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広がる夢と情熱


 終わってみれば、死傷者は最低限に抑えられていた。

 赤く染まった川で街が活気を失い、不吉に思った住人たちが逃げていたからだ。

 建物の被害は大きいが、資金さえ出せば復旧できる範囲であった。

 その資金は、地上に落ちた〈赤月〉の素材で十分以上にまかなえる。

 なので、オットーたちに悪感情が向くことはなかった。


 大怪我を負ったオットーたちは、治療のために国賓待遇で宮殿へ招かれた。

 才能タレントの中に肉体強化も含まれているレファは一瞬で回復したが、純粋な魔法使いのオットーは完治にそれなりの時間が必要だ。

 近距離で自爆の直撃を受けた彼は、怪我の程度も深い。

 シリンの回復魔法があっても、なお完治までには時間が掛かった。


 オットーたちが〈赤月〉を討伐したことで、冒険者ギルドは大騒ぎになったようだ。

 事が大きすぎてこの国のギルドだけでは話が収まらず、冒険者ギルド総本部のほうで色々と協議しているらしい。

 全世界にまたがる巨大組織だけに、上の方へ話が行くと結論が出るまでに時間がかかるらしく、今の所は特にギルドから呼び出されたりはしていない。


 病室に寝たきりの時間を使い、彼は量産用の機体を設計した。

 最もシンプルな構造のR17をベースに、翼を大きくして低速安定性のいい素直な機体に仕上げる。

 高級素材をありふれた材料に変えたせいで剛性は落ちたが、ゆっくり飛ぶ分にはむしろ安全だった。


 そして今、宮殿の中庭で”R18”の試験飛行が行われようとしていた。

 機体を作り上げたのは、新設の航空産業ギルド〈アヴィエイシア〉の職人だ。

 妖精公が自ら職人の親分たちと話をつけて選抜した人員は、若く優秀な人々が揃っていて、オットーの設計図と寸分違わぬ機体を作り上げていた。

 自らテストパイロットを志願した〈アヴィエイシア〉の職人が、〈リベレーター〉の魔法を併用しながら助走を付けて、あっさりと空に浮かぶ。


「よし」


 病室から様子を見ていたオットーが、小さくガッツポーズした。


「オットーくん。あんな攻撃力の高い魔法を広めて危険性はないのかい?」

「大丈夫ですよ、公爵様。アイテラに頼んで、切断力のオンオフスイッチを魔法の中に隠してもらってるので。知らない限りは、あの翼が物を切ることはないです」

「なら安心だね」


 彼の隣で試験を見守っている妖精公が言った。


「しかし、まだ改まった口調を続けるのかい? わたしは別に、君の国の貴族とは違うんだが」

「タメ口がいいなら、そうするけど……」

「そうしてほしい。”公爵様”も無しだ。ロガロ、でいいよ」


 ロガロ・ウラジミロヴィッチ、というのが〈妖精公〉の本名だ。


「分かったよ、ロガロ」

「それでいいんだ」


 飛び上がったR18が宮殿の周囲を回り、速度を落とす。

 あとは着陸だ。空を飛ぶこと自体は簡単で、難しいのは怪我せず降りることだ。

 地面に戻るだけなら重力に身を任せるだけですぐに墜落できるが……たいがいの人間は死にたくないものなので、失速ギリギリの速度を狙う必要がある。


 案の定、テストパイロットは着地に失敗し、庭園を転がった。


「駄目だったか。かなり低速に振ってるんだけど……もっと遅くしてみようか」

「うーん?」


 ロガロが首をひねった。


「足で着地する必要ってあるのかい? 馬車みたいに、車輪を付けたら?」

「……!?」


 オットーが驚愕して振り向いた。


「あ、いや、わたしは素人だし、見当違いなことを言ってたら申し訳ないけど」

「それだ!」


 オットーが叫ぶ。R17の”速すぎて着地できない”という問題は、車輪を付けるだけで解決する。

 車輪さえあれば、ワイバーンの背に降りる必要もない。


「その発想はなかった……!」

「あら? いいアイデアだったのかい? うーん、素人の発想が役立つこともあるんだねえ」


 オットーはすぐに設計用紙とペンを握りしめ、”R19”を設計した。

 といっても、着陸用の車輪を追加してバランスを調整しただけだ。


「そういえば、その機体に名前はないのかい? 市民へ発表するときに、型番だけだと少し覚えにくいというか……」

「名前か。うーん」


 もともとこのRは”レーサー”だが、この機体には似つかわしくない。

 彼はしばらく考えて、〈ロガロ・ウィング〉という名前を付けた。


「……わたし?」

「車輪っていうのは盲点だったし、この機体は〈アヴィエイシア〉で作るためのものだから、だったら功労者の名前を付けてもいいんじゃないかなって」

「いや……一番の功労者は君だ。〈オットー・ウィング〉でいいじゃないか」

「僕の名前を付けた機体は、もう〈ライトフライヤー〉があるし。名前ダサいし」

「ダサくなんて……いやダサいかもしれない」

「僕の名前があんまり広まっても面倒だからさ。この名前で行くよ」

「分かった、君がそれでいいなら。設計図を渡してこよう」


 そして数日後、職人たちの手で車輪を追加したバージョンが作られた。

 試験飛行は無事に終了し、本生産へと向けた調整が始まっていく。


「よっすー。忙しいみたいじゃん」

「まったく。我のところに顔も見せずに何をやっているかと思えば、素人のための機体作りとはな」


 ちょっと日に焼けたレファが、相変わらず猫のアイテラを連れてやってきた。


「アイテラはいつになったら人間に戻るわけ? 空島の機械はまだ治らないの?」

「部品が足りなくてな。少々、古代遺跡を巡る必要がありそうだ」

「そうそう。でさ、ちょっと東方の未開拓地を旅してこようかなーって。それで……もしよければ、一緒に来ない?」


 古代遺跡を巡る旅。オットーの心は弾んだ。

 レファと一緒に未開の空を探索していくのは、間違いなく面白いはずだ。


「行きたいけど……」

「けど? ……絶対に面白いよ? ほら、アイテラがいるから、バンバン古代遺跡も見つけられるだろうし、絶対お宝もザックザクだって」

「でも、有力な協力者が見つかって、僕の飛行機械を広める絶好の機会なんだ。旅したくないって言えば嘘になるけど、ほら……もっと優先したいことが」

「……そっか」


 レファは呟いた。


「まあ、私たちって色々と正反対だしね! しょうがない! 女の子だけで旅ってのも悪くないよ、女子会だよ女子会! 毎日をパジャマパーティにしようね!」

「パーティだと? ふん……我がお前に古代式のナイトライフを教えてやろう」

「きゅいー!」


 彼の部屋に、紙をくわえたシリンが走り込んでくる。

 量産一号機が完成した、という連絡を航空産業ギルドから運んでくれたようだ。


「そういうわけだから、じゃあ……」

「うん、いずれまた!」


 ギルドへ様子を見に行くオットーへと、レファは元気そうに別れを告げた。


「……はあ……」


 姿が見えなくなった後で、彼女はため息をついた。


「そう気を落とすな。事業が落ち着いて暇になれば、奴もまた旅を始めるだろう。仲を深める機会は、これからいくらでもある。まだ若いのだから」

「いくらでもあるったってさ……おっさんとおばさんになってから熱愛したってしょうがないでしょ!? 若いうちにやっとかないと……!」

「三十路だろうが四十だろうが恋愛は恋愛だろう、歳を食えば見方も変わる……ところで聞いたか、この街は蒸留酒ヴォトカを作ってるそうだぞ?」

「お? よし! 前後不覚になるまで飲むぞー!」

「我も飲むとしよう。さて、猫の致死量はどれぐらいだったか……」



- - -



「あのさ、オットー」


 その日の夜、宮殿の中で彼はミーシャに話しかけられた。

 彼女は何だかんだでロガロの愚痴相手として定着したようだ。


「良かったの? 断って」

「ああ、レファの誘い? 行きたかったけど、今はちょっとね」

「でも……前に話してたとき、すごい仲良さそうだったし……」

「どうだろ? 僕たち、一応はライバルだから」

「キミ、もしかしなくてもそういうの鈍い人かあ……知ってたけど、ここまで?」

「……どういうの?」

「そういうとこ」

「?」

「ところで、〈ロガロ・ウィング〉の方は順調なの?」


 話しても無駄だと思ったのか、ミーシャが話題を変えた。


「順調だよ。構造もシンプルだし、素材の価格も抑えてるから、かなり量産しやすいはず。問題は、どれぐらい買い手が見つかるか、かな」

「実演すれば、誰でも欲しがるんじゃない? それこそ冒険者とか、商人とか」

「だといいけど、そう順調に行くかな……?」

「うん。きっと大丈夫だよ。空を飛ぶ魅力を伝えるのに、キミほどふさわしい人って居ないから」

「……そうかな?」

「本当だよ。昔は空を飛ぶなんてばかばかしいと思ってた私だって、今はキミの作る機体で飛びたいな、って思ってるぐらいだし」


 それを聞いて、オットーはとても喜んだ。


「それなら、ギルドにある試作機を君にあげるよ!」

「キミって、子供っぽい笑い方するよね」

「そんなことないと思うけど」

「私より公爵様にあげたら? あの人、キミを守るために色々と調整してて、胃が死にそうになってるみたいだから……空でも飛んでストレス解消しないと、そのうちやけ食いしすぎて丸く肥えちゃうかも」

「あ、そっか。確かにそのほうが良さそうだ」

「でしょ? じゃあ、おやすみ」


 二人は別れて、それぞれの部屋に向かう。



- - -



 〈妖精公〉様が空を飛ぶ。

 その知らせを聞いて、街中の人々が宮殿の付近に集まっていた。

 通りのあちこちに出店があり、ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。


 それだけではなく、近隣の国からも見物に貴族が集まっていた。

 宮殿の中庭は各国の貴族でごった返している。

 この飛行を成功させれば、おそらく彼らから注文が殺到するだろう。

 貴族社会は国を越えて繋がっているものなので、うまく行けば貴族経由で世界に〈ロガロ・ウィング〉が広がり、飛行の普及の足がかりになる。


「街に活気が戻ってきたね。君のおかげだ」

「いや……川が赤くなって街の活気が無くなったのも僕のせいなんじゃ」

「細かいことはいいじゃないか。それより、わたしが事故りそうになったら助けてくれよ、お願いだからね」


 〈ロガロ・ウィング〉を背負った公爵が、準備を終えて言った。


「任せて」

「きゅー!」


 〈ライトフライヤー〉でいつでも飛べる状態のオットーが返事する。

 久々に彼と飛べるので、シリンは嬉しそうだ。


「よし、信じてるからね。じゃあ行こうかな、〈リベレーター〉!」


 三角形の翼から、青色の光翼が延びる。

 貴族たちがどよめいた。


「あの魔法……!」

「シンプルながらエレガント! そして新しい!」

「開発者がそこの少年だというのは本当なのか?」


 そして、公爵ロガロが地を蹴って飛び上がる。

 貴族たちの首がそれを追って一斉に空を向いた。


「おお……!」

「素晴らしい! 人が鳥のように空を飛んでいる……!」

「商業、軍事、そして純粋な移動手段として! 革命的な発明だ!」


 オットーはこそばゆい気分になった。

 馬鹿にされていたのが遠い昔のようだ。


「さて、僕たちも行こうか」

「きゅ!」


 ……そして、ちょっとしたイベントと化した公爵の飛行は大盛況で終わった。

 集まった住民も貴族も、みな〈ロガロ・ウィング〉に好印象を抱いたようだ。

 航空産業ギルド〈アヴィエイシア〉に注文が殺到し、数年先の生産分まで予約が埋まってしまった。


 一人の少年が抱いた夢と情熱が、ついに世界へと広く伝播しはじめた。

 だが、まだ彼の人生は始まったばかりだ。

 

「生産は順調だし、今日は何をしようかな? たまには冒険者としての仕事もしておきたいし、職人を探して空島のオリハルコンも実用化したいし……うーん」


 オットーは窓の外を見た。

 穏やかな秋の空。絶好の飛行日和だ。


「ちょっとぐらい遊んでもいいか! よし、空を飛びに行こう!」

というわけで、第三章はこれで完結です!

ここまでお読み頂きありがとうございます! 思ったより多くの人に読んでもらえて嬉しいです。

書きたい新作と並行してストックを作っていくので、四章の開始までしばらく時間はかかるかもしれませんが、気長にお待ち下さい……!

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