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試行錯誤


 そして、時間は矢のように過ぎていく。

 試作機を作り始めたオットーは、いまだ翼すら完成させられていなかった。

 オリハルコンが転がっているのはいいが、あまりに剛性が高すぎて加工すらできないのだ。


「ぐぐぐ……っ!」


 万力で挟み、炎で熱してオリハルコンを曲げようとしてもビクともしない。

 専門の人間でなければ加工すら不可能のようだ。

 アイテラを頼れないか……と思ったオットーだったが、彼女がオットーを真似て作った”翼”を背負い意気揚々と墜落している様子を見て諦めた。

 魔法は専門外のオットーと逆に、アイテラは完全に魔法以外は素人だ。

 オリハルコンを加工している様子もない。もとは魔法のための材料らしい。


 仕方がないので、彼はオリハルコンをいったん諦め、ミスリル系で試作機の翼を作り始めた。

 これも相当に硬い金属だが、熱して加工するだけならギリギリ何とかなる。

 一週間近くミスリルと格闘した末に、彼はようやく翼のフレームを完成させた。

 そのへんに転がっていたスパイダーシルクという魔法布を張り、ぶら下がって体を支えるための金属棒を固定して、試作一号機の完成である。


「がんばれー」

「……使っている材料は同じなのに、なぜ我が翼とああも違うのだ……」


 レファたちが地上で買い込んできたお菓子を片手に見守る中、オットーはV字の後退翼を持つ試作機を背負い、助走して飛び上がった直後にがくっと落ちた。


(速度が全然足りない……!)


 島の下方を覆う雲が近づく。

 〈セレスティアルウィング〉で急加速を続け、ようやく十分な揚力が生まれた。

 が、今度は止めようとしても上昇を続け、そこで勝手に失速して落ちる。


(だ、だめだ! 体重移動だけで操縦するには速度域が速すぎる!)


 何とか姿勢を落ち着けて着陸しようとしたが、どう考えても不可能だ。

 仮にコントロールできたとしても、速度がありすぎて足の骨を折りかねない。


 オットーは何とか機体を島の上空まで飛ばし、機体を手放し”落下傘”を開いた。

 レファから借りた、元は翼竜騎士団で使われていた装備だ。

 墜落した機体の近くに着地して、彼はそのまま寝転びながら考える。


(〈ライトフライヤー〉と同じく、操縦用の補助翼が必要か? でも、別に翼を付けたら速度が落ちる。主翼の後端に可動部分を作って、ワイヤーで動かせるようにするか……?)


 試作機を地上から工房に運ぶ。

 道中の瓦礫はもう撤去が終わっていて、移動に支障はない。

 そして、すぐさま試作機の改造に取り掛かった。


「熱心だねえ。猫ちゃんも見習いなよー」

「誰が猫ちゃんだと!?」


 レファとアイテラは、日の当たる滑走路に寝転んでいた。


「くう……! 我が本来の姿を取り戻した後になって後悔しても遅いぞ!」

「でも全然戻らないじゃん」

「時間が経ちすぎて、設備が壊れていたのだ! だが、時間の問題だからな!」


 アイテラは飛び起きて、魔法の機械をいじりはじめた。

 オットーもアイテラも、黙々と作業を続ける。


「……なーんか仲間はずれにされてる気分だなー。私も特訓してこよっと」


 レファが口笛を吹き、ワイバーンに乗って雷雲の向こうに消えた。



- - -



 地道な作業が続き、試作機”R”の末尾に付けた番号が増えていく。

 翼の可動ギミックを付けたR2は前が重すぎて機動力が低く、操縦機構のメカ部分を見直したR3は不安定になりすぎて水平にスピンする傾向があり、いくつか垂直のフィンを付けたR4になってようやく普通に飛べるようになってきた。


 が、速度が速すぎて普通に着陸できないのは変わらない。

 毎回のように落下傘を使って緊急脱出する羽目になり、一回飛ぶごとに機体が落ちて歪んでしまう。

 これを何とかしようと、オットーは離着陸の時だけ揚力を増やすための高揚力装置(フラップ)に手を出して、その開発と実験でさらに時間が経過していく。

 Rの番号が10を越えた頃になると、改造するたびにどんどん重く複雑になる一方、性能は落ちていくばかりになった。完全な失敗作だ。


「まだ出来ないのー? このままじゃ完成前に夏が終わっちゃうよー」

「どうにも行き詰まっててさ」

「……じゃ、私にグライダーの飛ばし方を教えてよ! 前に教えてくれるって言ってたのに、ずっと作業にかかりきりなんだもん、ひどいよー!」

「あー、完全に忘れてた」


 気分転換も兼ねて、二人は空を飛ぶことにした。


(やっぱり、〈ライトフライヤー〉の方が試作機よりよく出来てるな……)


「おーい! これ、どうやって組み立てるんだっけー?」

「あ、ああ。そこの固定ピンを外してみて」


 ワイバーンに乗っているレファが、背負った〈リリエンタールⅡ〉を展開した。


「おー、体が浮かぶ。よーしいくぞー!」


 彼女はワイバーンの背を蹴り、ぶわっと瞬間的に浮かび上がる。

 あの小型グライダーには、ワイバーンの巡航速度でも速すぎるぐらいだ。

 しばらく速度が速すぎて振り回されていたレファが、ようやく感覚を掴んでゆっくり旋回をはじめる。


「そう、そういう感じで! もう少し体を傾けて!」

「なにこれ! 風になったみたい! たーのしー!」


 レファはすぐにコツを掴み、ぐるぐる曲芸じみた飛行をはじめる。

 そばにワイバーンが付き添っているので、事故の心配はなさそうだ。


(やっぱり、シンプルな機体が一番だな)


 軽いグライダーで飛んでいる彼女を見て、オットーは機体を複雑化させる方針をやめる決断を下した。


(こういうものは、何も足せなくなったら完成するわけじゃない。何も引けなくなったら完成なんだ。不要物は徹底的に引き算して、最低限だけ残そう)


 彼は脳内で設計図を引く。

 ……だが、やはり同じ問題に行き当たった。

 速度が速すぎて、まともに離着陸ができない。


「いやー楽しいねえ、これ。やっぱり、自分で飛ぶって違うなあ……あ、もちろんカルマジニちゃんの上に乗ってるのも楽しいよ! 機嫌悪くしないでよー!」


 レファが口笛を吹いて、真紅のワイバーンの上に着地した。


「それだ!」

「えっ?」

「ワイバーンの上に降りれば、着陸速度が速すぎるのは問題にならない!」

「な、何の話!?」

「新型機の話だよ!」

「いや……それって、いいの? 私がいないと飛べない機体じゃん」


 言われてみれば、とオットーは思った。

 彼もレファも今は空島を拠点にしているが、別に仲間というわけでもない。

 機体の開発を進めている間もレファは冒険者として周辺を飛び回っていたりしたので、運用できるタイミングがかなり少なくなる。


「でも、どのぐらいまで速く高く飛べるのか試してみたいんだ。ライバルとか勝負とかいうのも悪くはないけど。協力して何かしてみるのも、悪くないと思う」

「ふーん? 協力ねー、まあ一回ぐらいなら……カルマジニちゃんは?」


 くるぅ、と翼竜がうなずいた。


「良いってさ。じゃ、協力してみようか。せっかくだし、高度の記録にでも挑戦してみる?」

「あー、気圧計の類は作ってないんだけど」

「持ってるよ、懐中高度計。貸してあげる。ちなみに今までの人類最高記録はね、コンラート団長の三万五千フートだから!」




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