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夕焼けのデモ・フライト


 依頼を受けたはいいが、今は空を飛ぶための機体がない。


「さて……〈リリエンタールⅡ〉を直すか、それとも〈ライトフライヤー〉にいったん普通の布を張るか……」


 オットーは少し考えて、グライダーの〈リリエンタールⅡ〉を修復することにした。

 このグライダーも〈セレスティアルウィング〉の魔法と併用できないことはない。

 既に実証飛行も実戦も終わっているから、こちらのほうが信頼性も上だ。


 彼は慣れた手際でグライダーを直していった。

 折れている骨組みを入れ替え、布を張って膠のりで固める。

 空が赤く夕焼け色に染まる頃に、すべての修復が終わった。

 

 倉庫の前に出て、オットーは助走を付けてから跳び上がってみる。

 わずかな距離を、修復されたグライダーが何の問題もなく滑空する。


「よし。次だ」


 彼はもう一度跳び上がり、そこで〈セレスティアルウィング〉を使った。

 放出される魔力で加速し、上下二連に並んだ魔法と物理の翼で空へ飛び立つ。

 グライダー側のワイヤーを引いたが、あまりコントロールは効かない。


(〈セレスティアルウィング〉を使ってる最中は、真っ直ぐ飛ぶことしか出来ないか)


 だとしても、特に問題はない。

 彼は高度を稼いだところで魔法の翼を消して、グライダーでの滑空に移った。

 くるくると鳥のように急角度で旋回しているうちに、彼の顔に笑顔が浮かぶ。


(山がなくても、自力で離陸して上昇できる。どこでも飛び放題だ!)


 夕日が地平線の向こうに隠れはじめて、地面が暗くなっていく。

 ロングシュタットの街が周囲の草原へと長い影を伸ばしていた。

 手を伸ばせば届きそうなほど、夕焼け雲が近くに感じる。

 そして確かに、その気になれば触れることも出来るのだ。


 歓声が下から聞こえてくる。ふと、オットーは足元を見た。

 街中の通行人が、みな足を止めて彼を見上げている。


(この前のお披露目は潰されたし……その分、ちょっとサービスしてみるか!)


 彼は上下を入れ替えて、背面飛行で〈セレスティアルウィング〉を展開した。

 加速しながら大通りに落ちていき、そこで魔法を消して上下を戻す。

 歓声を間近に受けながら、オットーは地面のすれすれを飛んだ。

 建物や柱のそばを通るたび、ぐおんっ、と風の音がする。

 瞬く間に大通りの端から端までを飛んでしまった。

 急降下して得た速度をそのまま使い、くるくる周りながら垂直に上昇していく。


(最高だっ! 今なら本当に、どこまででも自由に飛んでいける!)


 太陽が更に落ちていき、さすがに危険な暗さになってきた。

 空を名残惜しく思いながら、彼は大通りへと滑らかに着陸する。

 すぐに通行人たちに取り囲まれた。


「すっげー! 本当に空飛んじまったよ!」

「どうなってんの!? 魔法!?」

「お前、ただのドラ息子かと思ってたけど、やるじゃん! 見直したわ!」


 頭のおかしい道楽息子というオットーの評判は、この実演飛行一つでひっくり返った。

 対照的に、彼を追放したフランツ・ロングの評判は落ちる。

 息子のやっていることの価値を理解できなかったバカだ、というように。



- - -



「クソッ!」


 フランツ・ロングは机を叩く。

 あの忌々しい道楽息子が、くだらない曲芸で民から人気を稼いでいる。

 

「羽虫のように飛び回りおって! 私に撃墜されなかったことに感謝しろ……!」


 何より気に入らないのは、オットーが未知の魔法を使っていることだ。

 彼が展開した半透明の翼が並の魔法ではないことを、フランツは見抜いている。

 彼は貴族社会に出ても恥ずかしくない一人前の魔法使いであり、魔法の腕前は悪くないどころか、むしろ国でも最上位に入るぐらいなのだ。

 フランツは高位の才能(タレント)である〈鎌風術士〉を持ち、そのレベルを530まで上げている。


「そんな魔法を使えるのなら……何故、魔法学園で使わなかった! お前が魔法をやらなかったせいで、私がどれだけ恥をかいたか! おまけに、追放された途端に評判を上げおって……それでは私の評判が下がってしまうではないか!」

「まったく同感です、父上」


 わなわなと震えるフランツの横に、魔法学園の制服を着た少年がいた。

 若くして大人顔負けの恰幅を持ち、大きな魔法の杖がよく似合っている。


「分かってくれるか。……お前は兄と違って優秀だ、カール。お前さえいれば、ロング家は安泰だろう」

「あいつが居る限り、安泰とは思えないですがね。何をやらかすことか」


 カール・ロングは、窓の外を冷たく眺めている。


「叩き落としてしまえばいいんです。あんなことを好き勝手にやっていれば、いつ死んでもおかしくないんだ。不自然なところはない」

「……確かに。それで、私の評判が下がることも防げる」


 父子は一瞬、目配せを交わした。

 ロング家は風の魔法に関連する才能(タレント)を受け継いできた家系だ。

 空を飛んでいる相手を叩き落とす方法は無限にある。


「いや。あんなバカ息子に、そんな手間をかける価値はない。それよりカール、もうすぐ魔法学園の春休みも終わりだろう? 実技の準備はしたか?」


 魔法学園の一学期が始まってすぐ、危険な地域で魔物を倒す試験が行われる。

 一年の始めに実力を評価するための実技試験だ。

 危険な地域で行われるために、死人が出ることも珍しくない。


「当然です。兄と一緒にしないで頂きたい」

「あっはっは、その通りだな。お前なら実技試験でも間違いなく上位だろう」

「ええ。正しい貴族として、あの兄とは違うということを示してみせましょう」


 そして、今年の実技試験は〈暗黒の森〉で行われることが決まっていた。

 奇しくもオットーが依頼をこなすのと同じ場所である。

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