パイルアンカー
試験までの二週間は、あっという間に過ぎていった。
オットーは地上で戦うために魔法の杖を買って強力な〈エアブラスター〉を撃てないか練習をしてみたが、やはりこの魔法は威力不足だ。
なら〈セレスティアルウィング〉をうまいこと地上戦で使えないかと彼は試行錯誤を重ねたが、まったく上手くいかない。
この大魔法は相変わらずコントロール不可能だ。
勝手に加速して直進し、速度比例で魔法の翼がバカみたいな切れ味になるだけ。
〈デフレクト〉で強引に軌道を曲げてカクカク飛べないことはないが、強い冒険者を相手にそんな飛び方ではあまりに隙が大きすぎる。
(扱いにくいにも程がある。普通、大魔法ってもっと分かりやすく強いのに)
……大魔法は才能と紐ついている事が多い。
〈大空の支配者〉という才能を最初に発現させた者は、おそらくピーキーな特性の魔法が好みだったのだろう。
(いっそ、ファフニールのやってた空中静止を真似てみるか?)
あれは要するに、自らの生み出した風を受けて飛び上がっているだけ。
凧みたいなものだ。制御は難しいが、原理はシンプルである。
だが、オットーはそこまで大きな風を生み出す魔法を使えない。
〈ブロウ〉という魔法は使えるが、これは才能に関わらず習得できる初歩的な魔法の類で、せいぜい風呂上がりに髪を乾かす程度の威力しかない。
無理やり威力を上げるのは無理だ。そういうことができる魔法ではない。
(うーん……風を生み出す魔法。絶対に便利だし、習えるなら習いたいけど……ここって鉱山都市だから、魔法の教師やってる人なんて居ないよなあ)
魔法学園の授業を真面目に受ければよかった、とオットーは少しだけ後悔した。
ああいう学園で教えている実戦向きの魔法が必要な状況だ。
(そもそも、大魔法の〈セレスティアルウィング〉だって生身で垂直上昇するのがやっとのパワーなのに。普通の魔法で垂直に飛び上がるなんて難しすぎる……)
魔法書や魔法陣を使った自動化された魔法……”魔術”ならば可能性はある。
動力源を並列化して同時にたくさん魔法を放つことで大パワーを出せるそうだ。
が、魔法の勉強をしていないオットーの手には負えない。
(〈リリエンタールⅡ〉を改良して、試験でも使えるように……いや、無茶だ)
徹底的に軽量化すれば、垂直に上昇できないことはない。
だが、勢いよく加速していくというより、じわじわ飛んでいく感じになる。
短距離で向かい合っている状況では、そこを倒されて終わりだ。
もちろん助走すれば助走中に倒されて終わるだろう。
「はあー……何も浮かばない」
「きゅ!」
「ん?」
シリンが落書きを口にくわえている。
杭に繋がった棒人間がぐるぐる回っている絵だ。
文字を教えた結果、ペンを使ってこういう絵も描くようになっている。
「……ど、どういう絵なのか分からないけど、面白い絵だね……?」
「きゅ!」
違う、とシリンが首を振った。
棒人間を指し、オットーを指す。
「きゅーん!」
「えっと?」
シリンが棒人間に翼を書き足した。
「……僕が杭に繋がれて飛んでる? いや、杭っていうか……ああ!」
ようやく言いたいことを把握して、オットーが納得した。
「ロープとかを握って飛べば、〈セレスティアルウィング〉でスイングして円運動が出来るって言いたいの? いや、それは……色々と無理じゃない?」
「きゅう!」
棒人間が何かのボールを撃ち出す様子が書き足される。
そのボールと棒人間は線で繋がっていた。
「〈エアブラスター〉で杭を打ち出す?」
オットーの目の色が変わった。
「確かに、石を打ち出せるんなら杭だって。いやでも重すぎるし、あの魔法じゃ力が伝わりきらずに逸れて終わる。……いや! 魔法だけで全部やる必要はない!」
筒か何かを作ってやれば、〈エアブラスター〉で杭を打ち出せるはずだ。
そこにロープを結んでおけば、打ち出した杭を支点にして強引な空中機動ができる……かもしれない。
いろいろと無茶すぎて、彼では思いつけなかった発想だ。
だが、今の彼なら才能のレベルも上がって無茶が効く。
手応えを得て、ぐっ、とオットーが拳を握りしめる。
「ありがとう、シリン! 思いついたよ!」
「きゅうっ!」
- - -
そして二週間後。
出来る限りの準備を終えたオットーは、一人で試験の集合場所に向かっていた。
シリンはお留守番だ。
(さて、練習はしてきたけど……)
オットーは金属製の筒に入った杭つきロープを持っている。
杭の後方に固定されたロープは、右腕についたロープ保持具を経由して背中の鞄へと繋がっていて、そこにはロープの長さを確保するためのリールが入っている。
腰から何本も代わりの杭を吊っていて、だいぶ異様な格好である。
〈パイルアンカー〉。それがこのガジェットの名前だ。
制御の効かない〈セレスティアルウィング〉を移動に使うための手段と、〈エアブラスター〉の攻撃力不足を補うための武器を兼ねている。
なので、移動用のロープが結ばれた杭だけでなく、射出して攻撃に使うための杭をオットーは何本も体に固定している。
前者は先端が金属だが、後者は人間に撃つので遠慮して先端も木のままだ。
もともと彼は研究者気質であり、発明家気質である。
こういう奇妙なガジェット製作は、飛行ほどではないが彼の本領だった。
「もう一度だけ練習してみるか」
誰も居ない空き地へと筒の狙いをつけ、筒の後方を右手で塞ぎ〈エアブラスター〉を放つ。
先端が金属になった杭が圧縮空気塊によって勢いよく打ち出され、背負った鞄のリールが勢いよく回転し、腕のロープ保持具を滑っていく。
ガキンッ、と地面に杭が刺さった。
ロープ保持具のレバーを操作し、がっちりと挟んで固定する。
「〈セレスティアルウィング〉!」
ジャンプと魔法での加速を合わせて一気に跳び上がる。
杭を支点に空中をスイングし、水平になったタイミングで固定具を外した。
オットーがロープの固定から解き放たれて、勢いよく射出されていく。
「〈エアブラスター〉!」
空気を放った反動で減速しつつ姿勢を整え、彼は地面に着地した。
盛大に土煙をあげて滑り、何とか勢いを殺す。
(ふう。……僕、レベル低かった時は宙返りも出来なかったのになあ)
才能レベルが上昇していなければ、こんなのは自殺だ。
だが、今のオットーは体も強い。
そこそこ動けるので、着地に失敗しても受け身ぐらいは取れる。
(僕がこれだけ動けるんなら、本職の戦士ってどれだけ動けるんだろう?)
彼は杭を回収し、鉱山都市の急坂を登っていく。
今朝に告知された集合場所はダウヴィナ第一鉱山。
とっくに掘り尽くされた廃鉱山だ。
坂を登りきった先には殺気を放った人々が集まっていた。
どの冒険者もパーティ単位で固まっていて、ソロの人間はいない。
当然といえば当然だが、一人のオットーは不利だ。
「よっす。すごい格好だねー!」
革の飛行服に身を包んだ少女が、軽い調子で挨拶してきた。
短めの槍を手にしている。穂先は魔法で輝いていた。
エンチャントされた魔法の武器。高級品だ。
「レファ、防具はそれでいいの? 槍に釣り合ってない気がするけど」
「そういうオットーだって飛行用の装備そのままじゃん?」
「これはいいんだよ。ちょっとは防御力あるから」
「ふーん? 私は別に攻撃とか食らわないし、こっちの方が戦いやすいかなって」
相変わらず異常な自信だ。
「長生きできないぞ」
「長生きしたいの?」
真顔で聞き返されて、オットーは言葉に詰まった。
「あはは。冗談冗談。私もおばちゃんになるまで死ぬ気はないよー」
「ならいいんだけどさ……」
(っていうかレファ、騎士団長が死んだ時に悲しんでたよな)
自分はいいのかよ……という言葉が浮かんだが、オットーは胸の奥に留めた。
彼だって、空を飛んでいる時点で命の危険は覚悟している。
他人に死んでほしくはないが、自分が死ぬのはしょうがない。
そう思っているのは、オットーも同じだ。
「で、何なのその格好? どういう戦い方なの?」
「内緒だよ」
「けちー」




