遺跡の中に眠る者
食事を終えたオットーたちは、空島の中央部に向かった。
この島に残る純白の遺跡は、半ば崩れてはいるものの、まだ外形を保っている。
「この島を指すコンパスなんかあるあたり、僕たちが最初じゃない……というか、どうせハイエルフあたりの建造物なんだろうけど……」
「そうかな? でも、そのへんの翼竜乗りじゃ絶対にこの島には来れないよ?」
「あの騎士団長なら余裕なんじゃないか?」
「あーそだねー。もう略奪されてる可能性はなくもないかー」
「きゅ……」
未練がましく弁当の空き箱を加えたシリンが、とぼとぼ二人の後をついてきた。
(僕の分はほとんど食わせてやったのにな……)
流れる川の横をさかのぼり、緑あふれる庭園を進む。
まるで楽園だ。
中心にそびえる純白の建物は、この楽園を守護する城のようにも見える。
「え? あ? そんなー!」
城の入り口には魔法陣が刻まれている。
レファが駆け寄り押し引きしたが、開く様子はない。
「せっかくここまで来たのにー! そんなのってないよー!」
「封印か……」
オットーは腕を組んで扉を見上げる。
魔法は専門外なので、まったく何も分からなかった。
「何とかして扉を破れないかな」
こつん、とオットーが扉を叩く。
その瞬間、魔法陣に光が灯った。
「え!? すっご、何したの!?」
「僕は何もしてないぞ!?」
城の扉がひとりでに開き、その内部が姿を表す。
エントランスには受付スペースがあり、二階へ通じる階段がある。
左右を見れば、それぞれ通路が別棟へと繋がっていた。
「おー。古そうなのに、すごい綺麗だねえ」
「どこかで見たような」
何気なく左に通路を進むと、金属製の扉が並んでいた。
それぞれの部屋に古代語で描かれた表札があり、扉にはカードを通せそうな細いスリットがある。
(氷の宮殿……〈炎星宮〉だったか? あの建物と同じ作りだ)
扉は固く閉ざされている。
前と同じく、カードキーが無ければ開かないだろう。
「オットー、こっちこっちー!」
二階からレファが手招きしている。
彼女に着いていった先には、柔らかいソファの並んだ休憩スペースがあった。
「快適だよー。ここなら十分に寝れそうじゃない?」
「やっぱり同じだ」
「どしたの?」
オットーは近くにあったトイレに入り、カードキーのあった場所を確かめた。
何もない。
……鍵のかかった扉の先に進むのは難しいだろう。
「まあ、前のとこでも何も無かったしな……」
「オットー、こっち来てこっちー!」
レファが食堂の裏にある調理場から彼を呼ぶ。
中には食料の絵が描かれた缶が散らかっていた。
「誰かがここで暮らしてたのか?」
「みたいだねー」
拾い上げた缶は、まるで昨日作られたばかりのようにピカピカだ。
蓋の裏側に複雑な魔法陣が刻まれている。
「ハイエルフの食器か何かかな? 好事家に売れば、これも値段が付きそうだ」
「えっ!? ハイエルフの!? ここってそんな古い遺跡なの!?」
「多分ね」
「や、やっぱり全部私の物になったりしないかなー? すごい大金を逃した気が」
「何を今更」
二人は遺跡の内部を探索したが、特に何も見つからなかった。
建物の作りからして、ここも左の居住棟と右の研究棟に分かれているようだ。
が、何も価値あるものは残っていないし、どこにも鍵はない。
「古代遺跡ってわりに、つまんなかったなー」
「面白い遺跡って何だよ?」
「お宝がざくざく出てくる遺跡!」
「現金なやつだな……」
だが妙だな、とオットーは思う。
(ここはあの〈大空の支配者〉の始祖が拠点にしてる島じゃなかったのか? 絶対に何かあるはずなのに……えーと……確か僕は、夢の中で……?)
関係する場所へ来たせいなのか、彼はおぼろげに記憶を取り戻しつつある。
(拠点があるとするなら……島の地上には無かった。地下か? あ!)
オットーはエントランスの後ろ側へと走り出した。
「どしたの? 待ってよー!」
「これと似たような建物だと、中央に地下への階段があったんだ!」
「中央? あー、崩れてたよ?」
「えっ」
現場にたどり着いてみれば、確かに通路が瓦礫で埋もれていた。
「でも、上の方にスペースがある。あそこまで上がれば先に進めそうだ」
「……なるほど!」
レファが鋭く口笛を吹いた。
真紅のワイバーンがどすどすやってきて、彼女を瓦礫の先に乗せた。
「じゃーお先にー!」
「えーと、僕も……」
「くるぅ」
ぷいっ、と真紅のワイバーンがそっぽを向いて去っていった。
「あっはっはー! カルマジニちゃんは私しか乗せないもんねーだ! 金目のものを独占してやるぞー!」
「ぎゅ……!」
「まったくだ! 仕方がない、荷物入れからパイルアンカーを持ってこよう!」
空洞へと杭を突き刺し、ロープを伝って登る。
シリンもついてくるかと思いきや、彼は不満げにどすどす外に歩いていった。
(あのワイバーンと喧嘩でもする気か? 怪我しなきゃいいけど)
心配だが、先も気になる。オットーは先に進んだ。
ここまでの上等な材質で作られた壁とは違い、土の素掘りトンネルだ。
……明らかに、後から雑に掘って作られたものだった。
「あ、やっと来た」
洞窟を下っていった先で、レファが立ち尽くしている。
彼女の前はガラクタで埋め尽くされていて、足の踏み場もない。
「何なのここ? ゴミ捨て場? 金目のものどころか、ゴミばっかりなんだけど」
近くに転がっていた棒を、レファが蹴り飛ばす。
かきんっ、という快音と共に棒が吹き飛び、異常な鋭さで壁に突き刺さった。
「えっ」
「こ、この棒……」
オットーが震える手で棒を引き抜く。
「オリハルコンだ……っ!」
軽量、強靭、そして高い魔法の伝導性。
何かを作る人間ならば誰もが憧れる夢の素材だ。
そんなものがガラクタのように転がっている。
「なんだこれ!? 転がってるの全部高級素材じゃないか!? おおーっ!?」
オットーが目を輝かせ、素材の山を整理しはじめる。
(やばい! 名前も分からない素材が沢山! しかも、どれも飛行機械に使えそうな素材だ! もしかしてここは、飛行を研究してた人間の本拠地か!?)
彼は高給ガラクタの山に飛び込み、素材を仕分けはじめる。
骨材に補強材、それに滑らかな布。それだけに留まらず、何かしら魔法の籠もっていそうな魔法具や杖の類まで。
魔法使いにこの素材の山を見せれば、オットー以上に大喜びするだろう。
(すごいぞ……ここの素材だけで〈ライトフライヤー〉を何機も作れるぐらいだ! 試作機を作る余地だってある!)
「や、やっぱり全部私の物になったりしないかなー? すごい大金を逃した気が」
「半分にしたって十分以上の大金持ちでしょ!」
「そだね」
素材に夢中になっているオットーを置いて、レファが周囲の探索に向かう。
(単純に〈ライトフライヤー〉をここの材料で組み直すだけで最高速は上がるはずだ。前は〈セレスティアルウィング〉の限界よりも機体の限界が先に来たから、その分まで……いや、それじゃ足りない)
オットーはガラクタの仕分けを進めながら、脳内でアイデアを練った。
(低速性能を切り捨てて、〈セレスティアルウィング〉を前提にした超高速機にすれば、レファよりも速く高く飛べる……か?)
「おーい! オットー、こっち来てー!」
「ん?」
レファに呼ばれた先には、入り口と同じような魔法陣があった。
土壁とは不釣り合いなほど頑丈だが、上の建物とは材質が違う。
もしや、と思いながらオットーが触れれば、やはり扉が開いた。
その瞬間、中からもわりと濃密な魔力の気配が漂う。
「やっぱり開いた。実は古代の王族の血筋だったりするの?」
「いや……そんなことはないと思うけど」
「じゃ何に反応してるんだろ」
「さあ。才能とか?」
「あ! ”空島を制する者は大空を制する”って、そういうことなの!?」
どこかで伝達ミスがあったようだ。
おそらく”〈大空の支配者〉は空島を制する”が正しいのだろう。
「〈大空の支配者〉を持つ者だけが開ける扉……か」
「またこの封印って、この先にはいったい何があるんだろ」
「……支配者、ね……」
才能の名前が急に現実性を帯びてきて、オットーの顔は曇った。
大空の支配者。……天空の城に、彼でなければ解けない封印。
まるで、本当に支配者の座が用意されているかのような仕掛けだ。
「別に、僕は空を支配したいわけじゃ……」
「何ぶつぶつ言ってんの? 開けるよー!」
レファが勢いよく扉を開いた。
その部屋の先には……水槽があった。
オレンジ色の水の中に黒猫が沈んでいる。
「猫……!?」
「何これ!? 死んで……いや、生きてるー!?」
猫が目を覚まし、水槽を叩き割って飛び出した。
「……お前が我が血を継ぐ者か」
黒猫はオットーを鋭く睨んだ。
「しゃ、喋った!?」
「え!? オットーって猫の子孫なの!? 猫男!?」
「違うわ、愚か者め。後の世まで眠るためには、小さい体に入っているのがいい都合だというだけの話だ」
猫がため息をついた。




