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竜と人間の空中戦


「グオオオオッ!」


 怒り狂って叫んだ竜が、まっすぐにオットーへと急降下した。

 慌ててワイヤーと重心移動でかわそうとする彼だが、機動が鈍い。

 ゆっくりと滑空するためのグライダーであり、急激な旋回をするのは不可能だ。


(まずい、まずい、まずい! どうしてこんな所にいる!? 帰ってきたのか!?)


 焦燥したオットーが、必死に竜から逃れようとワイヤーを引く。

 だが、足りない。大きく開かれた竜の口が迫る。


(……こうなったら!)


 彼は、グライダーの右翼を固定している蝶番(ヒンジ)の固定を外した。

 右翼が一気に折れて跳ね上がり、揚力を失って失速する。

 ぐるぐると回りながら落ちていくオットーのすぐ上を、竜の顎が通り過ぎる。

 その余波で、更にオットーは吹き飛ばされた。


「っ! ま、まだ……!」


 彼は右翼を無理やり押さえ、再び広げてヒンジを固定する。

 ぎりぎりのところで制御を取り戻し、地面を掠めながら上昇した。

 だが、旋回して戻ってきた竜が、次は正面から迫ってくる。


(……さっき、僕が吹き飛ばされた余波。あれは普通じゃなかった)


 翼というものは要するに、空気を押し下げた反動で力を生む。

 吹き飛ばされたのは、竜が押し下げた大量の空気に入ったせいだ。


(あんなに大量の反動があるっていうことは……魔法か!)


 そして、オットーは気付いた。


「そうか! 魔法を使って、翼のところの風を加速させてやれば!」


 彼にはそういう発想がなかった。

 普通、”魔法で空を飛ぶ”といえば、自らに下から風を当てて浮かぶ方法を使う。

 〈大空の支配者〉という才能(タレント)が弱いとされているのも、それが原因だ。

 空を飛べる才能(タレント)なのに、空を飛ぶのが大変すぎて、攻撃に回す余裕がない。


 だが、翼を流れている空気を直接操ったなら?

 そうすれば、わずかな労力で空を飛ぶことができる。攻撃に回す余裕もある。

 今までの風を使う魔法使いが誰も気付かなかった盲点だ。

 魔法を使わず空を飛ぶため実験を繰り返した彼だからこそ、この答えに辿り着けた。


(……魔法は、好きじゃないけど! 散々、学園で無理やりやらされてきた!)


 オットーと竜が、真正面からぶつかり合う。

 叩き落される寸前で、オットーが翼に風魔法を使った。


「〈デフレクト〉!」


 風の流れを変えるだけの、シンプルな魔法だ。

 それを片方の翼に使い、グライダーを急激にぐるりと一回転させる。

 バレルロールの曲芸飛行で、オットーが竜の一撃を再びかわす。


 だが、その曲芸で速度が一気に遅くなった。

 上昇気流を作るべく、彼がまた魔法を使う。


「〈デフレクト〉!」


 翼めがけて、風を下から上に吹かせる。

 と、グライダーが急激に頭を上げた。予想外の動きだ。

 制御不能になる寸前で、なんとか魔法を止める。


(そうだった。魔法で上昇気流を作ろうとしても、上手く行かないんだ)


 以前に試したときも、これでうまく上昇することはできなかった。

 風を読むことは難しい。風を操った結果を予測することもまた難しい。

 自然の上昇気流に頼る必要がある。


 オットーは良い斜面を見つけ、その上昇気流に乗って高度を上げた。

 だが、息つく間もなくドラゴンが追いかけてくる。


(……待てよ? 操る風は、僕のものじゃなくてもいい)


 振り返ったオットーが、迫る竜の翼めがけて〈デフレクト〉の魔法を放つ。

 風の流れが乱されて、竜が急激に姿勢を崩し、離脱した。


 竜が高度を上げ、乱れた姿勢を立て直す。

 わずかに時間的な余裕が出来た。オットーも同様に、上昇気流を受けて高度を上げる。


「……グオオッ!」


 竜が短く吼えた。その巨大な瞳孔が、オットーのことを確かに睨んでいる。

 卵を盗まれた怒りに加えて、その瞳にはわずかな敬意があった。

 攻撃をかわされ続けたことで、竜はオットーのことを力のある敵とみなしたのだ。

 彼の全身に鳥肌が走った。


(今、僕は竜と空中戦をやってるのか)


 竜を殺した人間の英雄ならば、いくらでもいる。

 だが、竜と空中戦を演じた人間など、聞いたこともない。

 それはおそらく、竜にとっても同じなのだろう。


(……今更だけど、やっぱりこの依頼は無茶だったかな……)


 オットーは今になってわずかに後悔しながら、手を考える。

 このまま街まで飛ぶわけにはいかない。周囲に被害が出るかもしれない。

 そうなる前に、どこかで竜を撒く必要がある。


「おーいっ!」


 地上から、ミーシャがオットーを呼んだ。

 彼女は全身を汗に濡らして疾走する馬にまたがり、オットーへ手を振っている。


「あっちだよー!」


 ミーシャが指差した方向を、オットーの瞳が追った。

 その一点で、いきなり川が途切れている。滝があるわけでもないのに。

 まるで、川が地中に潜ってしまったかのようだ。


「……なるほど。ありがとう」


 森の中へ消えていったミーシャに感謝して、彼がプランを考える。

 目的地に辿り着けば、竜は撒ける。

 そこに行くまで、二回ほど攻撃を避ける必要がある。


(……考えても無駄か)


 彼は自分の直感を信じる人間だった。


「グオオオオッ!」


 竜が吠える。行くぞ、と言わんばかりだ。


「来い!」


 オットーは叫び、ワイヤーを強く握る。

 やや遠くの位置で、竜がその(あぎと)を開いた。

 大きく空気を吸い込んで、胸が膨らむ。


(……来いとは言ったけど、それは流石にっ!)


「ゴガアアアッ!」


 慌てて急降下したオットーへ、竜の吐いた炎のブレスが迫る。

 翼が焼ける寸前で、彼は木々の隙間から森へと飛び込んだ。


「お、おおっ!?」


 枝や葉っぱにぶつかりながら、木と木の間をぎりぎり通り抜ける。


「キミ何してるのっ!?」

「何って、んなこと、言われてもっ!」


 ワイヤーと重心移動と〈デフレクト〉とフルに活用し、狭い空間を回転しながら抜け、ミーシャを追い越して川沿いへと出る。

 頭上で巨大な竜が待ち構えていた。

 既に、息を吸い込み終わっている。


「で、〈デフレクト〉っ!」


 とっさに竜の左翼めがけて放った魔法が、わずかに姿勢と狙いをズレさせた。

 炎のブレスが前方の川面を焼く。爆発的に広がる水蒸気の煙を、オットーが抜けた。

 川の先に洞窟が見える。


 オットーは、ミーシャがギルドで言っていたことを思い出す。


『キミ新人でしょ? いくらランク制限がないからって、それは無茶だって。せめてほら、山岳地帯なら、そこの薬草洞窟での採集依頼とかさ。川が流れてる洞窟で、初心者でも川沿いを行けば迷子にならずたどり着けるからさ……』


 あれが川の流れる洞窟、薬草洞窟だ。

 竜が入れるほど大きくはない。


「あと少し!」

「グオッ!?」


 焦ったような声で叫んだ竜が、大きく羽ばたいて加速する。

 一方のオットーも、水面ぎりぎりまで高度を落とし、高速で飛んでいく。

 ……オットーが洞窟へと飛び込む寸前、竜が追い付いた。

 顎も開かずブレスも吐かず、頭上をそのまま通り過ぎる。


「え?」


 怪訝な顔のオットーが、ハッと目を見開いた。


(後方乱気流!)


 竜ほど重く大きいものが空を飛ぶ以上、それに見合うだけの揚力が必要だ。

 魔法であろうと、それは変わらない。


 揚力というものは、単純に言えば、翼で風を押し下げた反動である。

 当然、翼の斜め後方では、押し下げられた風が巨大な渦を巻いているのだ。

 グライダーで巻き込まれれば、ひとたまりもない。


(いよいよ、プライドを捨ててなりふり構わず攻撃してきたな……っ!)


 オットーは状況を判断し、自分のグライダーへ〈デフレクト〉を放つ。

 くるりと百八十度回転し、背面飛行の形を作った。

 荒れ狂う風の渦に襲われたオットーが、飛んでいられずに川へと落ちる。


 着水の衝撃を受けてバラバラに壊れながら、川面をグライダーが滑った。

 勢いが止まる。背面になり翼から落ちたことで、卵もオットーも無事だ。

 着水した川の流れに流されるまま、彼は洞窟の中へと入る。


 心惜しげに上空をひとまわり旋回した竜が、高く吼えた。


「貴様!」


 それは人間の言葉だった。

 ……竜は、頭のいい生物だ。

 プライドが高すぎて人間に話しかけることは滅多にないが、喋ることも出来る。


「人間のくせに、よくぞそこまで空を飛ぶものだ! いいだろう! 欲しいというのならば、我が卵などくれてやる!」


 どうやら、オットーは竜に認められたようだった。


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