師匠と弟子
「始めよう。その水晶に手を置け」
ギルドで諸々の測定に使う水晶とよく似た見た目だ。
しかし、その下部には得体もしれない魔法機械が接続されている。
シリンがその機械に触って、難しそうな魔法陣を操作していた。
「これは才能の抽出と挿入に使う編集機だ。これを使って引き剥がし、隣のタレント・デザイナーで加工し、また戻す。そういう手順になる」
とんでもない技術力だった。現代の常識を大きく飛び越える超技術だ。
驚くにも今更だったが、それでもオットーは感嘆の声を漏らした。
「おお、加工……。具体的にはどう変えるの?」
「それを決めるのはお前の仕事だ」
「え?」
「やれば分かる。進めるぞ。シリン、スイッチを」
「きゅー!」
魔法機械の直線だけで構成された奇妙な魔法陣が輝き、水晶が熱を持つ。
意外とあっさり、白い靄のようなものが手のひらから抜けて水晶の中に入った。
アイテラが隣の機械を操作した。
円形のポータルが開く。それは真っ白な次元へと通じていた。
「一種の内的空間だ。入って、話をしてこい」
言われるがままに、オットーはポータルの内部へ入った。
……昔、〈大空の支配者〉と会っていた夢の景色とそのままだ。
「やあ。また会ったな、少年」
顔色の悪い美女が言った。
「……こうして見ると、元になったやつと似てるような似てないような……」
「私もショックだ。まさか私があんなやつだったとは」
彼女は肩をすくめた。
「しかし、いまいち暴れ方が大人しかったようだな? 私が鍛えたのだから、月一ペースで世界の危機を解決してもらわなければ困るぞ?」
「今まさに世界の危機を倒そうとしてるところなんだけど」
「ああ。そうだったな。なら、早速はじめるとするか。お前のスタイルを考えれば、これ以上なにか魔法を教えても意味がないしな」
彼女は〈セレスティアルウィング〉を展開し、空へと浮かび上がった。
「やるって、何を?」
「才能の加工は、つまり魂の加工だ。物を加工するにはどうする?」
「……熱して叩いて曲げる?」
「その通り。私と熱い戦いをして、お前の魂を打ち込んでこい。それで、お前の魂が私という欠片と混ざり合い、新たな才能へと変化するはずだ」
「そんな力技でいいんだ……」
「言っておくが、難易度は高いぞ?」
〈大空の支配者〉が威圧的に腕を組む。
オットーは背後を振り返った。
「機体を取りに行きたいんだけど」
「ここは現実ではない。夢の次元だ。想像すれば出せる」
半信半疑で、オットーは〈ライトフライヤー〉を想像した。
本物と寸分違わないレプリカが出現する。
「設計者だけあって、精密な再現だな。流石だ。さあ、来い」
少し唐突すぎるので、オットーは心の整理をした。
ほとんど独力で研究してきた彼にとって、〈大空の支配者〉は唯一の師匠にあたる存在だ。
彼女の魔法がなければ、オットーは自然の風に頼って山間部を滑空することぐらいしかできない。
彼の努力と研究は、〈大空の支配者〉と合わさって初めて花開いた。
「……何だか、恩人を殺すみたいで気が引けるな」
「心配するな。新たな才能が作られても、私が死ぬわけではない。内部に情報が残っていて、稀に先祖返りでの継承が起きるシステムになっている」
「そうなんだ。本当に人造システムなんだね、これ……」
「半分ぐらいは遺伝メカニズムそのままだがな。いいから戦うぞ」
「分かった。胸を借りるつもりでいくよ」
オットーは跳び上がり、その瞬間に何かの風魔法でぶっ叩かれた。
(うわっ!?)
地面のない真っ白な空間を落ち……ひたすら落ちた末に、彼はポータルから吐き出されて元の場所へ戻って来た。
水晶から白もやが吐き出され、勝手にオットーの中へ戻ってくる。
「しゅ、瞬殺……」
「やつは我が元なのだぞ? 魔法対策がなければ勝てるわけがない」
にやついた顔のアイテラが、倒れたオットーを覗き込んだ。
「それを先に言ってよ!?」
「体感したほうが話が早いだろう」
あ、やっぱり〈大空の支配者〉はこいつが元だな、とオットーは確信した。
「それに、仮想の〈赤月〉としても都合がいい。赤月は身の危険を感じると魔法を連射してくるからな」
「触手で殴ってくるだけじゃないのか……」
「あれは省エネだ。いいか、少年。”我もどき”、そして赤月を討伐するために取れる道が二つある。一つは我に師事して魔法を極め、〈セレスティアルウィング〉の細かい操作と魔法戦闘を身につける道。もう一つは……我の知らない”コークーリキガク”だかなんだかいうやつで何とかする道だ」
「後者」
オットーは即答した。
黒猫の金色の瞳が驚きで丸く見開かれる。
「頑固なやつめ。魔法を相手にそのアプローチでは、明らかに分が悪いだろうが。なら勝手にするがいい。また挑みたくなったら我に言え。師事したくなった時も」
アイテラはどことなくスネた様子で、オットーに背を向けてどこかへ言った。
「あー。弟子にしたかったんだー。ねー、弟子にしたかったんだー」
「黙れ小娘。引っ掻くぞ」
「空島に一人っきりで寂しかったとこに自分の血筋が来て嬉しかったんだー」
「ふしゃー!」
いつの間にか居たレファが、思いっきり容赦なく顔面を引っかかれた。
怒ったレファが容赦なくアイテラを蹴っ飛ばす。
アイテラが光翼を生やして空中に留まり、輝く魔法の光線を連射した。
「〈ウィンドシールド〉!」
「む……!?」
風の盾がアイテラの魔法を防ぐ。
「弱体化しているとはいえ、我が魔法を防ぐか!」
「〈ウィンドシールド〉は団長からの直伝でさ。騎士団でも私が一番だったんだ」
「その魔法に免じて、今回の無礼は許してやろう。だが次は……」
「厳しそうに見えて実は孫とか溺愛するタイプだったりするんでしょー?」
「ふしゃー!」
また乱闘をはじめた二人に、シリンが呆れた視線を送っている。
「きゅ」
「そうだね……」
「きゅ!?」
「いや、言葉が分かるようになったわけじゃないけど」
「きゅー……」




