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最後にするという覚悟で挑んだ周回の最終日。
控えの間にやって来た髪結いの助手は彼だった。青い顔をした髪結いが腹痛をうったえて席を外したところで、彼は「お髪を整えさせていただきます」とすましていった。
私は髪結いの助手らしい服装がまるで似合っていない筋肉質な大男を、頭の天辺から足の先まで2周見た。
「できるの?」
「いつものは再現できるよう練習してきた」
私はこのゆっくりさんが、櫛とピンを手に必死に練習しているところを想像した。……なかなかに可愛らしい状況だと思ったが、練習台がどこかの髪の長い娘であることを考えたら、少々腹が立った。
「そう。では、普段私がしないような髪型でお願い」
「え?」
「雰囲気を変えたいの。一見では私だと気づかない感じにして」
「……はい」
彼は思いのほか器用に私の髪を整えた。華やかさや気高さではなく、清楚な優しさを感じさせるおとなしい髪型だ。
「(花瓶の花と同じだわ。やっぱりこういう趣味なのね)」
私は姿見に映る自分を見て苦笑した。今回、今日のために自分が選んだドレスも完全にそっち寄りだったので、髪型とよく似合っていた。
「まあまあだわ」
私は暗い色合いの地味な外套を羽織った。
侍女は下がらせたままだし、髪結いはまだ戻ってこない。絶好の機会だ。
「あなた、馭者の経験はあるわね。髪結いとどちらが得意?」
「どちらもそこそこだが」
彼は当惑して首を傾げた。
「それは良かったわ」
私は用意しておいた短剣を彼に手渡した。
「それでは、これで私を脅迫して誘拐してちょうだい。馬車はここの裏手にあります。2番目に近い城門から外に出て街道沿いに河辺まで行ってくれれば、舟の用意があるから」
彼は短剣を手に、困惑した。
「さぁ、行きましょう」
「あー……えぇーと、大人しくしろ?声をあげるなよ?」
私は一つうなずいて及第点をあげた。
河辺まで来たところで、彼は馬車から馬を外した。
「舟の大きさは?馬も乗れるぐらいか」
「どうかしら?あまり舟を使うことは考えていなかったわ」
私は馬車の扉を開けて河岸を見た。舟は見えない。木が繁っているあたりの影に隠してあるのかもしれない。
「君のプランはどうなっているんだ」
「いろいろとヒントや手掛かりをばらまいて来たから、この辺りで追っ手が来るはずなのよ」
私は来た方角を見てみたが、まだそれらしき人影はない。
「意外に手間取っているわね」
「なんだ。追い付かれた方が良かったのか」
「また何かしたの?」
「少しだけ」
「呆れた人ね」
馬車を降りようとする私に、彼は黙って手を差し出した。
「エスコートは要らないわ」
「足元が悪い。ドレスの裾が汚れるし、君のその靴では足を挫く」
彼は「失礼」と言って私を抱き上げた。私は驚いて小さく悲鳴を上げた。
「暴れないで。……いや、少しは暴れてもらった方がそれっぽいのかな。俺は誘拐犯らしいし」
軽々と私を抱えた彼は、私が暴れようが暴れまいがお構いなしに、大股で河岸に向かった。
手を取り合うだけの軽いダンス以上の接触を他人としたことのない私はあわてた。緊張で胸がドキドキして頭がくらくらした。
「舟はあったけれど小さいね。馬は無理だ」
「や……いえ…その……そう…」
「それで俺はこのまま君を連れ去っていいのか?それとももうしばらくこうしていた方がいい?」
低い声も穏やかな話し方もいつも通りだった。それなのに、そのがっしりした男らしい腕に抱かれて間近でささやかれると、お腹の底に変に響いて体が震えた。
「……もう少しこのままで」
私はかろうじてそれだけ答えた。
河面を渡る風はひんやりしていて、火照る頬に気持ち良かった。
これっきりなんだから今だけは……




