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〈大空の解放者〉


 ミーシャと〈妖精公〉に応急手当を受けて、オットーは目を覚ました。

 真っ先に目に入ったものは、上空で自己再生を続ける赤月だった。


(自爆しておいて、まだ死んでないのか!? くそっ、なんてタフさだ!)


 今すぐにトドメを刺さなければ。これまでの攻撃が無駄になる。

 だが、オットーは動けなかった。ほとんど全身が包帯で巻かれている。


「無茶だよ。大人しくして」

「……ミーシャ? 何でここに?」

「冒険者だから、旅ぐらいするよ」


 ハッ、とオットーがレファの姿を探す。

 いた。だが、彼女もワイバーンも大怪我を負っていて、飛べる様子ではない。

 シリンも力を使い果たしていた。回復は不可能だ。


「まずい……時間が経って自己修復されれば、大変なことになるぞ……!」


 上空の赤月は完全に弱りきって、攻撃をする様子はない。

 誰か一人でも飛べる人間がいれば、楽にトドメを刺せるのだが。


「……ミーシャ。僕のグライダーをここへ持ってきてほしい」

「無茶だって言ったよね!? キミはほんとにもう!」

「違う。飛ぶのは君だ、ミーシャ。他に居ない」

「え……? そんなの無理だよ。出来るわけがない」

「出来る。馬に乗れるなら大丈夫だよ。バランスの取り方は変わらない」

「そんなこと言ったって、私じゃあの光る翼を出せないよ。あそこまで行けない」

「大丈夫。違う魔法を教えられる」

「……そこまで言うなら、やってみるよ」


 ミーシャは地面に刺さった試作機R17を運んできた。

 だが、自爆の影響で翼はボロボロに裂けている。

 修復は不可能だ。


「駄目か……」

「おーい。あっちは無事だよー」


 骨折箇所を固定しながら、レファがワイバーンの背を指差した。

 彼女に渡した〈リリエンタールⅡ〉が無傷で残っている。


「あれって、キミが前に使ってたやつ?」

「そうだよ」


 ミーシャは覚悟を決めて、小型のグライダーを背負った。

 諸々シビアなR17よりは、ずっと操作が楽だ。初心者には丁度いい。


 あとは魔法を教えるだけだ。

 伝授の方法は知っている。オットーは一応、魔法学園の生徒だったのだ。


「ミーシャ、僕の手を握って」

「……うん」


 二人の魔力を繋ぎ、ミーシャの魔力を外から操作して〈リベレーター〉を発動させる。

 出力を絞り、飛んでいかない程度に抑えて、しばらく彼女の体を慣らす。

 こうしていったん魔力の回路を作ってしまえば、楽に魔法が扱える。


「シンプルでしょ? 消費は激しいけど、魔力操作の複雑度で言えば初歩的な魔法と変わらない。僕と同じ才能タレントじゃなくても、十分に使える」


 適正があれば出力は増すだろうが、〈セレスティアルウィング〉のように特定の才能タレントの天才でなければ使えない代物ではない。


「名前は、〈リベレーター〉って言うんだ。多くの人に空を解放するための魔法だから、解放者リベレーター

「キミの気持ちは受け取ったよ」


 ミーシャがオットーの手を握り返した。


「……結局、いい人なんだね、キミって。夢を追ってるだけじゃなくって、その夢を他人に分けてあげたくなったんだ。……私にはちょっと眩しすぎるな」

「え?」

「何でもない」


 彼女は一瞬だけ、諦めたような笑みを浮かべた。


「行ってくるよ」


 ミーシャは昔のオットーの見様見真似で、助走をつけて〈リベレーター〉を使い飛び上がった。

 ふらつきながら試行錯誤を繰り返し、やがて姿勢を安定させて昇っていく。


(やっぱり。身体能力とかバランス感覚は、僕より全然あるはずだもんな。S級冒険者の妹は伊達じゃないか)


 彼女は赤月へと近づき、騎射の応用で小型の弓を引いて放つ。

 ベルトで吊り下がっているから、理論上は可能だが……。


(僕だって両手離しなんてやったことないのに)


 ミーシャは赤月にありったけ矢を撃ち込んだ。

 才能タレントの効果で威力を増している矢が、赤月の体を深くえぐっていく。

 反撃はない。やはりもう満身創痍だ。

 彼女は〈リベレーター〉での攻撃を試みたが、失敗して姿勢を崩した。


「いいぞーっ、やれーっ! ぶっ倒したら宿代タダにしてやるよーっ! ま、もう宿はねえんだけどなーっ!」


 瓦礫と化した建物の屋上に登った男が、大声で声援を送る。

 それにつられたのか、建物の中に隠れて戦況を見守っていた人々が、徐々に街路へと集まってくる。


「……行け、ミーシャ」


 オットーも、かすれ気味の声でエールを送った。


(誰だって、本当は空を飛べるはずなんだ。特殊な才能が無くたって。君だって、きっとやれるはずだ……!)


 声援を聞き、ミーシャが振り返った。

 彼女は一気に〈リベレーター〉で赤月へ近づき、ついに一撃を入れる。

 ちぎれかけていた半月の先端部分に致命傷が入り、半透明の体を流れる無数の血管が引きちぎれて一部が欠けた。

 浮力のバランスが崩れたのか、赤月は大きく姿勢を崩し、そのまま街の外へと落ちていった。


(よし! よくやった、ミーシャ!)


 街中で大歓声が沸き起こり、鐘という鐘が激しく打ち鳴らされる。

 〈赤月〉の討伐は大成功だ。……被害は出たが、どれほど強大な敵であったか考えれば、この程度で収まったのは奇跡的と言える成果だ。

 赤月の本体に加え、Sランクの魔物が合計五体と、赤雨の産んだ大量の魔物。

 自爆で一掃されたとはいえ、そこに大量の飛行型魔物が加わっていたのだから。


 そのことを最も実感しているのは、街の住人たちだった。


「おい! そこで怪我してるの、最初に戦ってくれた人たちだぞ! ワイバーンもいる!」

「何っ!? か、感謝させてくれ! あんたらが居なきゃ、この街は滅びてた!」

「ああ……! 本当に、大虐殺が起こってたかもしれないわ! ねえ、私は絵を描けるのよ! 英雄の肖像画を描かせてちょうだい!」

「君たち、すこし落ち着きなさい。彼らの怪我に響くから」


 色白な金髪の男が民衆を制した。


「公爵様が言うなら……」


 すると、喜びで暴動の一歩手前だった民衆が一瞬で引く。


(公爵だから、って雰囲気でもない。よほど慕われてるんだな)


「少し話をさせてもらってもいいかな、オットー・ライトくん」

「いいですよ。この包帯じゃ、話す以外に何も出来ないですし」

「まず最初に、街を救ってもらったことに心からの感謝を。君にとっては何の義理もない無関係な街のために命を張るなんて、この上なく高潔な行いだ」

「……まあ、あの赤月は、僕が怒らせたようなものですからね……」

「よし、話を変えよう」


 公爵は微笑んでごまかした。


「わたしは前々から、君の飛行機械に興味があってね。ヴェスタリア王国の友人から君の話を聞いて以来、その可能性について色々と考えていたんだ」

「本当、ゴホッ! ですか!」


 大声で自分の体を痛め、オットーが咳き込む。

 彼は歓喜していた。ようやく理解者が現れた!


「そうとも。わたしは君の飛行機械を広めたいと思っているんだ。……人間が空を飛べるなんて、素晴らしいことだよ。経済だとかの実用的な面もあるけれど、何よりも夢がある。それがいい!」

「ですよね!」

「ああ! 人間は根回しだの事務作業だの、週末なのに職場の偉い人間とやりたくもないイベントに付き合わされるだの、そんなことをするためだけに生まれてきたんじゃない! 誰しも、人生には自由さが必要なんだ!」

「僕もそう思います……!」


 公爵のわりに、妙に実感の篭った愚痴であった。

 それはともかく、彼とならやっていけそうだな、とオットーは思った。


「ただ……少し、君の才能タレントが気になっていてね。ほら、才能タレントと人格は結びついていることが多いだろう? それで……」

「〈大空の支配者〉って、性格悪そうな名前ですよね」

「うん? うん」

「実は色々とあって、才能を作り変えてもらったんです。名前も変わりましたよ」

「は? そんなことが可能なのか? いや……まさか、才能タレントの”始祖”になtたってことなのか、君は!?」

「すごい魔法使いに手助けしてもらったおかげなんですけどね」


 オットーは空を見上げた。

 赤い雲の残る青空の中をミーシャが飛び回っている。

 ……もう降りてきたっていい頃なのに、だいぶ楽しんでいるようだ。


(それでいいんだ)


 〈リベレーター〉は、多くの人に空を解放するためのものだ。

 その成果がさっそく出ている。彼は満足していた。


「今の僕の才能タレントは、〈大空の解放者〉って名前なんですよ」

「大空の解放者、か……いい名前だ」


 公爵も空を見上げた。

 赤い雲はすっかり晴れて、雲ひとつない青空が広がっている。

 すぐに、多くの人々がこの空を飛べるようになるだろう。

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