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B級昇格試験


 試験官により説明された試験内容は、極めてシンプルだった。


 行われる試験は二つだけ。

 一、基礎身体測定。体の強さや魔力を測る。

 二、実戦試験。内部に魔物が巣食った危険な廃鉱山へ潜り、総合力を測る。


 これらの試験で点数を付けて、パーティ単位で試験を受けているものはパーティの平均点、ソロはそのまま自分の点数で順位を決めて、上位五位以内に入った者がB級昇格ということになる。


(僕には不利だな……)


 魔力はともかく、身体能力はそこまででもない。

 それに、おそらく実戦試験には対人が含まれるのだろうが、鉱山の中だと用意した装備もあまり活きないだろう。

 とりあえず、身体測定に備えて、オットーは装備を外した。


(ま、出来る限り頑張ってみるしかないな)


 試験官が冒険者たちを並ばせ、さっそく身体測定を開始した。

 まずは”三百フート(約100m)”ダッシュだ。

 廃鉱山前の広い空間に、数十人の参加者が一列に並ばされる。


 試験官の合図で、一斉に冒険者たちが走り出す。

 レファが完璧なスタートを決めて先頭に躍り出た。

 一方、オットーもどたどた走りだしているが、明らかに遅い。

 彼が半分ぐらい走った頃には、もう他の全員がゴールしている。


(嘘でしょ!? ローブ着込んだ魔法使いですら僕より足が速いの!?)


 前衛どころか、後衛タイプの冒険者にも負けている。

 ……普通の冒険者が歩いたり走ったりするところ、彼は空を飛んでいるわけで、走力に差が生まれるのは当然だ。


「がんばれー」

「ぐっ」


 真っ先にゴールしたレファが、生暖かい目でオットーのことを応援している。

 好敵手からそういう目線を向けられるのは、だいぶ屈辱だった。


「おっそ。ウケる」

「何あの人? 賄賂かなんかでC級まで上がってきたの?」


 ようやくゴールしたオットーに、そんな囁きが突き刺さる。

 ローブをまとった魔法使いの双子がくすくす笑っていた。


「……おい、うるせえぞ! 人が必死にやってるのを馬鹿にするんじゃねえ!」


 そんな双子の冒険者へと、イーゴリが怒鳴りつけた。


「あいつらのことは気にするな、オットー。あれは〈ノクシアス〉っていうパーティでな……だいぶろくでもねえんだ」

「うちから蹴り出されたぼっち冒険者が何か言ってるよ。ウケる」

「ねー、マッスルの語源って知ってる? ネズミのことなんだってさ。イーゴリにピッタリだよねー」


 明らかに性格の悪い双子の冒険者に煽られて、イーゴリが青筋を立てた。

 他の〈ノクシアス〉の面々も一緒になってクスクス笑っている。


「そこまで! 喧嘩は後で存分にやれ!」


 試験官が鋭く言って、次の身体測定へと移る。

 ハイジャンプ。反復横跳び。腹筋。

 そのどれもで、オットーは最低の順位を叩き出した。


「見てよアレ。全身ぷるっぷるしてる。おじいちゃんの持ってる寒天だってあんなプルプルしないよ。ウケるー」

「あの人にお湯かけたら溶けるんじゃない?」


 オットーは寒天なるものを知らないが、煽られていることはハッキリ分かる。

 〈ノクシアス〉の冒険者たちは……特にあの、小憎たらしい顔をしたクソガキの双子は、性格がこれ以上ないほど終わっていた。


「……イーゴリ、あんなのと同じパーティに居たの?」

「数週間だけな。殴りかかったら俺が悪いことになっちまった」

「それは……まあ、気持ちはよーく分かるけど」


 オットーが今まで出会った最悪な人間ランキングの最下位はぶっちきりで実父フランツだったのだが、あの双子は更に下を行きかねない。


「実戦試験って、多分冒険者同士の戦いもOKなんだよね?」

「そうだな」

「……うっかり殺したら失格になるかな」

「残念ながら、失格だろうな」

「残念だね」

「ああ。残念だ」


 怒りに震えている男二人へと、双子が馬鹿にしたような目線を向けた。


「あの人たち、うちらに勝てると思ってるよ?」

「馬鹿みたーい。なに、脳筋マッチョとよわよわ坊ちゃんが組んだらお互いの欠点を補えるのかもー、とか思っちゃってるのー?」

「うちらみたいな魔法使いのコンビに勝てるわけないじゃーん。殺すと失格とか相談してる暇があったら、まず冒険者として失格レベルな体の弱さ直してきたら?」

「そこの双子さんたち、さっきからずいぶん楽しそうだねー」


 腕を組んだレファが笑顔で言った。

 ものすごい殺気を放っている。

 彼女は翼竜騎士団の出身であり、怖いおっさんだらけの世界にいても好き勝手に振る舞えるぐらいの胆力がある。並の冒険者とは迫力が違った。


「ひぇっ」

「ここここわくないもん! ざーこ!」


 ……双子は抱き合って震えている。

 ちょっとだけオットーは溜飲を下げた。


「次は魔力測定だ! 一番手は……レファ・カルマジニ・クラコヴィア!」

「おっと。じゃ、またね。すぐ会おうね。仲良くしよ?」


 双子にたっぷり笑顔を向けてから、レファが前に歩み出た。

 レベル測定に使うものと良く似た水晶が置かれている。


「魔力値138! 次!」


 魔力値、というのは、成人の平均を100として表す数字である。

 138、というのは一般人並の数字だ。

 レファはあまり魔力のない体質らしい。


(意外だ。魔法も強いのかと思ってたけど)


「な、なーんだ。たったの138かー。ウケるー」

「顔が怖いだけで、魔力は大したことないじゃーん」

「……あっはっは。君たち、面白いねー。気に入っちゃった」


 レファがどすどすと怒りを滲ませた歩調で僕たちのところに戻ってくる。


「オットー。一時休戦して、実戦試験で私達であいつらボコボコにしない?」

「いや。僕は君と戦う気で来たんだ。あんなやつらに邪魔されたくない」

「試験なんてまた受ければいいし。てーか、後で拉致って海にでも落とそうよ」

「いやいやいや」


 魔力の測定が進んでいく。

 戦士のイーゴリは魔力値160。そして、あの双子はそれぞれ970と965。

 一般人の十倍だから、調子に乗るだけあって相当な数値だ。


(世界の何処でも、魔法使いが特権階級なのは変わらないか。よっぽど甘い育ち方して、地獄の底辺みたいな性格になったんだろうな)


「次! オットー・ライト!」


 最後のほうに呼ばれたオットーが、水晶に手を当てる。


「む!?」


 水晶が割れた。


「……魔力値、計測失敗。申し訳ない。古い水晶だったから、ちょうど耐久に限界が来てしまったようだ。後で改めて測らせて貰おう」


 タイミングの悪い偶然もあるものだ。


「あーらら。よわよわ魔力がバレなくて良かったんじゃなーい?」

「魔力まで無いのバレたら、ほんとに冒険者失格だもんねー」

「お前ら、覚悟しとけよ……」

「きゃー、ぜんぜんこわくなーい」


 というわけで、一通りの測定は終わった。

 鉱山の入口前に、暫定のランキングが張り出される。

 一位は〈ノクシアス〉だ。パーティ平均点420。

 六位のレファが330点、十位のイーゴリが300点。

 最下位のオットーは、120点、という成績だった。


「120って。ウケる。C級試験からやり直せばいいのに」

「恥ずかしくないのかな?」


 他の冒険者も、どうやら双子と同意見のようだった。

 ほとんど全員がオットーのことを舐めている。


「ま、気を落とすなよ、オットー。次があるって」


 イーゴリが、オットーの肩をばしっと叩いた。


「別に平気だよ。皆にバカにされるのは、これが初めてじゃない」


 人間は魔法を使わず空を飛べる、と言い出した時は、これと比じゃないぐらい馬鹿にしたような目を向けられていたものだ。

 かつてと同じように、そういう評価を跳ね除けてやるだけだ、と彼は思った。


 外していた装備を、改めて身につける。

 パイルアンカー。廃鉱山の中でこれを使いこなすのは難しいだろう。

 どこか一箇所でも飛べるような空間があれば、話は違ってくるが。


「では、実戦試験に移る! ルールを説明しよう!」


 試験官が説明を開始した。


「諸君には、廃鉱山の最深部まで潜り、そこに置かれている証を地上に持ち帰ってもらう! 順位によって点数が加算されるから、なるべく急ぐように!」


 レファがにやりと笑った。

 速さでなら絶対に負けない、と言わんばかりだ。


「加えて! 中で討伐した魔物の数に応じて点数を加算する! 危険度Fの魔物が一匹あたり10点、そこからランク上昇ごとに点数は倍々だ!」


 Eが20、Dが40、Cが80、Bが160でAが320点。

 仮に〈レッドオーガ〉を倒せば一発で追いつく。討伐数がメインのようだ。

 都合よくA級の魔物が出てくるとも限らないが……。


「魔物の右耳等を討伐の証明部位として、これを持ってきたものに点数を加算する! ……意味はわかるな? 最深部まで潜った証も証明部位も、奪える!」


 事前に聞いていた通り、対人戦が許可されているようだ。


「ただし、冒険者を殺害してしまったらその時点で失格となる! 殺しだけはなしだ! それ以外は、自由にやれ! 以上! 試験、開始!」


 その瞬間、双子が魔法をぶっ放した。


「〈トキシックガス〉! きゃはっ!」

「苦しめ苦しめー!」


 冒険者の密集地点で紫色の煙が弾け、禍々しい毒が周囲に広がる。


「ちょっ!?」


 オットーは慌てて身を伏せて、〈デフレクト〉で広がってくる毒を逸らす。

 その間に、〈ノクシアス〉に所属している冒険者が中へ入っていった。


(何でもありかよ! あいつら……!)


 オットーは風を読み、毒ガスの薄い地点を突っ切って廃鉱山へと突入した。

 近くには何人も冒険者がいる。だが、まだ戦いは起こらない。

 誰も奥へ潜った証や証明部位を持っていないので、戦う意味はない。


「おう? 最下位のくせに、意外と反応はえーんだな。いや、ラッキーなだけか」


 名前も知らない冒険者の言葉を受け流し、分岐で他の冒険者たちと別れた。

 オットーは風読みの能力を使うことで、鉱山内の風の淀み方から先が分かる。


(こっちが奥に続くルートだ。変な臭いがするから、魔物もいる……)


 案の定、行く手に魔物が見えてきた。

 緑色の子鬼が十匹以上。既に戦っている冒険者がいる。


「〈エアブラスター〉!」


 石や杭を使うまでもなく、ただの圧縮空気塊を撃ち出すだけでゴブリンが死ぬ。


「そこの人! 戦わず、戦果は山分けしよう! ……って、なんだ。イーゴリか」


 先に戦っていた冒険者はイーゴリだった。


「おい……おいおいおい、どうなってんだ」


 彼が困惑しながらゴブリンの死体を見ている。


「エアブラスターって、全然痛くないやつだろ? 何でこんなに威力出てんだよ」

「レベルの効果じゃないかな」

「いや、そういう次元じゃねえって。おかしいぜお前……」


 イーゴリが化け物を見る目でオットーを見つめていた。


「お前のこと舐めてる連中は、痛い目見るだろうな」

「だといいんだけど」


 二人はゴブリンの耳を剥ぎ取り、等分して袋に入れた。

 耳が七枚。さっそく70点加算だ。


 次の分岐で、オットーはイーゴリと分かれた。

 アリの巣のように通路が四方八方に伸びている。

 この廃鉱山は極めて複雑な作りだ。


「……ん? 上から風が流れてくる……?」


 鉱山の天井に、ぽつぽつと通風孔が開いている。

 こういう設備のおかげで、鉱山ガスが溜まるのを防いでいるようだ。

 オットーは通風孔の中身を覗かず、そのまま歩き続けた。


 仮に上方を覗き込んでいたならば、赤色に染まった雲が見えたのだが。


 ……魔物を生み出し凶暴化させる危険な赤雨が、今まさに降ろうとしている。

 廃鉱山に潜る冒険者たちは、誰一人としてそのことに気付いていなかった。

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