空島へ
赤雨が降ったことで試験は中断され、後日に再試験が行われる事になった。
が、明らかに飛び抜けた成果を出した二名だけは特例で合格が発表された。
一位:オットー・ライト 1330点(仮)
二位:レファ・カルマジニ・クラコヴィア 820点
レファは真っ先に帰還していたことで順位の点が加算されているが、オットーは帰還前に試験が中断されたため、点数は正式なものではない。
だが、S級の魔物を倒したことで点が大量加算され、今までの試験で叩き出された最高記録を既に塗り替えている。
「ううむ、素晴らしい点数だ。過去の記録も申し分ない。どうだね、君さえよければA級の昇級試験にも参加してみないか」
事務処理の最中に、支部のギルドマスターが言った。
「いえ。遺跡の利益を貰える権利が欲しかっただけなので」
「ほう。アテがあるのかね? 発見の報告だけはしっかりとギルドに行うように……さて、昇級処理は終了だ。これが君の新たなギルドカードになる」
オットーは金色のギルドカードを渡された。精巧な顔の似顔絵が描かれている。
今までのカードと同じく、裏面にはオットーの身元を保証する情報や、発行元ギルドの情報や通し番号といった細かい情報が乗っていた。
内部には魔法で暗号化された各種データも保存されている。
「おめでとう、君は今日からB級冒険者だ。もはや単なる冒険者の域に留まらず、貴族の末席に等しい格を有することになる。不名誉な行動はしないように」
B級に上がったことで、オットーはいわゆる”高ランク”の冒険者になった。
細かい特権や責任を背負える身分だ。
とはいえ、伯爵家の跡継ぎ息子というかつての身分よりは遥かに軽い。
それに結局は冒険者なので、その気になればいつでも休止できる。
「それと。君が討伐した〈ベヒモス〉の魔石だが」
青色の巨大な結晶が机の上に置かれている。
魔石。長きに渡って魔物の体内で濃縮された魔力の塊だ。
「買取価格は金貨二百枚だ。既に振り込んである」
「二百」
予想外の臨時収入だった。
既存の機体から材料を使い回せば、十分に新たな機体を作れるほどの収入だ。
(ラッキー。これなら、空島に着いてからすぐ開発に入れそうだ)
それから諸々の事務処理を終えて、オットーは個室を後にした。
同じタイミングで隣の部屋からレファが出てくる。
「……私はそのへんの受付嬢なのに、君はギルドマスターの応対かあ」
「一位は僕だし」
「むー。S級の魔物なんか出てこなきゃ、私が上だったはずなのにー」
レファは子供っぽく頬を膨らませた。
「ま、いいか! 次は私が勝つもんねー」
彼女は飛行服のポケットから球体を取り出した。
「それは!」
「見ちゃダメだよ! ふっふふー」
「……いや、僕も同じもの持ってるんだけど」
オットーも球形羅針盤を取り出した。
隣に並べてみると、どちらも同じ方角を指している。
「なんで!?」
「何でって言われても。遺跡で見つけた。そっちこそどういう経緯なの?」
「騎士団に伝わってたアイテムなんだ。空島を指す羅針盤。なんかね、空島を制する者は大空を制する、みたいな言い伝えがあって」
レファはハッと口を閉じて、早歩きでギルドの外に向かっていった。
余計な情報を与えたくないようだ。
「……じゃ、空島で待ってるから!」
彼女は屋外に出た瞬間から全力疾走で街の外に向かった。
「どんだけ負けず嫌いなんだよ!?」
なんて言っているオットー自身も、大急ぎで宿へと向かっていく。
- - -
「勝負みたいになってるけど、流石にこれは勝てないよなあ」
「きゅい?」
東へと滑空しながら、オットーは事情を説明した。
「でも、向こうの方が速度はずっと上だしさ」
「……きゅう」
シリンはどうでもよさそうに鳴いて、氷の毛布を被った。
「興味ないか。そっか」
オットーは苦笑いして、無心で森の上を飛ぶ。
羅針盤を見ながら、わずかに空から見える陸路を追った。
ヴェスタリア王国と違い、この〈ヴァーリャギア共和公国〉は広大だ。
点々と各地方に存在する大きな街は主に水路や北の海を通じた海路で結ばれているために、内陸部の交通網は貧弱である。
羅針盤の指す先を追っていけば、必然的に無人地帯を通る事になる。
「あ! ワイバーンは大食いだ。無人地帯だと補給が苦しい、つまり僕が有利!」
「……きゅー」
氷の毛布を被ったシリンが、座席から呆れたように頭を出す。
楽しそうだからそれでいいか、と仔竜は小さく鳴き、丸くなって眠った。
そして数日後。
疲労の許す限り〈セレスティアルウィング〉を多用しながら飛んでいるうちに、彼は田舎の村すらない大草原へと突入していた。
見渡す限り、空の青と大地の緑だけが続いている。
「いい天気だ。風はないけど……自力で飛ぶには都合がいい」
今のオットーは大幅に才能のレベルが上がり、魔力も増している。
〈セレスティアルウィング〉の出力を絞っていれば、軽く数時間は出しっぱなしに出来るだろう。
最大出力でも数十分は保たせることができる。
……翌日に疲労で動けなくなるだろうが。
(もうそろそろ、高空に行けないか試してみようか)
今までのオットーは、せいぜい低い雲の上までしか上がったことがない。
上昇すればするほど空気が薄くなり、同時に大魔法〈セレスティアルウィング〉の効率も悪くなって魔力消費が激しくなるので、低空に留めていたのだ。
「よし……シリン、上がるよ!」
「きゅい?」
オットーは体を巡る魔力を翼へと集中させる。
(手応えがいい! S級の魔物一匹倒しただけで、こんなに違うか!)
唸る光翼へと大量の魔力が供給され、翼が青い軌跡を引いた。
〈セレスティアルウィング〉の両端に青い結晶が付着する。
(……あれ? 凍った? いや……なんだ?)
魔法の翼を消せば、結晶がぱらりと落ちた。
巧みに機体を操縦して、その欠片を拾い上げる。
青色の結晶だ。魔力の気配が漂っている。
「魔石?」
彼は結晶の欠片を太陽に透かす。
ゴブリン未満の低純度で使いみちはないが、確かに魔石だ。
「きゅい? きゅー!」
シリンが欲しがったので、欠片を投げて渡す。
「きゅいー……」
シリンは満足気な表情で魔石を座席に隠した。
(あー。氷の毛布といい、キラキラ光る物が好きなのか? ドラゴンは金銀財宝を溜め込むって言うしな……)
改めて、彼は出力を絞りながら加速して高度を上げていく。
ぐいぐい地面が遠ざかり、気温が下がり空気が薄くなっていった。
あっという間に真冬のような風が肌を刺しはじめる。
〈ヒートアップ〉の魔法を使ってもまだ寒い。
上昇するにつれて、〈セレスティアルウィング〉の負荷が高まっていく。
(……この魔法、風が薄くなると目に見えて弱体化するな……!)
出力の低下を補うべく魔力を増やしたオットーが、ガクッとその速度を落とす。
輝く翼の両端に魔石が付着していた。
(またか!?)
あまりに魔力の濃度が高すぎて、魔石が自然に生成されてしまう。
理屈は単純だ。だが、そんなことがあり得るのか、と彼は疑問に思った。
(人間がそんな現象を引き起こせるのか?)
魔力量、測定不能。
昇格試験の時に出たその結果は、あながち間違いでもないのかもしれない。
〈大空の支配者〉という才能とオットーの相性は並外れている。
(って、いや。きっと何かの間違いだ。人間が魔石を生成するなんて、そんなバカバカしい話があるわけ……ん?)
今の彼では届かない高空を、真紅のワイバーンが飛んでいった。
その先には分厚い雷雲が立ち込めている。
「あれが」
オットーは球形羅針盤を取り出した。針は雲の向こう側を示している。
「空島か!」




