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久しぶりに見ると、皇帝陛下は随分若く感じられた。
「(お肌ツルツルだわ。さすが皇帝。きっとお手入れされているのね)」
私は湯あみ後に美容クリームをたっぷり顔に塗られている陛下を想像して吹き出しそうになったが、ぐっとこらえた。
「(童顔じゃないけれど、綺麗な顔だから余計に若く見えるのかしら。そういえば私とそんなに年は変わらないのよね)」
「俺の顔に何かついているか?」
皇帝陛下は不機嫌に私を睨み付けた。
「いえ?」
私は剣呑な視線を笑顔で受け流した。凄まれても以前ほど怖く感じられないので気楽なものだ。
「例の件だが……」
陛下は社交上では不適切なほど距離を詰めて、私を見下ろした。
船長ほど背は高くないので、見下ろされるといっても、そこまで視線に差があるわけではない。
「まず返事を聞かせてもらおうか」
私は猫を被ってしおらしく答えた。
「昨日の今日でそのように仰られましても、困ってしまいますわ」
実は時間は1日どころではなくあったが、それどころではなかったので許してほしい。
「片手間に考えられることではありません。でも、そうですわね」
私は両手の指を陛下の前で広げてみせた。
「10日……とお待たせはいたしません。せめて……」
相手の顔を見ながらゆっくり指を折る。
「7日。そう、7日7晩は私に猶予をくださいませ」
皇帝陛下は不満そうではあったが、結局「また来る」と言い残して立ち去った。
この王城をあっさり占領できたので暇なのだろう。無茶な条件を突きつけて私をなぶって遊んでいるのはそのせいに違いない。
死んだことにして地方に逃がした国王陛下の存在を黙認してやるから、子を作ってこいという命令までは、陛下のお体の事情さえなければ、ぎりぎり許容できたが、子ができれば彼を殺すと言われては、とてもではないが従えない。できなければどこの馬の骨ともわからぬ下郎に凌辱させると脅すなんて、とんだ下衆である。どれ程、顔がよかろうがお断りだ。
どうせ、どちらも飲めない2択を迫って、窮した私が「どうか陛下の後宮にお加えください」とでも泣いてすがるのを期待しているのだろう。私を見る目付きに明らかにそういう男女の関係を期待する欲があった。
これまでは気づいていなかったが、船長と過ごした後で会ってみて、今日ははっきりとそれを感じた。
意外なことに船長にはまったくその手の欲が見えなかった。私はもしかすると上手に隠しているだけではないかと疑って、ずっと彼の目の奥にその片鱗を探していたのだが、とうとう最後まで彼の目には綺麗な狂気しか見つからなかった。
あの人は私のことを可愛い可愛い愛らしいとことあるごとに言ってくれたが、色恋の気配は欠片も持っていなかったのだ。
それと比べて、皇帝陛下の表情や態度にはあからさまな熱が感じられた。大方、征服欲とセットで、私のことを男の欲を満たせる戦利品か何かと見なしているのだろう。
1度抱けば大人しくいうことを聞くようになるだろうとか、とりあえず女は子供を生んでおけとかいう男の態度がまかり通る世界ばかりではないのを見てきた私としては、まったくもって面白くない。
「(見てなさい。てんてこ舞いさせてやるから)」
5日程経てば、皇帝陛下の元に帝国全土からの看過できない大問題の知らせが次々と届くはずだ。
予期せぬ嵐による戦の大敗。落雷が原因の宮殿の大火。莫大な軍資金の盗難。属州統治の重要人物の背信。静観していた大国の参戦などなど。
「(我ながらよくやったと思うわ)」
船長と二人で計画、実行したマル秘大作戦はとてもワクワクした。
「こういうのはちょぉおっと反則だが、まぁお天気なんて気まぐれなものだし」と言いながら、魔法で嵐を呼び、雷を落とす船長は、さすが元大魔王という風格だった。"ちょっとしたお小遣い"と言って地下倉庫一杯の軍資金をまるごと一瞬で消し去った挙げ句、どこか保管できる場所があれば入れておくと提案されたときは開いた口がふさがらなかった。本来会えるはずのない人物との直接交渉ができたことといい、まさに反則でインチキな手段で私たちは帝国の災難の種をばらまいた。
実行方法は強引だったが、計画は綿密だった。最速で知らせの早馬が来た場合に、同日に着くように、この城から遠い場所から順番に問題が発生、発覚するように調整までしたのだ。
どれ一つとっても、こんな地方の小国をかまっている場合ではなくなる大問題である。それが同時多発して、皇帝陛下は頭を抱えるだろう。
皇帝が軍の大半と共に帝都に帰ってしまえば、あとはどうとでもしようがある。城の蓄えはごっそり持っていかれるだろうが、人も物も本当に大事な分はきっちり隠してあるので問題ない。耐えがたきを耐え、市井に身をやつした騎士や兵たちは、刻がくれば嬉々として王都を奪還するだろう。
皇帝陛下の気分次第では、私は同行を要求され、人質として帝都に連れていかれるかもしれないが、そうなったときは、そうなったときで、いっそ使える手が増えるというものである。落ちのびさせるときにうちの国王陛下にも、私に何かあっても気にせず国を優先しろと言ってあるから大丈夫だ。彼は不幸な事件のせいでトラウマを抱えてしまってはいるが、基本的には優秀な王なのだ。
それに私はどんなピンチに陥っても、その気になればいつだって帰ってこれる。
私はゆったりとした気分で、幽閉された小部屋の椅子に座った。
今夜あたりには、直属の諜報部隊の誰かを呼んで、いくつか指示を出しておいた方がいいだろう。
でも、今はもう少しだけくつろいでいたい。
この後、国王陛下が潜伏先の僧院のシスターに一目惚れしてグダグダになっていたことが発覚したり、皇帝陛下に正妃になって一緒に帝国を立て直してくれと泣きつかれたり、時空監査官がやって来て時空監査局のエージェントにならないかと勧誘されたり、私も色々忙しい目に逢うのだが、このときの私はまだそんなことになるとは思いもしていなかった。
雪花石膏の窓から零れる優しい陽の光に満ちた部屋で、私は、昔好きだった紅茶の香りと優しい花を思い出しながら、穏やかな午後を心安らかに過ごした。
ここまでお付き合いありがとうございました。
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主人公がハイスペック男子にモーションかけられているのに男運が悪く思えるのはなぜなんだろう?。
2023年11月18日追記
この後、もう少し続きを書くことにしました。よろしければご覧ください。




