もっと試験で暴れる
「ちょっといいかな?」
奥へと通じる坑道から、細身の試験官が現れた。
「そこの双子が痛い目を見たのはいいんだけど、問題があるみたいだ」
「問題?」
「あそこの壁を見て」
壁から赤色の水が染み出して、地上に伝っていた。
「赤雨が降ってる。この廃鉱山は、ただでさえ魔物の巣窟だ。加えて赤雨の最中となると、S級の魔物が生まれても……」
その瞬間、赤色の水が急激に泡立ち、膨れ上がった。
体積を倍々に増やしていく赤い水が、やがて四足の獣の形を取っていく。
「生まれちゃったよ! あれは〈ベヒモス〉だ! 全員集まれ、逃げるよ!」
もはや試験どころではない状況だった。
魔物が完全に”完成する”前に、とばかりに冒険者たちが逃げていく。
毒を食らっているせいで、全体的に動きが鈍い。
避難は間に合わないだろう。
「……君たちは逃げないの?」
オットーに問われても、双子は立ち上がれない。
思った以上に深い傷を負っていて、まともに動けないようだ。
「イゴール! 僕と一緒に、こいつらに肩を貸そう!」
「はあ!? 冗談じゃねえよ! 危険度Sの魔物が出てくるんだぞ!?」
イゴールは一人で逃げていってしまった。
……彼は比較的善良な人間だが、そこまで善人ではないようだった。
良くも悪くも、それが普通の冒険者だ。
(きっと、もう会うことも無いんだろうな)
何となくオットーは直感した。
普通の冒険者では、彼についてくることは出来ないのだ。
(……レファはどこにいるんだ?)
オットーがそう思った瞬間、赤髪の少女が広間に走ってきた。
「伝言ー! 地上の試験官から伝言だよー! 赤雨が降ってるよー!」
「もう知ってる!」
「ええ!? じゃ、何のために私は地上から走ってきたの!?」
(地上から、ってことは、もう最深部に来て帰ったあとだったのか)
レファが到達も帰還も一番乗りだったようだ。
さすがは最速の翼竜騎士だな、とオットーは思った。
「レファ、手を貸してくれ! こいつらを助けたい!」
「……はあ!? そんな連中、魔物の餌にでもしとけばいいじゃん!」
なんて口では言いながらも、レファは助けに走ってきてくれた。
「まったくもー。……何? 私の顔になんかついてる?」
「いや、別に。いいヤツだな、と思って」
「ほんとだよ」
レファが笑った。
二人でそれぞれ双子に肩を貸し、広間の出口へと向かう。
「グオオオオッ!」
だが、間に合わなかった。
完全に体が出来上がった〈ベヒモス〉が咆哮を上げる。
「き、きみたち! ぼくが時間を稼ぐから、その隙に!」
「おーい、そんな連中捨ててさっさと逃げてこいよー!」
試験官がベヒモスに立ちふさがり、冒険者たちがオットーを呼ぶ。
「……レファ、僕に魔法を掛けてもらってもいいかな」
「あー、あれ? いいよ」
はっきり何かを言わずとも、不思議と意思が伝わった。
オットーが運んでいた双子を床に寝かせる。
「ちょっと!? 速く逃げてよ!?」
試験官がベヒモスの爪をかわしながら必死に叫んでいる。
彼は剣で反撃を入れたが、効いている様子はない。
「何してんだ!? バカ、ベヒモスと戦う気か!? 敵うわけねえって!?」
「〈スピードスター〉」
「ありがとう。〈セレスティアルウィング〉、〈エアブラスター〉!」
杭とロープを使って軌道を修正しながら、オットーがぐんと急加速する。
普段とは比べ物にならないほどの神速だ。
そして……速度の乗った〈セレスティアルウィング〉の切れ味は凄まじい。
サクッ、と。
ベヒモスの分厚い毛皮が、抵抗すらなく斬り裂かれていく。
一刀両断。
瞬殺であった。
「おわっ、と!」
速度が出すぎて、オットーは壁にぶつかりかけた。
固定具でロープを掴み、壁を蹴って何とか地面に戻る。
そんな彼のことを、冒険者たちと試験官が言葉もなく見つめていた。
ベヒモスを一刀両断など、並のS級冒険者では不可能な芸当だ。
あまりに異常な事態を目にすると、人間は一時的にフリーズしてしまう。
「凄いでしょ? あの人がね、私の好敵手なんだ!」
レファが誇らしげに言った。
「う、うん……凄いっていうか……えっと……」
「あんなんアリかよ……」
もはや歓声の上がる域を越えて、試験官も冒険者たちも困惑するばかりだった。
……とりあえず、皆でまとまって地上へ帰ろう、ということになった。
赤雨の降る廃坑道は魔物だらけだが、流石にこの数がいれば安全である。
既にS級の魔物を倒したせいか、あまり強い魔物も出てこない。
「〈エアブラスター〉!」
オットーはその先頭に立ち、杭の射出による攻撃で活路を切り開いた。
攻撃手段はたったそれだけにも関わらず、試験官以上の戦果を上げていく。
「どうなってんだアイツ」
「魔力の計測に失敗したのって、もしかして……」
彼の大活躍により、冒険者たちはまったく無傷での生還に成功した。
それを喜ぶ暇もなく、皆が街中へと散っていく。
いまだ降る赤雨のせいで、街中にも魔物が湧いているのだ。
だが、大した敵はいない。すぐにカタがつくだろう。
「おねえちゃん……あれが殺しにくるの? こわいよお……」
「ひい……あっ……」
動かないのは、抱き合って震えている双子ぐらいのものであった。
余談だが。
双子は色々な余罪がバレて逮捕されたあと、ギルドの保護下で懲罰的な依頼をこなす囚人冒険者になったそうだが、悪事はまったくやらなくなったという。
何故だか夜毎に悪夢を見ては、”殺される”とかの物騒な寝言を呟いていたとか。




