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プロムのパーティー会場に向かう庭園の小道で、私は彼の姿を見つけた。
婚約者のはずの殿下に迎えに来てもらえず、一人でこの道を歩くのも慣れたものだ。当初は悔しさと恥ずかしさで下を向いていたものだが、今は庭園の花を愛でながら散策する余裕がある。
彼は、満開の花木の脇に立てた脚立の上で、籠一杯に花を摘んでいた。
あ、来るな。と思った瞬間に籠が落ちて、花びらが私の頭上に降り注いだ。
「申し訳ありません!お怪我はありませんか」
彼は慌てて脚立から降りてきた。
「大変だ。こんなに汚してしまって……本当に申し訳ございません」
花まみれになった私の前で、彼はおろおろと取り乱したふりをし始めた。どうにいった演技だ。さすがに毎回トラブルを起こしては謝り倒しているだけのことはある。私は彼の好意に乗っかった。
「まぁ、困ったわ。どうしたらよいのかしら。これではとてもパーティーには出られないわ」
うっかり笑ってしまいそうになるのを隠すために、顔をおおって嘆くふりをしてみる。
彼はまた一通り狼狽えた挙げ句、私の頭に付いた花びらを取ろうとして、結い上げた髪を崩すという暴挙までやってのけた。
「ああっ!なんということだ」
さすがにわざとらしい物言いだったので、指の間からちらりと非難の目を向けると、彼はわずかに赤面した。
「ええっと……その…髪を直します。どこか落ち着いて座っていただけるよい場所はありますか?」
「知らない殿方と二人きりになるような真似はできません」
私は自分に向けられる彼の声と眼差しを楽しみながら、申し出を型通りに断った。
「失礼しました。お召し変えをできる宛はおありでしょうか?」
「控えの部屋に戻れば整えることはできます」
「差し支えなければお送りします。それともどなたかお呼びいたしましょうか」
「どちらも結構です。一人で戻ります」
突き放すような言葉とは裏腹に、私はつい衝動に負けて、彼を正面からじっと見つめてしまった。
うん。なんとも冴えない地味な顔立ちだ。
私は口許が緩むのを抑えられなかった。
「いつもありがとう」
「……お助けできず申し訳ありません」
大柄な彼の低く穏やかな声は耳に心地良かったが、心はざわついた。
こらえられなかった私は、思わず声に出してしまった。
「助けて」
彼はそれまでの朴訥で情けない感じとはまったく違う厳しい顔つきで、私を見つめた。
その瞬間、まるで世界中から音が無くなったような気がした。
「俺は……」
彼は絞り出すように低く呟いた。
「俺は直接介入は禁止されている。根本的に現状を打破するには君が行動する必要がある」
彼は私をじっと見据えて、強い口調で告げた。
「この世界を変えるのは君だ。すべての手段を使え」
そしてそのまま一礼すると、彼は姿を消した。
世界に音が戻ってきた。
私は自分用の控えの間に戻り、プロムのパーティーは欠席した。王子殿下は浮気相手と取り巻きを連れて、わざわざ部屋にまで押し掛けて来て、婚約破棄を宣告した。
その次の周回を、私はよく観ること、よく聴くこと、よく考えることに費やした。
彼は一度も姿を見せなかったが、相変わらずささやかな贈り物と謎解きの課題はあったし、時折、風変わりで美味しいお茶は出てきた。
私は、次で最後にする覚悟を決めて、罵られながら気を失った。




