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空中庭園


 雷雲に近づいた途端、風が荒れ狂った。

 まるで無数の触手が接近者を叩き落とそうとするかのように空が激しくうねり、〈ライトフライヤー〉を押し戻そうとする。


「きゅいいいい!?」


 シリンが座席にしがみついて震えている。


「大丈夫。機体が壊れるほどの風じゃない」


 オットーはゴーグルを降ろし、風読みに全神経を傾けた。

 突風を巧みに受け流しながら雲の中に突入する。

 がくん、と下降気流の影響を受けて、オットーの体が浮いた。


「おっ、っと!」

「きゅ!?」


 これほど揺れる風の中、機体からぶら下がった飛行姿勢を維持するのは難しい。

 だが、既にオットーの腕力は常人のものではない。

 強靭な握力で彼は風に抗った。


(……暗い! 昼間だってのに、ほとんど夜中だぞ!?)


 間欠的に雷光が瞬き、瞬間的に機体を照らす。

 その光が前方にワイバーンのシルエットを浮かび上がらせた。


「……いるんだな、そこに!」


 雷が落ちるたび、真紅のワイバーンの位置は激しく変わっている。

 風に煽られて苦戦しているようだ。

 そちらに気を取られた一瞬、オットーも激しく吹き飛ばされた。


(まだまだっ!)


 彼は全力を振り絞り〈セレスティアルウィング〉の出力を全開にする。

 だが、力でねじ伏せようとしても挙動は悪くなる一方だ。

 ついに弾き返され、彼はいったん引き返して姿勢を落ち着ける。


(ぐっ! 駄目だ! いくら風に抗っても、単純な力勝負じゃ……)


 オットーは輝く翼を一瞥した。

 この大魔法は、確かに彼を支えてきた強力な魔法だ。

 ……だが、この力に頼りすぎてはいないか?


(あいつと僕は違う。魔法に頼るのは〈大空の支配者〉のやり方で、純粋な航空力学に……風に頼るのが僕のやり方だ)


 彼は〈セレスティアルウィング〉へと流す魔力を弱める。


(……あれ? あいつ? 誰?)


 首を傾げたオットーだが、とにかく方針は決まった。


(力勝負じゃなく……風を味方に付けるんだ! どれだけ風が強くても、同じ方向に流れている限りは無風と同じ。大事なのは変化の瞬間……そのタイミングに合わせさえすれば)


 〈ライトフライヤー〉の姿勢が変化する。

 だが、その飛行軌道はまったくブレていない。

 風を読み切り、その影響を殺して一直線に進んでいる。


(よし! これでいい!)


 オットーが風と風の合間を泳ぐ。

 接近を拒む激しい風が、むしろ彼の推進力へと変わっていった。


「じゃ、お先に!」


 苦戦しているレファを追い抜き、オットーは暗い闇へと進む。

 雷が鳴る。真紅のワイバーンは風に跳ね返されて、引き返していった。

 

「よーしっ! 勝ったぞっ!」

「きゅいいー!」


 そんなこといいから飛ぶのに集中してくれよ、と言わんばかりだ。


「分かってるって!」


 オットーは黙り込み、激しさを増す風を乗りこなす。

 暗闇が深まり、雷と共に激しい雨が降り始めた。


(き、きっつい……)


 体力的にも精神的にもタフな飛行を、オットーは続ける。

 目的地は近い。その事実を心の支えにして、彼は全神経を集中させた。


「……抜けた!」


 暗闇が晴れた。

 台風のように渦巻く雲の中央に、大きな島が浮かんでいる。

 島を流れる川が空中へと降り、雲となって消えていた。

 中央には美しい純白の遺跡が残っている。


 川の隣に降りたオットーを、聞き覚えのある声が出迎えた。


「ぜえ、はあ……遅かったねー!」

「は!?」


 どういうわけか、真紅のワイバーンが島に先回りしている。


「ど、どうしてだ!? 僕が抜いたはずじゃ!?」

「上だよ、上」


 レファが青空を指差して勝ち誇った顔を浮かべた。


「この雲、2万5000フート近くまで上がっちゃえば途切れるからさ。一回戻って、一気に飛び越えてきたってわけ。ぜえぜえ……ふふーん」


 レファも彼女のワイバーンも、息を切らして汗を流していた。

 かなりの無茶をやったようだ。


「に、2万5000」


 オットーが飛べるのは、せいぜい10000フート(3000m)程度まで。

 とてもではないが、そんな高さを飛ぶことはできない。


「ぐっ……今回は僕の負けか……!」

「これで一勝一敗一分けだね!」

「きゅー」


 半目のシリンが氷毛布を木の下に敷き、荷物入れから弁当を取り出した。

 ぐう、とレファの腹が鳴る。


「よーし飯だー! ご飯を食べるのだって私のほうが速いぞー!」

「何もそんなことでまで勝負しなくたって!?」

「冗談だよー。私がそんなしょうもない勝ち負けにこだわると思う?」

「思う」

「……そだね! 勝負だ! もがーっ!」

「いや普通に食べなよ、詰まらせるよ……」


 オットーは毛布の上に座り込み、木に背中を預けた。

 新緑の葉を咲かせている。


「この島、ずいぶん高いところを飛んでるけど、よく木なんて生えてるよな」

「もがもがもが」

「なんて?」

「げふー。あのね、この島、空気が薄くないみたいなんだよね。それに、上空の割には気温も温かいでしょ?」

「確かに」


 地上と大して変わらない環境だ。

 真上には雲一つないし、風も上空にしては弱い。

 かなり暮らしやすい環境だ。


「ああ……そうか! この島から空気が吹き出してるんだ!」

「え? どゆこと?」

「魔法で空気を生み出して空気圧を増やしてる! そのせいで周囲の空気が乱れて雷雲が出来てるんだ。島の周囲は一方的に内側から外へ流れる層流に近い状態なんだけど、距離が遠くなると乱流になって空気が入り乱れるから、それで……」

「な、なるほど。完全に理解した」


 完全によくわかっていないレファが肉をかじる。

 彼女の飯はただの巨大な骨つきの干し肉だ。

 隣で行儀よく座ったワイバーンも同じものを食べている。


「……パンとか野菜とか、食べる?」


 きっちり箱に詰めた弁当を作ってきたオットーが提案する。


「食べる! ちょっと肉分けてあげるよー」


 二人は弁当を交換し、バランスのいい食事を摂った。


「きゅいー?」

「……くるるぅ?」


 シリンもワイバーンへと弁当の一部を差し出している。


「くるぅ!」

「きゅっ!?」


 ……真紅のワイバーンは、まったく無遠慮に弁当をすべて平らげた。

 あはは、とレファが笑う。


「きゅー……!」

「るーるるー」

「ぎゅぎゅぎゅ……!」

「落ち着きなよ、シリン。僕の分を食べていいからさ……」


 ぷいっ、とシリンがワイバーンに背を向ける。

 オットーたちと違い、こっちの方は完全に仲が悪くなってしまったようだ。


「そういえばさ。私が先に着いたから、この島は私の物だよね?」

「ぐ……理屈で言えば、そうなるけど」

「私が好きにしていってことかな?」

「……僕にそれを止める権利はないよ」

「じゃ、この島の権利を半分こしよう!」

「え? いいのか?」

「いいよー」


 レファがにこりと柔らかく笑う。

 食事を終えた彼女はくるくる踊るように歩き、大きく腕を広げた。


「私一人で支配するには大きすぎるよ。この島も、空もさ」

「……そうだね。その通りだ」


 オットーはしみじみとうなずいた。


「だから二人で支配しようね!」

「いやどうしてそうなるのさ! せっかくいい話っぽかったのに!」



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