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生物兵器、赤月


 赤月。古代世界を滅ぼしかけた、巨大な生物兵器。

 触手を切り落とされたことで、その兵器がついに本気を出していた。

 赤い雲に隠れて見えない奥から、雹のごとく光弾の弾幕が降り注ぐ。


 それだけではなく、飛行型の魔物が無数に生み出されて空を覆っている。

 世界の終わりを思わせる、絶望的な光景だった。


 だが。

 オットーは既に、その倒し方を知っている。


(大きく避ければいい! いくらお前でも、三百六十度全てを弾幕でカバーすることはできないはずだ!)


 赤月の戦い方は、〈大空の支配者〉とよく似ていた。

 対処も同じだ。試作新型高速機R17の機動性を活かし、大きく避ける。

 弾幕をくぐり抜け、赤い雲を覆っている結界を〈リベレーター〉で一閃。


 ガギギッ、と凄まじい音がして、魔法の翼が弾かれた。

 乱れた飛行姿勢を瞬時に戻し、彼は追撃をかわす。


(な!? 切れ味は〈セレスティアルウィング〉と変わらないはずなのに!)


 だが、彼はその可能性も考えていた。

 感性で戦うレファと違い、彼は研究で戦うタイプだ。対処法はある。


「それだけ魔力が多いんなら、逆に使わせてもらうよ……!」


 飛びながら、彼は瘴気ロケットの外装に工具で穴を開けた。

 内部に装填された高濃度魔力が噴出し、瘴気だけが残る。

 そして、弾幕をかわしながら結界へ突進した。


「固定具解除、ロケット投棄! ……行けっ!」


 瘴気を満載したロケットが結界に衝突し、ひしゃげて中身が噴出する。

 それは強固な結界が持つ濃密な魔力と反応し、大爆発を引き起こした。


 歪んだ結界の割れ目へと〈リベレーター〉を突き立て、更に傷口を広げる。

 綻びが致命的な地点に達し、結界が崩れ、本体の姿をあらわにした。

 半月状の化け物が、全身から魔物を生みながら魔法を乱射している。

 各所に生えた触手は、今やほとんどが切り落とされていた。

 レファの方も順調に戦果をあげている。


 真紅のワイバーンが、地上へと銀色の粒子を振りまいているのが見えた。

 シリンの回復魔法だろう。


(あんなの使えたっけ? ……アイテラにでも教えてもらったのか)


 弾幕を避けながらそんなことを考えられるぐらい、オットーには余裕があった。

 出処が隠れていたさっきまでとは違い、反応するのが楽だ。


「行くぞっ!」


 オットーは〈リベレーター〉の出力を全開にして、一気に距離を詰める。

 あらゆる機動を組み合わせた不規則的な軌道で弾幕を大きく避けて、不気味にうごめく赤月の体を斬りつける。半透明な体が赤く染まり、血が滝のように流れた。

 迎撃の密度が一気に増したが、オットーはその全てを置き去りにしている。


(もう一度……ん?)


 地上から大きな悲鳴が聞こえてくる。

 滝のように流れる血の下、巨大な魔物が何体も生まれていた。

 そのうちの一つを、オットーは見たことがある。〈ベヒモス〉だ。


(S級! 他の魔物も危険度S級か!? 頼んだぞ、レファ!)



- - -



 レファは微妙な機嫌だった。

 オットーに速度で負け、到着が遅れた。だから機嫌が悪い。

 だが同時に、翼竜の下にぶら下げたロケットブースターはものすごい加速を発揮しているので、だいぶ機嫌が良くもある。


 到着後、彼女は分厚い赤雲の下でひたすら触手へランスチャージをかけた。

 翼竜の速度と質量が乗った突撃で、一撃で仕留めていく。

 切り落とされた触手が次々と地上へ落ちて、建物を壊し粉塵を巻き上げた。


「きゅ……」


 やむなく翼竜に乗っているシリンが、その様子を見て悲しげに鳴いた。


「仕方がない!」


 更に触手を切り落とす。住宅の密集地域に落ちた。

 その落下地点へと、救助のために走ってくる男女がいた。

 だが、赤雨によって生み出された魔物に追われている。


「きゅ、きゅー!?」

「触手が優先!」


 迎撃を続けるワイバーンの背から、シリンが身を乗り出して地上を見守る。

 女のほうが素早く弓を抜き迎撃したが、間に合わず接近戦になった。

 ……もみくちゃの乱戦を、何とか制したようだ。

 だが、ひどい傷を負っている。


「……きゅーっ!」


 シリンは全力で回復魔法を放った。

 銀色の粒子が二人のもとに落ち、傷を癒やす。


「……きゅう……」


 遠距離での回復に力を使い果たして、シリンがふらついた。


「ちょっと! 回復は私とカルマジニちゃんに残しといてよ! もー!」

「……」

「……あれ!? 雲が薄くなってる!」


 赤月の赤い雲は、本体の防御を兼ねている、とアイテラが言っていた。

 下から本体がハッキリ見えるということは、結界を割ったということだ。


「わっ、すごい弾幕!」


 空を埋め尽くす魔法攻撃の嵐が、超高速で飛び回るオットーを追って振り回されている。


「……速い……」


 レファが呟く。

 彼がアイテラと協力して作った新しい才能タレント、そして新しい魔法のおかげか、一回りも二回りも彼は速くなっていた。

 速度で彼女が負けている。


(今だけだからね。その〈リベレーター〉は私でも覚えられるんでしょ? そうなれば、すぐにまた逆転するんだから……!)


 彼女が心の中で負け惜しみを言っている間に、オットーが赤月へ一撃を入れた。

 血が滝のように吹き出して、街中に赤色の川を作る。

 その川がぼこぼこと泡立ち変形し、強大な魔物が生まれてきた。

 中でも、火を纏った恐ろしげな巨大蛇が目立っている。


「〈大火(アゴーニェ)ズメイ〉! それにベヒモス! S級だ!?」


 他の魔物もS級なのだろう。彼女は愛騎に突撃指示を出した。

 ランスをしっかりと固定し、狙いを定める。

 ……だが、素直にランスチャージを受けてくれるほど弱い魔物ではない。

 互いに決め手を欠き、戦いは膠着した。

 せめて一体でも減らせれば、戦況は傾くのだが。


「ああ、もう! カルマジニちゃん、奇襲を狙おう! 低空行くよ!」


 彼女は街路のすれすれまで降りて、建物で姿を隠しながら奇襲をかけた。

 炎の蛇へとまともにランスが突き刺さる。


「〈エアブラスター〉!」


 ランスの先端から放たれた魔法がトドメを刺した。


「よし、次!」


 彼女はようやく膠着を打開し、脅威度S級の魔物を仕留めていく。

 その間にも、頭上のオットーは赤月へと攻撃を重ねていた。

 滝のように降り注いでいた傷口の血は、もはや雨と区別が付かないほどに勢いを減らしている。これ以上S級の魔物が出ることはない。


「いくら生物兵器でも、あれだけ血を失えば限界が近いよね……!」


 赤月が弱ったのを見て、これまで隠れていた人々が反撃を開始した。

 沈黙していた城壁の兵士たちが、赤雨によって生み出された地上の魔物を掃討し、瓦礫の下敷きになった人々の救助をしていく。


「こっちも、あと一匹!」


 今までランスチャージをかわしつづけてきたベヒモスを相手に、レファはフェイントをかけ、回避を誘って貫く。

 S級の魔物は狩り終わった。これで勝ちだ。


 ……というところで、赤月が奇妙な動きをした。

 周辺から、風と共にありったけの魔力を吸い上げている。

 半透明の体がパンパンに膨らみ、今にも破裂しそうだ。


「何を……」


 そして、赤月が炸裂した。

 衝撃波が雲を揺らがし、赤い雲の合間に青空が覗く。


「……自爆!?」


 赤色の物体が、全方位へと飛び散る。

 雨でも血でもない。それは集めた魔力と血液を混ぜて硬化させた魔石であった。

 アイテラからは自爆するなど聞いていない。

 ……赤月は生物であり、代を重ねることで突然変異が起こりうる。

 その性質が、最悪な形で噴出していた。


「ッ! 〈ウィンドシールド〉!」


 風の盾は飛来する魔石の凄まじい勢いに耐えきれず、破れた。

 鋭い魔石が、レファとワイバーンに降り注ぐ。

 ……致命傷は避けられた。だが、翼には無数の魔石が突き刺さっている。


 真紅の翼竜カルマジニは気を失い、地上へと真っ逆さまに落ちていく。


「カルマジニちゃん! 目を覚まして! お願いっ!」

「……きゅ……っ!」


 シリンが最後の力を振り絞り、回復魔法を放つ。

 翼竜が目を覚まし、身を捩り、上昇できずに激しく地面へと激突した。


「わっ!?」


 その勢いでレファは放り出され、激しく全身を打ち付けた。

 骨のいくつも折れる音がした。

 ……倒れた彼女は、激しい血の痕に気付いた。

 翼竜の腹が石畳に削られた、と気付き、彼女は瞬時に立ち上がる。

 変な方向に折れ曲がった足を強引に動かし、愛騎の元へ駆け寄る。


「カルマジニちゃん……!」


 彼女は翼竜の傷を確かめる。

 ……どういうわけか、みるみるうちに傷が塞がっていた。

 力を使い果たしたシリンが、翼竜の背から滑り落ちてくる。


「わっ。あ、そうか、回復魔法……」


 シリンを抱きとめたレファは、その勢いで地面に転んだ。

 空から機体が落ちてきて、すぐそばに突き刺さる。

 R17。その試作機の翼はズタボロで、とても飛べそうにない。


「……オットー?」


 空に落下傘が開いていた。彼女の落下傘を貸したままだ。


(あ。良かった……あれ?)


 速度が落ちていない。ほとんど自由落下している。

 落下傘は魔石で穴だらけだ。

 オットーの体にも魔石が突き刺さり、ぴくりともしない。


(嘘だよね?)


 あのまま落ちれば、間違いなく死ぬ。

 そう気付いた瞬間、レファの心が激しく泡立った。

 そんなのは嫌だ。やっと見つけたライバルなのに。

 ……最高に息が合っていたのに。

 もっと二人で、色々なことができたかもしれないのに。


(やだよ……やだよ!)


 今の彼女には、何をすることもできない。


(誰でもいいから……何とかしてよ……!)


「大丈夫?」


 弓を携えた女冒険者が、彼女に声をかけた。


「私はいいから!」

「……分かってる。頑張ってみるよ、冴えないC級冒険者なりに」


 女冒険者が、オットーの落下地点に走った。

 彼女はロープを結んだ矢を背の高い建物へと放ち、空中にロープを張る。

 そこへオットーの落下傘が引っかかり、着地の衝撃を和らげた。


(あ。よ、良かった。これで助かる……)


 ぽつ、と水が彼女の頬を叩いた。


(……? 涙? なんで私、泣いて……)


 レファは瞳を拭った。

 涙は流れていなかった。


「え?」


 彼女は上空を見上げた。

 自爆で穴だらけになった赤月が、その傷口をじわじわと修復していた。

 いったんは晴れた空に、再び赤い雲が立ちこめている。

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