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紺碧の空


 ゴテゴテとついた余計な装備を外し、翼の設計をわずかに見直した試作機”R14”をオットーは点検した。

 中央と左右へ向けて伸びる棒があり、その間を布が繋いでいるだけの異様にシンプルな機体だ。

 この棒はオットーが捕まるための金属棒とも繋がっていて、わずかに動かせるようになっている。これで翼を動かし、機動を補助できる仕組みだ。

 だが、根本的には風を読みながら体重移動で動かす原始的なグライダーである。


「きゅ」


 シリンが紙をくわえている。

 ……〈ライトフライヤー〉についているのと似たような座席が描かれていた。


「いや、悪いけど、あれはけっこう空気抵抗があるから……」

「きゅー……」


 シリンががっくり首を落として、とぼとぼ歩いていった。


「おい! 私の設備修復を手伝う約束だったろうに!」


 アイテラが走ってきて、シリンの背中に飛び乗った。


「頼むぞ! 竜の魔力がなければ設備修復が進まんのだ!」

「きゅ」

「なに? 自分でやれだと? 自分でやれる姿なら苦労せんわ!」


 魔法使いだからなのか、彼女はシリンの言葉がわかる。

 そのおかげもあって、けっこう一緒に行動しているようだ。


「きゅー」

「む……た、確かにこの姿を選んだのは私だが……悪いのは我ではない! まともに大空の支配者という才能(タレント)を使いこなせる奴が出なかったのが悪い!」

「きゅ?」

「私が作った才能(タレント)が弱いはずなかろうが!」


 ぎゃーぎゃー言いながら、アイテラとシリンも何かの作業をやっている。


(いつの間にか、ずいぶん仲良くなってるんだな)


 オットーは肩をすくめて、機体の最終調整を進めた。

 外向きに開いて滑走路になった壁の向こうに、島を覆う雷雲が見えている。

 渦を作りながら表情豊かに入り乱れる雲は、どれだけ見ていても飽きない。


 その雷雲を飛び越えて、真紅のワイバーンが滑走路に着地する。


「おーい! 準備できたー!?」

「出来てるよ。ワイバーンの調子はどう?」

「絶好調! ハーピィ討伐ぐらいじゃ準備運動にもならなかったよ!」

「くるるぅ」

「……ぎゅ」

「シリン、あの翼竜が嫌いか? 言っておくがな、空を飛ぶ種族などたいがい高慢なものだ。他の生物を見下しながら暮らしていれば、そうもなろう」

「きゅー」

「いや、我は関係ないであろうに!?」


 シリンに上手いこと言い返されたのか、アイテラがあたふたしていた。


「僕もシリンの言葉が分かればなあ……」

「何してるの、さっさと行こうよー!」

「分かってる」


 試作機R14を背負い、オットーは真紅のワイバーンに乗った。

 鞍に用意してある固定具で、グライダーをしっかり固定する。

 これで飛ぶ邪魔にはならないはずだ。


「行くよー!」


 ぐっ、と力強く地面を蹴ってワイバーンが離陸する。

 羽ばたくたびに激しく揺れた。

 当然だが、グライダーで飛ぶのとはまったく違う感触だ。


「どう? 固定は問題ない?」

「大丈夫。ここらで離着陸を試してみよう」


 オットーは飛び立ち、〈セレスティアルウィング〉で加速する。

 空気の抵抗など存在しないかのように、するすると速度が伸びた。

 その一方でコントロールはかなりシビアだが、彼であれば扱える範囲内だ。


(す、すごい! どこまで行くんだ!? って、やってる場合じゃない)


 ぐるりと旋回し、レファの真後ろにつける。

 大雑把に速度を合わせたあと、彼は強風の中で水平飛行を維持した。

 レファの指示でワイバーンが寄ってきて、背中がすぐそこに迫る。


「うわっ!?」


 着地する寸前、弾かれるような動きがあった。

 ワイバーンの翼上面を流れる風が、一種のバリアのように作用している。


「〈ウィンドシールド〉! これでもう一回!」


 レファが風の盾を使ったおかげで、次は滑らかに着地できた。

 ワイバーンの背中にしっかり捕まり、鞍にグライダーを固定する。


「よし! 成功だ!」

「大丈夫そうだね。じゃ、本番いってみよう!」


 ぐうっ、とワイバーンが加速していく。

 羽ばたきの性質上、断続的な急加速と滑空が繰り返されて揺れが激しい。

 捕まっているだけでもオットーの体力がだいぶ削られていった。


「乗ってるだけでも大変だ。意外と凄かったんだな、レファ……」

「あはは、まーね! この程度で音を上げてたら先がきついよー? 〈スピードスター〉、〈ウィンドシールド〉!」


 雷雲の内側を周回しながら、ワイバーンが激しく速度を増していく。

 速度を溜め込み、その勢いで急上昇するための準備をしているようだ。


「よーし、いっくぞー!」

「レファ、そこの雲だ! 乱気流がぶつかって、強い上昇気流が出てる!」

「……!」


 レファがバイザーを降ろして手綱を傾け、オットーの指示したコースへ乗った。

 激しい乱気流に煽られながら、翼竜の背へ押し付けられるほどの急上昇で一気に高度を上げていく。

 暗い雲へと突っ込み、勢いのままに雲を突き抜けていく。

 風が急激に冷たくなった。氷山よりも遥かに寒い。

 〈ヒートアップ〉の魔法を使っても辛いほどの極寒だった。


「み、耳がキンキンする……」

「耳抜きして! 鼻をつまんで口を閉じて、そのまま息を吐く感じ!」


 レファの言われた通りのことを試してみると、確かに症状は改善した。

 その間にも翼竜はぐんぐんと登っていく。

 空の青色が深くなった。


「すー、はー……普段より高いなあ。協力したおかげかな……感覚だけど、今の高度は二万八千フートってとこかな」


 オットーは、借りている懐中式の高度計を開いた。

 針はぴったり"280"を指している。二万八千フートだ。


「正解。流石だ」

「当然でしょ? あ、息できてる?」

「できてるけど」

「……あれ? なんか魔法使ってたっけ?」

「〈ヒートアップ〉なら」

「え? それだけ?」


 レファが振り向いた。


「ここまで来たら、空気はめっちゃくちゃ薄いよ? 普通、時間をかけて慣らしたり、魔法を使わなきゃ空気がなさすぎて失神するぐらいなんだけど」

「知ってる。僕の計算だと、もう地上の三分の一ぐらいしか空気がないはずだ」

「……じゃ、何で?」

「多分、才能(タレント)のおかげじゃないかな?」

「ふーん。あの猫ちゃんも、伊達に威張ってるわけじゃないなー」


 上昇の勢いが鈍り、ここで止まった。針は285を指している。

 ワイバーンが必死に羽ばたいているが、空気が薄すぎてろくに加速できない。


「そろそろ!」

「分かってる。ここまで運んでくれてありがとう!」


 オットーは固定を外し、グライダーで飛び立った。

 明らかに空気が薄く、揚力が弱い。


「〈セレスティアルウィング〉!」


 だが、空気が薄いということは、空気抵抗が少ないということでもある。

 ……試作機が異常な加速を見せた。

 空島の分厚い空気の中ですら速かった機体が、ここで遅いはずがない。


「う、嘘っ!? 私が置き去り!?」


 必死に羽ばたいているワイバーンを置いて、オットーが深い青空を切る。

 〈セレスティアルウィング〉は魔法であり、風が薄くても支障は薄い。

 むしろ高空でこそ、この大魔法は真価を発揮していた。


「凄いぞ……! なんだこれ!?」


 身を切る極寒の寒さもすっかり忘れてしまうほどの性能だ。

 機体と魔法の相乗効果で、もはや風が強すぎて呼吸するのが難しいほどの速度域まで突入している。

 ごうごうと唸る風の中、オットーは上昇を開始した。


 290。295。300。高度計の針が回っていく。

 一切鈍る様子がない。それどころか、加速すればするほど多くの魔力を集める〈大空の支配者〉の特性によって、むしろ上昇率が増している。

 310。320。330。


 全力を振り絞って〈セレスティアルウィング〉を放っているせいか、また魔法の翼に薄く魔石が張り付いている。

 そのせいで加速が急激に鈍ったが、いったん翼を消す余裕はない。

 335。340。加速が止まっても、まだまだ慣性で登っていける。


 空はすっかり暗くなり、青よりも黒に近づいている。

 夜空を思わせるような紺碧の空に、うっすらと明るい星が見えた。

 それほどまでに空気が薄い。

 もはや、オットーと地上の間にある空気よりも、オットーと宇宙の間にある空気のほうが遥かに少ないのだ。


 星に紛れて、一つだけ毛色の違う赤色光があった。

 星……というには、近いところにある。


「っ!」


 彼は鋭い頭痛を覚えた。魔法があるとはいえ、生身で上がるのは無茶な高度だ。

 流石に息苦しさが強くなってきた。

 高度計は345を指している。あと少しだが……。


 その瞬間、遠くで赤い雲が湧き上がった。

 魔物を出現させる”赤雨”の前触れだ。

 ……だが、その赤い雲は明らかにオットーの方へと移動していた。

 彼は視線を感じた。何かが彼の存在に気付き、注目を向けている。


 瞬時に広がっていく赤い雲の中から、それは頭を出していた。

 半透明の触手を備えた不気味な化け物だ。

 半月状の異様なシルエット。まるで深海に潜む生物のように、人の直感に反した見慣れない形状をしている。


「なんだ……!?」


 怪物が、オットーを見ている。視線を受けて、彼の全身がびりびりと痺れた。

 本能が警鐘を鳴らす。

 高度の記録など気にしている場合ではない。彼は急降下に移った。



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