依頼:〈暗黒の森の地図制作〉
オットーは〈ライトフライヤー〉を作るための高級素材を買い集めた。
ここロングシュタットの街は王都からも近い。
品質のいい物品もそれなりに手に入る。
竜の卵で得た大量の金貨を使い、彼は鍛冶師にミスリル製の部品を注文した。
それだけで資金の大半が消えた。
魔法金属の材料費とその加工費は、目が飛び出るほどの額だ。
そうして手に入れたミスリル管の大骨に、霊樹と呼ばれる木材を組み合わせる。
これは翼に厚みを持たせるための小骨だ。
この時点で、完成度は八割近い。あとは表面に羽布を張るだけだ。
だが、その羽布に使いたい材料がどこを探しても見つからなかった。
仕方がないので、オットーは冒険者ギルドを尋ねる。
「ハーピィの羽、ですか? すいませんが、しばらく流通がありませんね」
「そうなのか?」
「ええ。東の山脈を超えた先では目撃報告があるようですが……」
「竜がいる山の先か。分かった」
「待ってください!」
さっそく向かおうとしたオットーを、受付嬢が呼び止めた。
「山脈の向こう側は、〈暗黒の森〉と呼ばれる危険地帯です。初心者が行く場所では」
「……でも、ほら。竜が相手でも何とかなったし。それに、僕の冒険者ランクは上がったんだよね?」
竜の卵を持ち帰ったことが評価され、オットーはFからE級の冒険者に格上げされている。
「ですがオットーさん。あなたの才能レベルは、まだ3ですよね?」
「いや、どうだろう。少し強くなった感じがあるんだ。測り直してもらってもいいかな」
「構いませんが。ギルドカードと右手を出してください」
オットーの小指に、小さな針が刺さった。
垂れた血がレベルの測定装置に触れる。
「え!? れ、レベル50ですか!?」
「50? そんなに上がってたんだ」
冒険者としては、才能レベル50ならばちょっとしたベテランだ。
これが〈大空の支配者〉でなければ、パーティに引っ張りだこにされるだろう。
3から50なんて、あまりに異常なレベルアップ速度だ。
(まあ、才能って、その分野の経験を積めばレベルアップするしな。竜と空中戦したら〈大空の支配者〉のレベルが上がるのも当然か。それに、魔法学園の生徒にはレベル100超えてる人も何人かいたし……)
そんなものか、と納得しているオットーとは裏腹に、周囲にいた冒険者が目をギラつかせてオットーの方を見た。
才能レベル50の新人冒険者なんて、誰でも欲しがる逸材だ。
「これでもまだ、山の向こうは危険なのかな?」
「……はい。〈暗黒の森〉は、原則として立入禁止です。依頼があれば話は別ですが、辞めてくださいね。ギルドとしても、有望な冒険者を失いたくはありませんから」
「なるほど」
彼をパーティに入れたがる冒険者たちの勧誘を断りつつ、オットーは依頼を探した。
他の依頼の下に埋もれている劣化した張り紙の群に、彼は目を留めた。
いつから張られているのかも分からないような依頼だ。
どの依頼も〈暗黒の森〉に絡んでいる。誰も受けなかったのだろう。
「辞めてくださいね?」
受付嬢の忠告を無視して、彼は文面を読んだ。
生態調査や魔物の討伐、遺跡探索といったような内容だ。
どれもランク制限はないが、赤字で「命の危険を覚悟せよ」という警告がある。
「オイオイオイ」
「死ぬわアイツ」
冒険者たちが完全に勧誘を諦めて、遠巻きに彼を眺めた。
「ん? へえ、暗黒の森の依頼を受ける人が……って、またキミなの!?」
ちょうどギルドを訪れたミーシャが叫ぶ。
「や、辞めなよほんとに! 今度こそ死ぬよ!?」
「ああ、ミーシャ。この前はありがとう。調子はどう?」
「分けてくれた報酬のおかげでほんと生活が助かってます……じゃなくて! キミね! 本気で暗黒の森に行くつもりなの!? どれだけ危険か分かってるの!?」
「いや。具体的に教えて欲しい」
「嫌だよ! 教えたら絶対行くでしょ!」
「教えてもらわなくても、行く。ハーピィの羽が必要なんだ」
「あーっ、もう! レベル3なのに、何でキミはそう無茶ばっかり!」
「今はもうレベル50らしい」
「へっ? も、もう私より高いの?」
ミーシャが首をかしげた。
「まあ、竜と空戦して〈大空の支配者〉のレベルが上がらないわけがないし」
「確かにそうかもしれないけど……。でも、そんなことある!? その調子で行ったら、才能のレベルが物凄いことになっちゃうんじゃ!? 世界最強の座も見えてきちゃうんじゃない、天才だよキミ!?」
「どうだっていいよ。興味ない。空が飛べればそれでいい」
「いや……でも! 尚更、暗黒の森なんか行っちゃだめだよ! そんなに凄い人間なのに、無茶で死んだらもったいないって!」
「心配しなくてもいい。別に、僕は暗黒の森には入らないから」
「……え?」
オットーは、並んだ依頼の一つを指差した。
それは〈暗黒の森〉の地図制作依頼だ。
これにも赤字で警告はあるが、彼なら上空から地図を作れるので問題はない。
「上から見るだけ。ついでにハーピィを探して、近くに居たら狩る。あいつらは石でも当てればすぐ落ちるって言うし。で、危なくなったらドラゴンの方に逃げるよ」
「いや……もっと危ないでしょ!?」
「大丈夫だよ。みんな心配性なんだから」
「ダメだってー! 死んじゃうってー! 暗黒の森なんか、最低でも努力してC級に上がってから人を集めないと骨を拾いにも行けないよー!」
「そこまでしてでも拾いには来てくれるんだ……」
ミーシャという冒険者は、そういう人間だった。
実力はあるのに、人助けに精を出しすぎてランクも稼ぎも低い。
それでも、関わった人間からは評価されている。
「ねえ。キミ、本当に無事で帰ってこれるって約束できる?」
「約束できる。別に、無茶でも何でもないんだ。空を飛べるっていうだけで、逃げるための機動力は桁違いなんだからさ」
「分かった。じゃあ、信じるよ。何か手伝いは要る?」
「……いや。でも、必要になったらお願いするよ」
「うん。いつでも私を頼ってよ」
人の好意を受け取って、オットーは温かい気持ちになった。
追放される前の人生で彼を心配してくれた人間なんて、ベルガーおじさんぐらいだ。
「ありがとう」
彼は礼を言うと、改めて依頼の張り紙をちぎった。
冒険者ギルド中の人間が、その様子を心配そうに眺めている。
「オイオイオイ」
「あれ? よく見たらあいつ、ロング家の道楽息子じゃねえ?」
「あ……ホントだ。追放されたあと冒険者になってたのか」
「フッ。情報が遅いな、君たち。彼はだね、竜と空中戦をやらかした男だぞ……」
「は? 何だそれ?」
オットーの情報が、冒険者たちの間で少しづつ共有されていく。
彼へ向けられる視線が、無茶な新人を心配するものから、頭のおかしい強者への畏怖や敬意へと少しづつ変わっていった。
そんな周囲のざわめきを無視して、オットーが依頼の文面を読む。
「依頼:〈暗黒の森の地図制作〉。かの危険な森を探索するために必要な地理情報を集めて頂きたい。報酬は金貨二十枚。命の危険を覚悟せよ」
文面の末尾に、依頼者が記されている。
――ベルガー・ブラウン。
「ベルガーおじさん……?」
気になったオットーが確かめると、暗黒の森に関わる依頼は全てベルガーのものだ。
ただの商人が、何故こんな依頼を出しているのか?
(終わった後で聞いてみるか)
「受付嬢さん、僕、この依頼を受けるよ」
「いや……本当に、危険ですよ?」
「受ける」
「……し、死なないでくださいよ。危険だと思ったら、すぐ逃げるように」
顔をひきつらせながら、受付嬢が依頼の張り紙を受け取った。
ギルドの承認印を押してオットーに渡す。
「あなたが依頼を受けたことをギルドが承認した、という証ですから、この張り紙は無くさないように……いや、この依頼に限ってはむしろ無くしてほしいところですが」
「しっかり仕舞っておくよ」