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解放者


「来たか、少年。面白い玩具を作ってきたようだな」


 白い空間に浮かぶ〈大空の支配者〉が笑う。


「それでいい。自らの才能(タレント)を作るからには、独自性がなくてはな。私と同じ戦い方をしたのでは意味がない。どの程度のものか、見せてもらおう」

「全力でいかせてもらうよ」


 オットーは試作機の最新バージョン、”R17"を想像した。

 三角形に近いシンプルな翼はそのままに、左右三組づつ試作瘴気ロケットエンジン〈シガーⅠ〉が固定されている。


「ああ、そうしろ!」


 風が揺らぐ。前回と同じような叩き潰し攻撃だ。


「全ロケット一段点火、〈セレスティアルウィング〉!」


 三組のロケットが炎を吐く。体を固定していなければ一瞬で吹き飛ばされるほどの異常加速で、低速域を飛ばして瞬時に高速機R17の生きる速度域まで突入した。

 いくつか飛んできた攻撃は、全てオットーの後方に流れている。


「あくまでも速度で避けるか。面白い、ならば!」


 〈大空の支配者〉が、面を埋め尽くすように大量の魔法を放った。

 爆発や電撃といった範囲攻撃を進行方向にばら撒いている。


「無駄だよ!」


 オットーが鋭く旋回し、攻撃範囲そのものから脱出した。

 速度さえ乗ってしまえば、シンプルで軽量なこの機体は十分によく曲がる。


「それはどうかな?」


 〈大空の支配者〉を覆うように放たれる無数の範囲攻撃は、オットーの接近を阻んでいる。

 攻撃のために接近すれば、自分から魔法の嵐に突入することになってしまう。

 オットーが選んだ超高速飛行という策への最適な対策だった。


「そのまま避け続けてどうする気だ? 言っておくが、私に魔力切れはないぞ」

「知ってるよ」


 オットーは攻撃のパターンを観察し、じっくりと待つ。


(風、風、炎、電撃、結界……一拍置いて、風。そのループだ)


 防御のための結界を挟んで、わずかに呼吸を入れている。空間そのものを埋め尽くすような魔法の乱射を続けるのは、さすがの〈大空の支配者〉も大変らしい。


(しかし、なんて威力なんだ!? 魔法の一発一発が学園の教師の必殺技クラスだ!)


 オットーの額に冷や汗が流れた。


「これが〈大空の支配者〉の戦い方だ、少年。〈セレスティアルウィング〉に付与されている攻撃能力は非常用にすぎない。低速で移動しながら空間からの魔力吸収を活かし圧倒的な魔法で空を支配するのが、この才能(タレント)の使い方だ」


 近づけない。避けるのが精一杯だ。

 〈大空の支配者〉という名に相応しい支配力の魔の手が、オットーへ伸びる。


「……僕の戦い方は違う」

「その通りだ。才能(タレント)を作るための方法に、何故この夢に近い空間が選ばれているのか、考えたか? ここは想像が現実化する世界だぞ」

「まさか……」

「そうだ。想像しろ。自分が根源から強く願う想いを形にしろ」


 オットーはわずかに距離を取った。


(僕の想い。……自由に飛びたい。でも、それだけじゃない。きっと僕は、一人だけで飛んでいたいわけじゃないんだ)


 彼の脳裏へと、真っ先にレファの姿が浮かんだ。

 彼女だけではない。多くの人々に助けられてきた。


(飛行の研究に興味を持って出資してくれたベルガーおじさんに、空戦の練習に付き合ってくれたリントヴルムに。シリンには命を助けられたし、レファが居るおかげで僕は一人じゃない)


 そして、それと同じぐらいに、彼は人を助けてきたのだ。


(レファにはまた”つまんないこと気にする”って言われるかもしれないけど……でも。故郷のみんなが僕が飛んでるのを見て笑顔になってくれた時、僕は嬉しかった。自分の夢が自分のものだけじゃなく、皆の夢になったような、あの感じ……)


 はっ、とオットーが表情を変えた。

 そうだ。自分の夢を、皆の夢に。


(僕の才能(タレント)に、複雑な魔法は要らない。シンプルな魔法で十分だ。そういう魔法なら、同じ才能タレントを持ってない人でも扱えるから)


 〈セレスティアルウィング〉を消す。

 あの驚異的な破壊力を持つ複雑な大魔法は不要だ。

 そもそも〈大空の支配者〉のように浮遊するのが本領で、飛行には無駄が多い。


(シンプルに。推進力だけでいい。体から翼を生やすのも無駄が多い。機体の翼を補助するように、外側へ伸びるようなものを)


 三角形の翼の外縁から、青く輝く翼が現れる。

 生物的な〈セレスティアルウィング〉とは違い、直線的で単純な作りだ。

 機能を絞った分だけ効率が良くなっている。速度が一段と増す。


(……魔物からの護身を考えると、攻撃力も必要だ。〈セレスティアルウィング〉と同じように、速度比例で切れ味を増すように……)


 青い翼の前縁が、鋭い刃となって輝く。

 ……機能を絞った分だけ、その切れ味は更に増していた。

 〈セレスティアルウィング〉以上の過剰な威力だ。


(低速域だと威力が出ない方がいいな。他の人が使う時に危ないし)


 切れ味に振り分けられている魔力を推進力に配分する。

 〈セレスティアルウィング〉よりも燃費がいい。

 この魔法は空間からの魔力吸収が可能な才能を持っていなくとも運用できる。


「ふむ、面白い! 自らの力を突き詰めるのではなく、他者を導こうとするか!」


 〈大空の支配者〉が笑った。


「だが、忘れていないか? 才能(タレント)を完成させるには、私に勝つ必要があるぞ? その劣化した〈セレスティアルウィング〉で私に勝てるか?」

「勝てる。これは劣化じゃない! 僕の用途に特化したんだ!」


 〈セレスティアルウィング〉を変化させたことを除けば、彼の才能(タレント)はそのまま〈大空の支配者〉である。

 魔法の効率が上昇した以上、彼の能力は単純に強化されていた。


「更に速くなったところで、私の支配から逃れられるかなッ!」

「逃れてみせるさ! 唸れ……」


 オットーは、青く輝く翼を見た。

 この翼の名前も、才能タレントの名前も、もう決まっている。


「〈リベレーター〉ッ!」


 魔力の風が爆発的に放出される。翼が甲高く、そして力強く鳴いた。

 暴力的な〈セレスティアルウィング〉とは違う、安定感のある加速。


「速度が増した程度で、私の魔法を突っ切れるとでも!?」


 オットーの前方に、範囲攻撃の網が張られる。


「いいや! この魔法の真価は!」


 彼の飛行軌道が、稲妻のように折れ曲がった。


「機動性だっ! 航空力学的な特性を研究してない〈セレスティアルウィング〉よりも、はるかに風をよく掴む!」


 残像を残して素早い回避軌道を取るオットーが、大きく範囲攻撃をかわす。


「やるな! だが、そこまでだ!」


 〈大空の支配者〉が手を振った。無数の魔法が形成されていく。

 避けようがない。活路は一つ、さらなる速度。


「今だ! 全ロケット二段点火ッ、行けえっ!」


 オットーが、弾丸のごとく空を突き進んだ。

 魔法が完成されるよりも速く、〈リベレーター〉の青き翼が貫く。


「……見事だ!」


 〈大空の支配者〉が、大きく頷いた。

 彼女に傷はない。かわりに傷跡が白く輝いていた。


「私に勝てれば、〈赤月〉にも……いや、そのうち何にだって勝てるだろう! ろくな魔法も使えなかった少年が、この短時間でこうも強くなるとはな……!」

「あなたが〈セレスティアルウィング〉を僕にくれたおかげだ」

「知っているとも。だが、お前はあの魔法があろうと慢心せず、常に歩みを止めなかった。誰もが出来ることではない。誇れ、少年! 君は私を越えた!」

「……ありがとう、師匠。あなたが居なければ、僕はきっともう死んでいた」

「ふ。師匠、か。悪くない響きだ。今頃オリジナルの私が嫉妬しているぞ」


 彼女は笑い、翼を消して着地した。


「私という人格は、人間に魔物と戦う力を与えるシステムの副産物にすぎない。だから、まあ……できれば、オリジナルにもう少し優しくしてやってくれないか」

「いや、あっちはちょっと……こう、色々と」


 性格が悪い、という言葉をオットーはこらえた。


「仕方のないことだ。赤月が空を埋め尽くして滅びゆく世界の中、たった一人で必死に抗うなど尋常な生き方ではない。色々と事情も抱えているからな……ストレスで性格も歪むさ」

「……なるほど」

「口も態度も悪いが、内面は柔らかいはずだぞ。試しに頭でも撫でてみろ。きっと嫌がるそぶりをするだろうが、撫でるのを辞めたら辞めたで嫌そうな顔をするはずだ。私が言うんだから間違いない」

「ほんとに猫みたいなやつだな……ん?」


 オットーは、飛んでいるはずなのに落ちているような感覚を覚えた。

 この空間から叩き出される前兆だ。


「先の戦いで、お前の魂は才能タレントに刻まれた。あとは加工機の手によって、相応しい才能タレントへと作り変えられるだろう。これでお別れだが、特に言うこともないな。既に一度別れているし、オリジナルもいる」


 彼女は肩をすくめる。


「好きに生きろ。さらばだ」


 そして、オットーはポータルから現実世界へと帰還させられた。

 アイテラの操作する魔法機械が慌ただしく魔法陣を点滅させ、今の戦いによって変質した才能の加工を進めていく。 


「勝ったか。言っておくが、我もどきに勝ったからといって、この我に勝てるなどと……うわ、何をする!?」


 機械の操作に集中しているアイテラの頭を、オットーは撫でてみた。

 めちゃくちゃ嫌そうな顔をしているが、特に引っ掻いてこない。

 よく手入れされていて柔らかい感触だ。十分に撫でたあと、彼は手を離す。


「……」


 アイテラは、離れていく手を不満気に睨んでいる。


「なるほど言われた通りだ」

「おい!? 何を言われた!?」


 それからしばらくして、水晶の中にある白もやが強く輝き、飛び出してオットーの胸の中へと収まった。


「完成だ。調子はどうだ」

「しっくりくる」


 オットーは拳を握りしめた。力が内からみなぎってくる。

 これで〈赤月〉と戦う準備は整った。


 彼は工房から滑走路に出て、赤い雲を探す。


「……あれ?」


 いつの間にか、赤い雲は居なくなっていた。


「む。……逆にまずいかもしれん」


 アイテラが唸った。


「攻撃モードに入ったままの〈赤月〉が世界に放たれてしまえば……」

「……何も知らない人が犠牲になってもおかしくない」



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