瘴気ロケット
〈赤月〉が魔法を使ってくるというなら、その対策が必要だ。
いくらオットーとはいえ、その全てを避けることは出来ない。
(いっそのこと、オリハルコンで装甲化した機体を作ってみるか?)
オットーは一瞬そんな方向性も考えたが、試しに設計してすぐに辞めた。
出力に対して機体が重すぎるので、ただの浮かぶ的になってしまう。
(いや。やっぱり今の試作機の方向性でいい。魔法を振り切るぐらいに速く飛ぶ)
だが、既に今の試作機R16は限界まで高速化されている。
何か新しい推進力でもないかぎり、今以上に速く飛ぶのは不可能だ。
「どう? うまく行きそう?」
「全然。アイテラに頼って魔法を教えてもらうべきかもしれない」
頭を抱え込んだオットーが答える。
「てか最初から教えてもらえばいいんじゃないの? 何で断ったの?」
「……僕はさ、魔法ってあまり好きじゃないんだ。特に、才能に左右されるとこ」
「ふーん?」
「実は、この前の夜にレファと話して思い出したんだけど。かなり昔に考えてた夢があってさ」
「なに?」
レファは柔らかい笑顔を浮かべた。
「いつか、飛行機械をたくさん作って売り出したいんだ。僕が飛ぶだけじゃなくて、皆にも空を知ってもらいたい。そのためには、あまり魔法の勉強をしてると回り道だし、できるだけ設計のほうで試行錯誤するべきかなって」
「あー、わかる。ちょっと趣味で飛べるぐらいに気軽になればいいよねー」
それは遠い将来の話だ。誰でも扱えるような機体はまだ作れていない。
量産ともなれば材料の問題も出てくる。
だが、純粋な空への愛は彼の原点であった。
「でも、打つ手が見つからなくてさ……」
「ねえオットー、私の大事なものと〈リリエンタールⅡ〉を交換しない?」
「大事なもの?」
レファは滑走路に止まっている真紅のワイバーンから、長大なランスを外す。
彼女が普段使っているものとは違い、ひどく歪んで焼け焦げている。
「コンラート団長のランス、拾ってずっと持ってたんだけどね。どうもこれ、ランスの側に仕掛けがあるみたいなんだ。参考になるんじゃないかな?」
オットーは、翼竜騎士団長がランスの後端から煙を吹いて爆発的に加速する様を思い出した。あの推進機構は、結局どういう仕組みだったのか見当もつかない。
もしもその秘密を彼の機体に活かせれば、かなり話が変わってくる。
「いや……見せてもらうだけで十分だよ」
「本当に? 研究とかってよく分からないけど、分解したりするんじゃないの?」
「ま、まあ……」
「それに、ほら、あの折りたたみグライダー欲しいからさ! 駄目かな?」
「駄目じゃないけど、本当にいいのか?」
「もちろん。焦げててまともに使えないし、有効活用したほうが団長も喜ぶよ」
「分かった。交換しよう」
オットーはランスを受け取り、予想外に重くて地面に取り落した。
「重っ!?」
「アダマンタイトの特別製なんだよ。何でか知らないけど」
オットーは地面のランスをよく観察した。
先端は高純度魔石とミスリルで作られていて、魔法の杖に近い作りだ。
それ以外の外装はおそらくアダマンタイト。
重いかわりに極めて強固な素材だ。
そして後端にはスイッチのついた焼け焦げた持ち手と、炎で溶けて塞がった細いノズルらしきものがある。
試しにスイッチを押そうとしてみたが、もう動かなかった。
(駄目だ、中を見る手段がない。やっぱり切らなきゃ駄目か)
内部構造を知るために、オットーはランスを切断する決断をした。
工房にあるオリハルコン製工具を持ってきて、ぎこぎこと削り切る。
かんっ、と後端が地面に落ちた瞬間、黒いもやが中から噴き出した。
「わーっ!」
アイテラが慌てて風を起こし、もやを工房の外に追い出す。
「愚か者! 精密魔法機器の近くで瘴気を起こすな! 最悪、爆発するぞ!」
「瘴気……爆発……?」
「そうだ! 高濃度の魔力と瘴気が混ざると、危険な魔力爆発が起きる!」
「そういう仕組みなのか!」
オットーは中の瘴気が抜けるのを待ち、内部構造を確かめた。
溶けていて分かりにくいが、中身は隔壁で二つに分かれていたようだ。
その隔壁はスイッチと繋がっている。押された瞬間に隔壁が外れて瘴気と魔力が混ざり合い、その爆発が後端のノズルがら吹き出して出力になる仕組みだ。
「ああ、それは瘴気ロケットか? 懐かしい。我はよく大人に撃っていたものだ。あまり柄のいい玩具ではないが、子供が中身を吸っても気分が悪い程度で済む」
「玩具……」
というか瘴気ってそんな扱いでいいのか、とオットーは思った。
魔法学園では、ものすごく体に悪い危険物だと習った記憶がある。
(色が黒くて不気味だから、みんな避けてたってだけなのかな)
アイテラが気分が悪い程度で済むというからには、そうなのだろう。
「魔法と比べれば玩具並に単純だ。あれならば、現代の文明でも作れるであろう」
「瘴気さえ調達すれば、あとは充填するだけで良いのか」
瘴気を放つ場所や物はありふれている。大抵の火山からは瘴気が吹き出しているし、鉱山によっては瘴気の篭った鉱石が採掘されるぐらいだ。
「必要なら、ミアズミウム鉱石はこの工房にも保管してあるぞ? あれは勝手に瘴気を吹き出すから、集めて濃縮するだけでいい。ただ、ここではやるなよ」
アイテラは器用に工房の棚を開き、密閉容器をオットーに手渡した。
「ありがとう。さっそく試してくるよ!」
満面の笑みを浮かべたオットーが、いくつか実験器具を掴んで走っていった。
(〈セレスティアルウィング〉に頼らない推進力! 喉から手が出るほど欲しかった、待望の魔法じゃない推進力だ! うおおおおおっ!)
彼はそれから数日間、ほとんど不眠不休で実験とデータ集めと設計を行い、驚異的な速度で試作型瘴気ロケットエンジン〈シガーⅠ〉を完成させた。
名前の通り、ただの葉巻型の筒だ。二段階に分かれて点火できる。
構造は単純なので、寝不足でもほとんど事故は起こっていない。
内部隔壁をミスリルで作ろうとして、魔力がミスリル越しに瘴気へ伝わってしまい暴走したりはしたが、その一件で済んでいる。
〈ライトフライヤー〉に固定されている荷物入れを外し、その固定具へ〈シガーⅠ〉を固定して、操作用のワイヤーを張って装着は完了した。
「さあ、離陸するぞ! 後方クリア、一段点火!」
両翼の下についた金属筒が炎を上げて、機体をゆっくり持ち上げた。
〈セレスティアルウィング〉とさほど変わらない、十分すぎるほどの推力だ。
「きゅいー!」
何が何でも乗りたがって試験に同行しているシリンが歓声をあげた。
それからしばらく〈シガーⅠ〉は燃え続け、そこそこの速度へ乗ったあたりで燃え尽きる。
「やったじゃん、オットー! いえーい! カルマジニちゃん用のも作ってー!」
「ああ、任せろ! これで色々と幅が広がるぞ……!」
事故に備えて待機していたレファが、隣に飛んできて親指を立てた。
「次は高速高高度での点火を試すから、ついてきて!」
「分かってるよー!」
〈セレスティアルウィング〉を使い、オットーがそこそこ高度を上げていく。
……相変わらず、雷雲の向こう側には赤色の雲が立ち籠めている。
いつまで経っても突破できないようだ。
オットーは高度と速度を上げて、手元のワイヤーを引いた。
「二段点火!」
空気抵抗が少ない分だけ、ぐいぐい速度が上がっていく。
〈ライトフライヤー〉の翼が軋んだ。このままだと速度限界を超える。
(や、やばい……!)
魔法と違い、速度を落とす手段がない。曲がれば翼が折れるかもしれない。
十分に限界速度から余裕を持たせて加速開始したのだが、予想外に速かった。
「オットー!」
レファがそばにつけて、オットーへロープを投げた。
彼がしっかり掴んだのを確認し、減速して引っ張り速度を落とす。
「た、助かった……!」
「まったくもー! 無茶は私の専売特許なんだから、オットーはもっと頭いい人っぽくちゃんと計算とかしてよー!」
「ごめん……ちょっとノリで無理しすぎたかも……シリンも居たのに……」
彼は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
……何はともあれ、秘密兵器の完成だ!
ついにストック切れました。とりあえず三章の完結までは毎日更新で頑張っていきたいんですが、間に合わない日が出るかもしれないので、そこはご了承ください……




