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大魔法とライトフライヤー


 オットーは街の外にある小高い丘に立っていた。

 謎の経緯で手に入れた〈セレスティアルウィング〉を試すためだ。


 まず、彼は地上で魔法を使ってみた。


「〈セレスティアルウィング〉!」


 半透明の巨大な翼が現れ、しゅごおっ、と音を立てて翼から魔力が放出される。

 彼はその反動で空中に吹き飛ばされた。


「う、うわっ!? ……そういうことか! 〈セレスティアルウィング〉!」


 展開された半透明の翼が、空気を切り裂いてオットーを大空に持ち上げている。

 何とか魔力をコントロールして、ものすごい勢いで放出される魔力を弱めた。

 ……すると翼が消えてしまったので、慌ててオットーは魔力を流す。


(止まれないのか。にしても、これは……すごいな……!)


 〈セレスティアルウィング〉は、〈大空の支配者〉が覚える他の魔法と根本から違う。

 これは、まともに空を飛べる魔法だ。


(ああ、気持ちがいい! 最高だ! こんなふうに飛べるなら、魔法も悪くない!)


 自分で作ったグライダーで空を飛ぶのも感動的な体験だが、何も持たずに身一つで空へ上がっていくというのも、また格別なものがあった。

 オットーは思いっきり魔力を流し、急角度で上昇していく。

 低い位置にある雲を突き破ったところで、彼は気付いた。


「これ、どうやって制御するんだ?」


 〈セレスティアルウィング〉で生み出される翼は、完全に形が固まっている。

 動かせない。翼を曲げて旋回したりすることはできない。


「まさか〈デフレクト〉で風を曲げてコントロールしなきゃいけないのか!? 僕、二つの魔法の同時使用なんか出来ないぞ!?」


 そう思いながらも、オットーは〈セレスティアルウィング〉を展開しながら〈デフレクト〉を使おうとした。

 その瞬間、不思議なことが起こった。

 まるで誰かに導かれているかのように、滑らかに二つの魔法を同時発動できたのだ。


「……僕の努力じゃない。これは……〈大空の支配者〉の効果なのか?」


 これぐらい空を飛べるようになって初めて、〈大空の支配者〉はその真価を発揮するのかもしれない。


(考えてみれば、竜と戦っている最中には僕の〈デフレクト〉の威力も増してたような。この才能(タレント)はもしかして、空を飛んではじめて効果が出るものなのか?)


 だとするのなら、この才能(タレント)が不遇なのも当然だ、と彼は思った。

 真価を発揮するまでが遅すぎるし、普通は空を飛びながら戦闘なんかできない。

 それでも、彼は自分が〈大空の支配者〉を持って生まれたことに感謝した。


「誰がなんと言おうと、これは最高の才能だな……!」


 オットーは〈セレスティアルウィング〉を維持しながら、〈デフレクト〉で翼の周囲の風を曲げ、それで姿勢をコントロールした。

 これでなんとか、まともに飛べる。だが、そう長くは飛んでいられない。

 〈セレスティアルウィング〉の魔力消費が激しすぎる。降りなければ。

 草原を狙って一気に高度を下げ、彼は着陸の姿勢を作った。


(うわ。着陸するためには速度を落とさなきゃいけないのに、〈セレスティアルウィング〉を使ってると勝手に速度が上がる……)


 魔力は残り少ない。今すぐ着陸するために、オットーは少し無茶をやった。

 一気にぐいっと姿勢を変えて、前に進みながらも頭を真上に向けたのだ。

 進んでいる方向と頭の向きが九十度近くズレて、急速にブレーキがかかる。


 翼から風が剥がれたことで、揚力が消えた。

 だが、上を向いた〈セレスティアルウィング〉はまだ推進力を生んでいる。

 その推進力と重力をうまく拮抗させ、彼はふらふら地面に降り立った。


「……何とか上手く行ったか。疲れたな……」


 神経をすり減らすようなギリギリの着陸だった。

 加えて今までにないほど大量の魔力を使ったことで、体はもうろくに動かない。

 オットーは草原に寝っ転がって、空を眺めた。


 さっき彼が突き抜けたばかりの低い雲が、風に乗って流れていく。


(ついさっき、僕はあの雲の上を飛んでたのか。夢みたいだ)


 グライダーであんな高度まで上がったことはない。初めての体験だった。


(よし。この魔法を研究しよう。次はもっと、余裕を持って飛べるように)



- - -



 オットーは、ベルガーおじさんに借りている倉庫へと戻った。

 ここは彼の工房だ。実験用の風洞からグライダー制作に必要な工具まで、必要なものはすべて揃っている。  


 着水して壊れたグライダーの残骸を見て、オットーは少し心を痛めた。

 今すぐに直してやりたいところだが……まだ早い。


 彼はまず、ベルトを使って自分の体を壁に固定した。

 その反対側に、自分の姿が映るよう鏡を置いてある。


「〈セレスティアルウィング〉」


 ごうっ、と風が吹き荒れる。

 だが、体を固定しているので、反動で飛んでいくことなくじっくり翼を観察できる。


「なるほど……薄さはゼロに近いんだな。形も、鳥の翼をそのままなぞった感じか」


 彼は製図用のペンを使い、翼の形状を図面に起こす。

 それから、紙を使って〈セレスティアルウィング〉のスケールモデルを作った。

 風魔法を使った風洞装置に固定して、動力源の魔石を入れ替え、スイッチを入れる。


 翼の周囲を白い煙が流れていき、気流を可視化した。

 彼は翼の模型の角度を変えながら、その様子を観察する。


「……あまり特性が良くないな。僕が作った翼のほうが、ずっと素直だ」


 この魔法を作った人間は、おそらく魔法でゴリ押しできるがゆえに、翼の飛行特性や失速特性について細かく考える必要がなかったのだろう。

 だがオットーは違う。さて、どうしたものか?

 彼は考えを巡らせる。この魔法で生み出せる翼の形は変えられない。

 ……だが、この〈セレスティアルウィング〉とは別の翼を併用することはできる。


「重ねてみるか?」


 〈セレスティアルウィング〉の模型の上にもう一枚、グライダーの翼を重ねてみる。

 二枚の翼が上下に並んだ複葉だ。

 すると、いくらか気流の荒れかたが素直になった。

 さらにもう一枚、補助のための翼を下にも配置する。だいぶ改善された。


「……よし!」


 誰かがずっと昔に作り上げた魔法へと、オットーの知識が組み合わさっていく。

 時を隔てた共同作業だ。


(きっと、この魔法も〈大空の支配者〉を持った人間が作ったんだろうな。空への情熱がある。自由に飛びたくて仕方がなかったんだよな。分かるよ)


 この魔法の作者とオットーは、間違いなく同志だ。

 名前も知らない誰かの意志を継ぐためにも、この魔法を最大限に活用してみせる。


 彼は数日かけて、この魔法を十分に研究したあと、設計図を書き起こしはじめた。


(今までよりも高速で、高高度を飛ぶことになる。もっといい材料が必要だ。魔法金属や魔法木材、それと魔物素材……。竜の卵を運んで得た金を、全てこれにつぎ込もう)


 深夜までずっと書き続けたあげく椅子で寝てしまい、起きてまた図面を書き、計算のミスに気付いてまた一からやり直す。

 そんな生活の末に、全体図が出来上がった。

 〈セレスティアルウィング〉の魔法と併用することを前提にした、全く新しい機体だ。


(これはもう滑空機(グライダー)じゃない。飛行する機体……飛行機だ)


 オットー・ライトは少し考えて、設計図に名前を記した。

 〈ライトフライヤー〉と。


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