーザンが昔言っていたではないか」
「昔?」
「そう、まだ僕たちが婚約する前……、あれは君のお屋敷に遊びに行った時のことだよ。
僕たちが八歳で、互いに子供向けのロマンス小説が大好きだった……、ねえ、スーザンおぼえていない?」
八歳の私はロマンス小説が大好きで、童話から出てきたような、見目の良い幼馴染も大好きだった。
彼の言葉で、私は八歳のあの時にかえってしまう。
『ねえ、サミュエル。私がもし、どこかの王子様と婚約することになったら、このロマンス小説の主人公のように、婚約破棄してほしいわ』
『どうして? 婚約破棄なんてされた、公爵令嬢として傷ものとしてみられかねないじゃないか』
『ええ、いいのよ。だって、私は、この物語の主人公のように、旅をしたいもの』
『旅をしたい?』
『旅をして、お店を開いて、また冒険して……、その方が楽しそうでしょ』
『王子様のお嫁さんでいた方が、安泰じゃない?』
『安泰なんてつまらないわよ。私は、外に行きたいわ』
『旅をして、恋をするの?』
『恋は……、わからないけど、旅がしたいのよ。王族と婚約したら、やっぱり自由がなくなってしまうじゃない』
『一応、僕も、王族だよ』
『そうね』
『もし、僕と婚約することになったら……』
『ないない。きっとないわ。私たち、近すぎるもの。兄弟みたいじゃない』
『そう、だね……。じゃあ、もし、本当に婚約することになったら……』
『そうね、そしたら、私の方から婚約破棄よ!!』
確かに言った。私が彼に婚約破棄すると……。
つまり、いつまでたっても、待てど暮らせど婚約破棄をしない私に、サミュエルははっぱをかけていたというの!
ほんの小さな庭先の会話だ。
あんなつまらない口約束で、この半年間、婚約破棄茶番をやらかしてたというの!
思い出すなり、私は青くなる。
「子どもの口約束よ。忘れるものじゃない」
「僕にとっては、大事な君との約束なんだよ」
愛らしく口をとがらせて、彼は言う。
そういう表情一つ憎らしい。
「やめてよ。困るわ」
はっとして私は口を覆う。
「困る?」
今度はサミュエルがずいっと私に寄ってきた。
愛らしい容姿でも、女性から見たら長身の私と、男性にしては小柄な彼は同じぐらいの身長だ。私は目の前に麗しい婚約者の顔がきて、かっと頬が熱くなる。
「……困るわ……」
「どうして」
「……言わない……」
言えないわ。絶対に言いたくない。私は、幼い頃好きだったロマンス小説の挿絵のようなあなたの顔が今も好きだなんて絶対に言わないわ。
「意地悪するなら、僕も意地悪するよ」
そう言うなり、私を抱きしめて、ささやくのだ。
「ねえ、僕のこと好き?」
私は口を押えたまま、真っ赤になって頭をブンブンと横に振ろうとしても、サミュエルの力が強くて、思うように動けなかった。
「やっぱり君が一番かわいいね」
そんな声が聞こえたら、私は小さくなるしかない。
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